Novel

女心とアキナ空

「はっ! てぇっ!」
 中庭に、闊達とした少女の掛け声と共に大剣が風を切る音がする。
 フェリタニア王国に仕えるアキナ・ブルックスは、まだ若いながらも特殊部隊の一員として活躍する、将来有望な剣士であり、メルトランドで有数の商家であるブルックス家の養女という、フェリタニアにとってなくてはならない人材でもある。
 ブルックス商会との繋がりを保つだけならば、アキナは別に仕官し戦う必要はない。ブルックス家の令嬢として手厚く迎えられてもいい存在だ。彼の義兄、長男のアルは実家との繋がりを積極的に持とうとしない分、余計にだ。
 なのにこうして剣を取ったのは、ひとえに敬愛する兄のためなのだ。

 だが最近は、その兄ことアルへの矢印が、少し逸散しているような風があった。


「誰かと思ったらアキナか」
「あっ、アル兄様っ!」
 弾んだ声と同時に素振りの音が止んだ。
 アキナは息を弾ませ、最上級の嬉しさを表現する笑顔で、彼女の最愛の兄に振り向いた。
 アルの方は特に用があったわけではなく、偶然中庭の近くを通りがかっただけだったのだが、そんなことは気にせずにアキナは剣をぶら下げたまま小走りに駆け寄っていく。
「よう」
 軽く手を上げた兄にこちらも手を振って返すと、しばし休憩することに決めたのか、アキナは剣を大事そうに仕舞った。
 ふと、アルの視線がそちらに向けられる。
「そういやお前、《レイジ》習得したんだっけか」
「は……」
 やるじゃねえかと笑いかけてくるアルに、アキナは感激の声を上げかけて──はたと動きを止める。
「……あれ?」
「どうした?」
「あのぅ……アル兄様、それ誰から聞いたんですか?」
 あたしまだ誰にも言ってないのに。不思議そうに訪ねてくる義妹に、アルはしまった、というような顔をした。

 《レイジ》──特殊な形状の剣を使用する、サムライと呼ばれる者が使う戦技(スキル)。切り札ともいえるこのスキルは、アルや兄妹弟子の関係にあるナーシアなども得意とするものだ。
 それゆえか、アキナはこの技を会得したことをまだ公表していなかった。文字通り、切り札的な存在として、任務へと赴く際に仲間に最初に知らせようと思ったのだ。
 それが、一番秘密にしておいて驚かせたかったアルに、なぜか知られている。もちろん、真っ先に褒めてくれたことは嬉しい。嬉しいのだが……
 疑問は口をついて出てきていた。
「ねえ、誰からなんですか?」
「あー、それは、その〜……」
「?」
 アルは返答に詰まっていた。何を隠そう、アキナに《レイジ》を伝授したのはアル当人なのだから。しかも、天狗の仮面を被った謎の人物として、正体を隠して、だ。
 見つめてくるアキナのまっすぐな瞳に耐え切れず、アルはしどろもどろに答えをひねり出す。
「あ……ほら、アレだ! ナヴァールの旦那に聞いたんだよ!」
「ナヴァールさんに?」
「そう! 旦那は何でも知ってるからな! は、ハハハ……」
 乾いた笑いでは到底誤魔化せそうにない。何よりアルの演技力という問題もある。
 だが幸運なことに、いつの間にかその場にぞろぞろと現れたアキナの仲間、『高速機動戦隊エンジェルファイヤー』の皆のおかげで、なんとか兄としての体面は保たれることになる。

「流石、マルセルの上位交換ナリね……」
 それは、ある意味失礼な感想だった。
「誰が誰の上位交換だって!?」
 そして事実でもあった。
「そうやって意識してる限り勝てねえだろうなぁ、ククッ」
 悲しいことに、図星でもあった。
「何でお前はいっつもナヴァールの奴の肩を持つんだ!」
 揶揄する言葉を放って笑う眼帯の男。それを怒鳴りつけている帽子を被った男。そしてさりげなくちょこんといる、ドラム缶のようなエクスマキナ。
 彼らこそがエンジェルファイヤー、アキナと同じ特殊部隊に所属する仲間達である。
「あっ、みんな」
 アキナが振り返るとそこにいる、彼女の仲間達。
 彼らの(ある意味)マルセルをからかう言葉により、アルに対してのアキナの疑問はどこかへ飛んでいってしまう。
「そっかぁ、ナヴァールさんなら知っててもおかしくないよね」
 兄を疑うことなどない、純真な瞳。アルは少しだけ心が痛んだ気がしたが、それでも真実を話してしまうわけにはいかない。
「あ、ああ……じゃあ俺はそろそろ……」
「ところで、アキナさん。その《レイジ》は一体誰に教わったナリか?」
 せっかくそらした話題は、純真なモノアイセンサーで二人を見つめている(らしい)ドランによって戻されてしまった。
 アキナは胸を張り、自信たっぷりの笑みと輝く瞳とで、はっきりきっぱりと答える。
「それは、天狗仮面様ですっ!!」

「はぁ!?」
「て、天狗……仮面?」
「はいっ!」
 何の臆面もなくまっすぐに言って頷く義妹の姿に、アルは硬直したまま何も言えなくなってしまっていた。
 思わず目をそらす。
 アキナのその『天狗仮面様』とやらを語っている時の表情は、それは生き生きとした、それでいてうっとりとしたものだった。これは明らかにそいつに対して並々ならぬ感情を抱いている、ように見える。
「あたしが一人で修行している時に、颯爽と現れて、《レイジ》の極意を教えてくれたんです! いったい何者なんでしょう……ああ、天狗仮面様……」
「…………」
 胸の前で手を組み、乙女モードに入っているアキナを前にして、アルは何も言えなかった。
 言えるわけがない。血は繋がっていないとはいえ、彼女は可愛い妹である。アキナの夢を壊してしまうようなことは、絶対に言えない。
「ほう、まるで恋する乙女だな〜」
「……天狗にナリか?」
「な、何よみんな! 天狗仮面様はカッコいいんだからねホントに!」
 ぶんぶん腕を振り回し主張するアキナに、マルセルは僅かにむっとした表情を返した。ちらりと脇で所在なげにしているアルを見遣ると再びアキナに視線を戻し、
「だいたい、お前アル殿のことはどうなんだ」
「は?」
「えぇっ!?」
 むすっとしたまま呟かれた言葉に、アルはわけが分からないといった表情で首を傾げ、アキナの方は途端に顔をぼんっと赤く染め、わたわたとし始めた。
「そっ、そんなんじゃないです! アル兄様とあたしは兄妹であって、だからっ、その……!」
「では、天狗仮面のことはどう思っているナリか?」
「天狗仮面様は……あたしの、憧れですっ」
 ぽっ、今度は染まったままの頬に手を当てるアキナ。反対に、アルはぎくりと肩をすくめ視線をそらした。
 これはもう、本格的にアキナに真実を告げられない。冷静に考えると、天狗仮面ってなんか恥ずかしいし。
「お、俺そろそろ行くわ……」
 そう言ってその場を立ち去ろうとしたアルだったが、それは次の質問により遮られた。
「それじゃあ、マルセルのことは?」
「なっ……!!」
 いきなり話題の中心に持っていかれて、マルセルが急に慌てだす。それだけならば別にアルが気にかけることではなかった。他人の、ましてや義妹の恋路などに、わざわざ口を出すわけにもいかないだろう。
 だがアキナの返答は、アルのそんな甘い考えを木っ端微塵にぶっ飛ばした。

「マルセルは……萌えですっ!!」

「も、萌えっ!?」
「そうです! ちなみに、巷ではヘタレいぢられ受けとか言われてるっぽいけど、あたし的にはツンデレ攻めです!」
「ちょ、ちょっと待て! 意味分かって言ってるのかっ!?」
「分かってますよ! だってマルセルは冷たそうに見えて本当はいい人で、照れながら人に優しくするし……だからそんな姿に萌えるんです!」
 不穏当な発言に反して、アキナの目はあくまでも純粋だ。一体誰がこんな言葉を教え込んだのかとその場にいた者は思わず考えかけたが、言いそうな者といえば遠いエリンディルにその名を轟かすというコロシアムの貴腐人くらいしか思い浮かばない。
「ど、どこで覚えてきたんだそんな言葉……」
「え? それは……」
 意外にも、アルの呟きにアキナは答えた。ちらりと窺うような視線をアルの背後に向けると、その一瞬だけ研ぎ澄まされたナイフのような気配がした。
 アルもよく知っている人物のものだ。

「…………萌え」
 特徴的な紫色の瞳に何の感情も映さず、少女は呟いた。
「お・ま・え・かぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 振り返ったアルの叫びが城内に木霊する頃には、既に少女──ナーシアの姿はその場になかった。

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あとがき。

なんか……アキナが腐っぽくなっちゃってすみませんorzこれでもマルアキのつもりなんだぜ……!
アキナのマルセルへの感情を説明しようとしたら、一番しっくり来る言葉が「萌え」だったのだ。「はきゅーん」可愛いよはきゅーん。
そしてここでもこっそり、マルセルはツンデレ攻めだと主張します。もちろん、アルは受けです。主張の必要すらないくらいの萌えっこ受けです。