Novel
Opening:1〜銀の髪の占い師〜
ナヴァールが彼女のことを思い出したのはある意味運命だった。
ある日、街へ視察に出たピアニィが直々にスカウトしてきた占い師。この世ならざるものを見通す力を持つという彼女の力は、今こそ役立つ時だと思ったのだ。
話は数ヶ月前に遡る。
その日女王ピアニィは、第一の騎士であるアル・イーズデイル一人を連れて、バーランドの街へと視察に出ていた。
しばらくは二人で街を散策していたが、ふとアルが何かに気を取られた、その時だった。
「もし、そこの方」
「え……? あたしのことですか?」
「横合いからかけられた声にピアニィは振り返った。見ると、路地の片隅に台を構えた女性が微笑んでいる。おそらくこのあたりで活動している辻占い師なのだろう、ピアニィを見る目には鋭い光が宿っている。
「ええ。何や、恋に悩んでるみたいやなぁって、声かけさせていただきました」
「こ、恋……って、そ、そんな、あたしは別に……」
「隠さんでもええですよ。ウチには分かります。お連れの兄さんのことですやろ?」
「えぇっ!?」
占い師の目が三日月のように細められ、短く切り揃えられた銀の髪からぴょこんと突き出た猫族(アウリク)特有の三角の耳がぴくんと動く。
「こんな可愛いお姫さんほったらかしにして、ほんまにいけずな騎士さんやなぁ」
「え、いや、あの……」
真っ赤になって口をぱくぱくと動かすピアニィ。唇を読めば「何で分かるんですか!?」と言いたがっているのが分かる。
それすらも分かっていたことのように、占い師はニコニコとしたまま続ける。
「ウチに見えんものはありません。ここだけの話、ウチな、この世に無いものだって見えるんよ」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんよ。んー、そやねぇ……」
占い師がピアニィの目をじ、と見つめる。少し難しい顔になり、そして運命の言葉が紡がれる。
「騎士さんも難儀なお人やねぇ……誰がどんだけ押しても、なかなかなびいてくれへん」
「うぅ……」
「けど、安心してな、ウチは恋する乙女の味方やさかい」
そう言ってウィンクする占い師。ピアニィはいつの間にか、彼女の話術にぐいぐいと引き込まれていた。
「お姫さんは今大きな運命の中におる。恋のことだけやない、他のこと……例えばこの国の行く末や。ぜーんぶ、お姫さんにかかってる」
「は、はい……って、あれ? なんでこの国のこと、って……」
「言いましたやろ、ウチには見えんものはないんよ……ピアニィ陛下?」
それが女王と占い師、ミケーラとの出会いであった。
彼女の力はナヴァールも認めるところだった。失せものならば即座に見つけ出し、探し人も数日のうちに居所が分かる。それは戦略からおじいちゃんの入れ歯まで、フェリタニアには重要な人材としてミケーラの力は存分に振舞われた──
そして今、彼女は軍師直々の呼び出しに驚くこともせず、彼の話を聞いていた。
「なるほどなぁ……なあ、ほんまに騎士さんの行方に心当たりはないん?」
眠たげな瞳をそのままに問う彼女の言葉はある意味もっともなことだった。まだフェリタニアという国が興って間もない頃、騎士──アルはよく城を抜け出すことが多かった。それは別に彼が不誠実だというわけではなく、ひとえに彼自身の最初の目的のためでもあった。それゆえナヴァールはゆるりと首を振る。
「アル殿の出奔は、彼の中でひと段落がついたがゆえ、もう行われることはほとんど無い。何より、そういう時は陛下に心配をかけさせぬため、あらかじめ私に話を通すように固く言ってあるのでな」
「何や軍師さんにも言えんような事情があるのかもしれませんよ?」
「その可能性も捨てきれない、が……今は理由を考えるより一刻も早く彼を連れ戻すことが先決だ」
ナヴァールの穏やかな顔に険がさした。
「このままでは……陛下が全てを放り出してアル殿を探しに行ってしまいかねん。これ以上むやみに国を空ければ、他国に付け入る隙を与えてしまう」
「それはよう分かっとります、けどなぁ……」
「どうかなされたか?」
珍しく言いよどむ風を見せるミケーラに、ナヴァールは違和感を覚えた。彼女が行方不明者を見つけ出すことなど、アルに犬をけしかけて脅かすことより容易なはずだ。
だが次に彼女の口から出てきた言葉は、あまりに意外なものだった。
「騎士さん……この大陸におらんようなんよ」
直後、扉の向こうでガタンと何かが落ちる音がした。
「陛下!」
「あ、あの……」
静かに開かれた扉から見えたのは、ピアニィその人だった。着慣れた旅装に身を包み、その手には愛用の杖を持ち、背には荷物を担いで、まるで家出でもするかのような格好だ。
「ピアニィ様、探しに行こうとしてもあかんよ、騎士さんは今、ピアニィ様の行かれんところにおるんや」
諭すようなミケーラの言葉に、ピアニィの林檎のような頬がさっと青ざめる。
「それって、もしかして、アルが死ん……!」
「陛下!」
がたりと椅子を蹴って、ナヴァールが立ち上がった。ミケーラを通り越し、力の抜けたピアニィを支えるように手を差し出す。
一方のミケーラは振り返ると激しく頭をぶんぶんと振った。
「ちゃいます! 違います……やって、幽界にもおらんのです。あんまり考えたくないけど、もしかして全然別の世界にいるんとちゃうやろか……」
「別の、世界?」
反芻するピアニィに、ミケーラは深く頷く。
「ピアニィ様……少しだけ、ウチに時間をください。調べたいことがあるんです」
ナヴァールの支えから離れて、蒼白の顔をしたまま、それでもピアニィは気丈に立ち、彼女の申し出を承諾した。
「ほな、ちっと書庫借りさせてもらいます」
一礼して、ミケーラは部屋を出た。その足で書庫へと向かう。
竜が遣わされたアルディオン大陸では全くと言っていいほど信じられていない御伽噺。異世界という存在。もちろん彼女にとっても、にわかには信じがたい現象だ。だが彼女の『目』には見えていた。アルがこの世ならざる場所に──アルディオン以外の地にいることを。
書庫の扉が開かれる。彼女は何かに吸い寄せられるように、一番奥の棚にあった一冊の本を手に取った。
しかしその後、書庫に篭った彼女は、忽然と姿を消した。季節によって住処を変える水鳥のように、この世に彼女が最初から存在していなかったかのように、跡形一つ残さずに、何の前触れすらも無く。
ただ、窓の無い風の通らぬ書庫の隅の床に、ぱらぱらとページがめくれているあかがね色の本が置かれていることを除いて──
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あとがき。
しょっぱつからアルピィ風味(カプ要素ないって言ったのに)しょっぱつからオリキャラ。しかも消えた。
次はアル&イリア側のオープニングです。PC4枠も決めました(笑)
……あ、ベネット忘れてた!ま、まあ今回はPCじゃないしいいか……