Novel

たのしい侵略戦争

 その日、軍議の間では、真昼間からフェリタニア首脳陣の熱い叫び声がいくつも上がっていた。
 偶然そこを通りかかったステラ・ヴェレンガリア将軍は、中から漂ってくる異様な気配に何故だか背筋がぞっとするものを感じた。
(……何だ? 何をやっているのだ?)
 盗み聞きなど、やっていいことではない。何より自分はレイウォールから逃げ出してきた身だ。
 だが、気になる。

「あたしは先にレイウォールをぶっ潰すべきだと思うんですよねー」
「おい姫さん、あんまり大声で言うなよ」
「私もピアニィに賛成する……」
「ふっ、堂々と公言なさるとは、これはブラフということだな……つまり、我がレイウォールは逆に安泰ということに違いあるまい。ならば私は当初の予定通りナヴァールを潰すのみ!」
「はっはっは、私は既に命令書を提出しましたよ」

 話の内容が、あまりにも大陸規模で物騒なのだ。
 それに今、ピアニィは『レイウォールをぶっ潰す』と言わなかっただろうか? そして『大声で言うな』と彼女を咎めたのは第一の騎士アルのはず。
 まさかピアニィは、妹は本気で生国を滅ぼしてしまうつもりではないのだろうか……
 ステラの脳裏にそんな考えがよぎった。
「ま、まさか……そんなはずはない。ピィは優しくて大人しくて可愛くて、本来ならば世界で一番争いとは無縁の存在なのだぞ!?」
 頭をぶんぶんと振るステラ。だが姉妹ゆえの盲目的な溺愛のせいなのか、彼女の妹に対する認識は絶対的に間違いであった。
 とはいえ、ステラにピアニィの真の姿──アヴェルシアの血を引く殺意に溢れ……もとい、好戦的な……もとい、戦いに勇敢である姿を見せた所で、おそらく見えない振りをして『私のピィは可愛くて優しくて戦いなんて向かない可憐なお姫様』という認識は揺らぐことは無いのであろうが。恐るべきはシスコンフィルターである。
「はっ……まさかナヴァールが進言したのかっ!? おのれ、ナヴァール!」
 そして現在の状況、ピアニィの血生臭い発言になんとか折り合いをつけようと頭の中を整理したステラが結論付けたのは、『ナヴァールが焚きつけた』であった。

 そして思い込んだら一直線な彼女が次にとる行動といえば、一つしかなかった。

「ナヴァール、貴様っ! ピ……陛下をそそのかして何をするつもりだっ!?」
 怒声と共に扉が開かれる。皆一瞬、水を打ったように静まり返り、扉を開けたステラを注視した。
 やがて、ぽかんとしたまま赤銅の髪の青年が正面に向き直り、淡々とした声で宣言する。
「状況開始。命令書開けてー」
「ちょっ……何が起こっているのだ!?」

 部屋に集まっている面々がはっと真剣な顔に戻り、固まったままのステラを置いてまた騒ぎ出した。

「のぉぉ〜〜っ!? 1ターンにして我がベルリールが壊滅してしまったでやんすーっ!? 歴史は繰り返すのか……!」
「おらベネット、かっこよく言っても駄目だ。ベルリール、滅亡」
「あぁっそんなっ殺生なぁ〜っ!!」
「オイ犬ッコロ、今なら助けてやってもいいぜ? 嘘だけど」

 どうやら皆は中央のテーブルに置かれた、地図の書かれたボードを囲って、何かをやっているようだ……というか、ステラから見ればこれは作戦会議以外の何物でもない。
 ステラはその中でも比較的落ち着いている人物、すなわちナヴァールの傍まで寄ると、そっと耳打ちした。
「な、ナヴァール……これは何をやっているのだ? 侵略のシミュレーションなのか?」
「これか? ゲームだよ」
「げ、ゲーム?」
 ステラの眉がぴくりと跳ね上がる。何を真剣にと思えばゲームである。
「ほら、サザーランド師の所にも同じものがあったろう」
「あ、ああ……やってみたかったが、人数が足りなくて結局遊べずじまいだったが」
 師匠の庵に置いてあった古びたゲーム。『外交ゲーム』と名付けられていたそれは名前ばかりで、説明書を読むと実際には口で騙して敵国を侵略する戦争ゲームであった。
 肩の力が一気に抜ける。これでは「レイウォールを滅ぼすつもりなのか?」などと馬鹿なことを考えてしまった自分が道化ではないか。
 そんなステラの心情を知ってか知らずか、ナヴァールは悠然と構えたまま、しかしたいそう楽しそうに続ける。
「こうしてゲーマーが集まっているので、せっかくだからとやり始めたのだが、思いのほか白熱してしまってな」
「白熱の理由はそれだけじゃありませんよ?」
 そう続けたのは、先程まで白熱した舌戦を繰り広げていた女王ピアニィであった。両手で拳を握り、瞳にはめらめらと殺意の炎が燃えている。
 ピアニィは実にイイ笑顔で、テーブル中央にいる赤銅の髪の青年に視線を移した。
「アル殿……か?」
 青年──アルはゲーマー達に囲まれてひときわ生き生きとした表情で各人の行動宣言を聞いていた。ピアニィの視線を感じたのか、アルはふとこちらに視線を向ける。何かを諦めたような表情に見えるのはおそらく勘違いではないだろう。
「あー、俺はエストネル、つまりジャッジ担と……」
「アルは優勝賞品ですっ!」
「優勝賞品っ!?」
「おいっ!?」
 アルの説明を遮り、とてもイイ笑顔のピアニィに、間に受けて驚くステラ。アルがツッコミを入れたが半秒遅かった。
 テーブルを囲っていたメンバーの目が(脱落したベネットを除いて)ギラリと光り、一斉にアルに注がれたのだ。
「…………そ、そうか」
 ステラは納得するしかなかった。フェリタニアに来てもう数ヶ月は経つ。その間で、アルの人気は嫌というほど思い知らされたのだ。アル争奪戦なら仕方ない。
「そうですっ。と、いうわけでぇ……」
 ピアニィもとても楽しそうだし、それなら何も問題はないではないか。そう思いかけた、その時だった。

 ピアニィは卓に向き直り、アヴェルシア軍の駒をレイウォールに進めた。
「というわけで、レイウォール、ジ・エンドですね」
 笑顔のままピアニィは己の首を掻っ切るジェスチャーをして見せる。下に向けられた女王の親指を見つめ、レイウォール担当のマルセルは戦慄した。
「へ、陛下……元レイウォールの王女ともあろうお方が祖国に向かってその態度……っ!」
「今のあたしはアヴェルシアの王……それ以上でもそれ以下でもありません」
「ピアニィ、勝ち誇るのは私の命令書を見てからにしてもらいましょうか……」
「え? ナーシアさん、メルトランドはアヴェルシアと同盟を……えぇっ!?」
 口元をにやりと歪ませ、ナーシアはメルトランド軍の駒をアヴェルシアへと進めた。
「う、裏切り者ーっ!?」
「手段は選ばない……それがこのゲームでの鉄則」
 ナーシアの口元に、普段からは想像がつかないほどのにこやかな笑みが浮かぶ。
 小首を傾げ、にっこりとしたまま、ピアニィに向かって告げられるのは、とどめの一言。
「くたばれ、地獄で懺悔しろ」
「キャラが違います〜っ!?」

 こうして、やはりなんとなく釈然としないまま呆然とするステラを置いて、卓上大戦争は夜更けまで続いた。

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あとがき。

何にも無い日は、みんなで戦争だー! というわけで、元ネタゲームは『ディプロマシー』アルディオン版(旧版)です。担当は、

アヴェルシア:ピアニィ
レイウォール:マルセル
グラスウェルズ:ギィ
メルトランド:ナーシア
ゴルフォード:ナヴァール
ベルリール:ベネット
エストネル(審判):アル

でした。ちなみにアルディオン版のディプロマシーは実際にはないですよ?(当たり前だ)
アルが審判なのはもちろん賞品も兼ねているから。エストネルは多分本家で言うスイスのような扱い(笑) あと、詳しいルールはよく知りません、すいません。