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エストネル会談の真相
エストネル王国の王都エル・ウィン・フリット。荘厳な雰囲気を持つこの国の城には、現在いく人もの女性達の姿があった。
しかも、フェリタニア女王ピアニィをはじめとする、大陸の有力者たち。そうそうたるメンバーである。
その中で、まずはピアニィが玉座の前、エル・ウォーデン王のもとへと進み出る。
「ピアニィ陛下、まずはあなたの意見から聞きましょう」
静かな声だった。神々しいこの宮殿の主にふさわしい、よく通る透き通った声。ピアニィは頭を上げ、口を開いた。
「はい。あたしは……グラスウェルズ王国のリシャール・クリフォードを推します」
「ふむ、その心は?」
エル・ウォーデンの表情は動かない。さすがのピアニィも威圧を感じ、だがそれでも続ける。
「彼の地位、武勲、人格、どれをとっても大陸でも指折りの存在です。くわえてあの美貌……まさに『スーパー攻め様』と言う他はありません。リシャールさんになら……いえ、リシャールさんクラスでなければ、アルは任せられません!」
ピアニィのふるう熱弁を、エル・ウォーデンは黙って聞いていた。彼は審判だ。決定を下すその時まで自ら意見を言うことはない。
かわりにピアニィの横に立ち、彼女を遮ったのは黒髪の少女だった。紫色に輝く瞳は、彼女がメルトランド王家の血を引くという証であるだけでなく、それ自体が宝石のようだ。
「さすがはピアニィ、スペック第一主義は相変わらず……廃人ね」
「ナーシアさん……」
「では、ナーシア・アガルタ。汝の意見を聞こう」
「分かった……アルにふさわしい男、それを決めるには、アル自身の気持ちが必要。その点では、アンソン・マンソン──彼のマブダチを推薦する」
「アンソンさん? あのヘタレがですか?」
「ヘタレ攻めの魅力が分からないなんて、まだまだね」
「うっ……」
険悪な雰囲気にも王の制止はない。二人の間に割って入ったのは、見事な銀髪のエルダナーンだ。
「まあ待て、ナーシア。私達が争っても意味はない」
「カテナ……」
冷静な声。普段は何者にも心を動かされないはずのナーシアが熱くなった時、落ち着かせてくれるのは彼女だ。カテナは微笑を浮かべてナーシアを見つめる。
「それにだ、アル殿の気持ちと言うなら、自称でしかないマブダチのアンソンより、熱烈なラブコールを送られていたゼパの方が好かれているんじゃないのか?」
「……!」
「そ、そういえば……っ!」
「はぁーっ、アルくんは昔からお年寄りが好きなんだから……」
「エルザ姉様、それってアル兄様というより中の人なんじゃ……」
「アキナちゃん、中の人なんていないわ」
にっこりと笑みを浮かべ義妹をやりこめた魔術師が、今度は進み出た。そばに控えていた美貌の神官に目配せすると、彼は途端にへらりとした笑顔を返す。
エルザはその神官──サイラスを指差し、
「陛下、あたしは彼を推薦します。なんでも、アルくんとは傭兵時代からの親友だと言っていますし、軟派な美形がなぜか男の親友に惹かれてしまうのって、王道だと思うんです。何事も王道なくしての新境地開拓はありえません! 王道が世の中に溢れているのは、それだけの需要があるということです!」
「ほう」
「えっ、エルザさん……?」
エル・ウォーデンがちらりとサイラスに視線を送る。当の本人は何を言われるかたまったものではない。サイラスのこめかみを一筋の汗が流れ落ちた、その時。
「ちょっと待った! 王道というならナヴァールだって! 何しろ同じパーティーメンバーで、戦闘時の抜群のコンビネーション、加えてピィを守る同士としての固い絆や秘密の共有! これを王道と言わずして何とする!」
彼を救ったのは、熱く語るステラの言葉だった。それにつられて、エル・ウォーデンはサイラスを追求するのをやめ、正面に向き直る。
「なるほど……皆それぞれに一理ある。グリーナ、汝はどう思う?」
一通り、集まった客人を見回すと、彼は今度は逆側に控えていた老騎士へと視線を向けた。難しい顔をしていた女騎士──グリーナが厳かに告げる。
「そうですね……いささか、手前味噌ではありますが、ユンガーはいかがでしょう」
「え? ユンガーさん?」
エルザの意外そうな顔に、グリーナは頷いて答える。まあ、『意外』というよりは『その手があったか』というような表情だったのだが。
「ユンガーは非常に優秀な斥候です。そして忠義を重んじるストイックな男でもある」
「確かに、私もユンガーには幾度となく助けられたな」
グリーナの言葉に同意したのは、元々ユンガーが仕える相手であったカテナ。
「そうだな……グリーナ殿の言うとおり、ユンガーになら安心してアル殿を任せられるかもしれん」
「それに、普段はストイックな男がアル殿のような萌えっこに絆されていく展開こそ、映えるというもの。アル殿の魔性の魅力を最も引き出せるのは、ユンガーしかいますまい」
「これは驚いた。我がエストネルから二人も候補者が出るとは」
もうまとめに入っていきそうな空気である。それはまずいとばかりに躍り出たのはアキナだった。
「王様! フェリタニアにはまだまだ凄い人がいるんですよ! マルセルは凄いんですよっ!」
「ほう……聞かせてもらおう」
発言の許可を与えられ、アキナは水を得た魚のように生き生きと捲くし立て始めた。
「はいっ! マルセルは、確かにナヴァールさんとかと比べれば、実力はまだまだかもしれません。でもすっごく萌えキャラなんです! アル兄様と合わせれば二度美味しいんです!」
「それって、アキナちゃんが美味しいだけなんじゃ……」
「ピアニィ様は分かってないですっ! 今のマルセルはナヴァールさんへの対抗心で動いています、でもそこは『裏目軍師』、いずれその対抗心が裏目に出て、知らず知らずのうちにアル兄様に惹かれていく……でも理性はそれを認めたくない、そうっ、マルセルはツンデレなんです! 時代はツンデレですっ!!」
アキナはどこまでも一直線だった。あのピアニィに対し、一歩も譲らない。
こういった論争が起きるからこその、エストネル会談である。だがそのことを一瞬忘れて、ピアニィは背後に控えていた老女を振り返った。
「ナイジェルさん、ナイジェルさんはあたしの味方ですよね?」
厳しくも優しい、フェリタニアの執政官。必死の表情でピアニィは訴える。ナイジェルはうんうんとそれを聞きながら、
「そうですね……うちのネルソンにもそろそろ嫁をもらって欲しいと思っていたところで……アル殿ならばきっといいお嫁さんになることでしょう」
私情丸出しだった。
「母親の私情が許されるってんなら言わせてもらうがね、ギィだってあたしにとっちゃ大切な息子なんだ。あいつが欲しがるものは与えてやりたいってのが、親心ってやつだろ?」
それまで沈黙を守っていたフィルボルの少女(にしか見えないが、実際は結構なお年である)がギラリと視線をぶつける。
それぞれが色んな所でぶつかり合おうとしているがために、戦線は膠着状態に陥ってしまっていた。
「……難航しているようだな、これは」
エル・ウォーデンは眉間に僅かに皺を寄せ嘆息した。推薦された候補者たちは、いずれ劣らぬ者たちばかり。
むしろ誰と組み合わせても萌えるであろうアル・イーズデイルのポテンシャルの高さが浮き彫りになるばかりで、ちっとも結論が出てこない。
「あら、なら私が最強の候補者を教えてあげるわ」
そこに一石を投じるかのごとき声が響いた。それはまさしく悪魔の囁きだった。
突如として現れたその女に見覚えがある者は何人もいた。妖艶なまなざしで玉座を睥睨するその女の名はアザゼル。バルムンクの始祖の一人にして、グラスウェルズを内戦にまで陥れた魔族である。
当然、彼女の正体を知る者は身構えた。バルムンクのトップの一人が、審判であるエストネルの王の前に現れたのだ。警戒しないはずがない。
「誤解しないで、今日は戦いに来たわけじゃないのよ。アル・イーズデイルに一番ふさわしい男を教えてあげようと思っただけ」
「……それは?」
エル・ウォーデンにひたりと近寄るアザゼル。すぐさまサイラスとグリーナが王を守るように立ちふさがるが、それらを制して続きを促す。
アザゼルは自信たっぷりに告げた。
「アル・イーズデイルに最もふさわしいのは、テオドール・ツァイス。ファラが教えてくれたわ。少年期から共に過ごし、現在でも彼の行動指針となり、また生き方にすら影響を与えた……今のアルは、テオドールの存在なくしてありえない。他の有象無象共が集ったところで、思い出は誰にも侵すことは出来ないですものね」
「!」
「くっ……!」
「テオ……」
アザゼルの言葉に、ある者は驚愕し、ある者はアルが詳しく話してくれなかった時のことを思い出して悔しそうに唇を噛み、あるものは懐かしそうに瞳を揺らす。
完璧だ。確かに誰も敵わない。アザゼルが高らかに勝利宣言をしようとした時だった。
「でもさー、テオドールって死んでるでやんすよ」
「!」
それを破ったのは、話について来れずそれまで隅っこにいたベネットであった。
絶句するアザゼルに畳み掛けるように、容赦ない『稀に出る正論』を放っていく。
「確かに死者ってぇのは人の心に残るもんでやんす、誰にも代わりは出来ない……だけど、逆に言えばそれだけのものでしかないでやんす。アルは師匠の死を受け入れたでやんすよ。あっしらに事の顛末を話してくれたのがその証拠でやんす」
「うっ……そ、それは……」
「一生死人だけを想って生き続ける……それはそれで一つの生き方かもしれないでやんす。でも、そんなのはアルが決めることでやんす。あっしらは、アルの選択を見守りやしょう……」
「ベネットちゃん……」
「お、おお……ベネットさんが、まともなこと言ってる……!」
「のぉあっ!? し、失礼なこと言わないで欲しいでやんす! あっしだってやる時はやるでやんすっ!」
ベネットに何も言い返せぬまますごすごと引き返さざるをえなくなったアザゼル。そして周囲はといえば、ベネットの言葉に感心と賞賛を浴びせるのであった。
もうこれで答えは決まったも同然だろう。そこにいる誰もが思った。
そしてエル・ウォーデンの口から、審判が下される。
「では判定を下す。アル・イーズデイルにもっともふさわしい者……それは、予を置いて他におるまい」
「…………え?」
ベネットは思わず聞き返した。
そして他の者は一瞬の沈黙の後。
「えええええええぇぇぇぇぇぇぇえええぇぇぇぇっ!?」
女性達のドスの利いた不満の声……もとい、絹を裂くような悲鳴が上がった。
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あとがき。
せっかくベネットがいいこと言ったのに、台無しすぎ(笑)
こうしてアル争奪戦に決着はつかないまま、次の戦いへと向かうのでした……しかもエル・ウォーデンが参戦してまでも。
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おまけ。
フレア「みんな仲良く総受けでいいじゃないですか」
セレネ「さすがお姉ちゃん!」