Novel
Opening:2〜ダンス・ウィズ・ソーテリア〜
気がつくとアルは、どことも知れぬ不思議な空間にふわふわと浮かんでいた。
「な……っ、何だ、ここは!?」
「落ち着け、ちょっと時空の狭間を通ってるだけだ」
「そうか、時空の……って何だよそれはっ!?」
聞こえてきたまだ年端も行かぬ少女の声に納得しかけるが、その声が示すのはまたアルにとって理解しがたい事象だった。
反射的に腕をびしりと払うように動かし、アルは声のする方を振り返った。
「姫さん……いや、違うな、全然違う」
「あぁ?」
一瞬、纏っているある種高貴な雰囲気とそれにそぐわぬ殺伐とした空気とにアルが真っ先に思い出したのは、彼の仕える女王のこと。だがすぐに彼女ではないと分かる。
長い銀髪にちょこんと乗せられたベレー帽。ロングドレスに隠された、すらりと伸び始めた脚。防弾チョッキ。幼い横顔に似つかわしくない鋭い瞳。
12歳くらいだろうか。少女はアルの視線を感じ取り、神速の動きでドレスの裾から拳銃を取り出し、鮫のように笑った。
「お前な、あたしはこれでも女王なんだぞ、一応」
「女王って、どこのだよ?」
「レグニツァって小さな国の小さな女王、それがあたしさ」
「はぁ!?」
アルは思い切り怪訝な表情になった。声まで裏返っている。
それは当然のことだ。アルディオン大陸に存在する7つの王国──レイウォール、グラスウェルズ、エストネル、ゴルフォード、メルトランド、今は無きベルリール、そして旧アヴェルシア──それと現フェリタニアとを合わせても、アルが知る『王国』といえばそれだけだ。レグニツァなんて国名は、南方諸国にも、エリンディル大陸にすら聞かない名前である。
しかもそれが、女王を名乗っているのだ。竜輝石も無しに。そんなことは考えられない。
「レグニツァなんて国、聞いたこともねえ」
「ま、そりゃそうだろうな」
正直に言う。少女は怒るかと思ったが、意外にも返って来たのは肩を揺らす笑い声だった。
ますますわけが分からない。
なぜ自分の国(と、思われる)の存在を否定されてあんな顔が出来るのか。
なぜこの少女はこの変な空間の中で余裕なのか。
すべてがアルの理解を超えていた。
だが次に少女が放った言葉は、アルの理解をさらに超えるものだった。
「お前らの世界がどういう場所かは知らねえが……レグニツァは始原世界オリジンの国家だ。“異世界人(フォーリナー)”が知らないのも無理はない」
「お、オリジン? フォーリナー? 何のことだ!?」
「ハハッ! 相変わらずフォーリナー共はワンパターンだな、どいつもこいつも」
「説明になってねえ!」
「生憎、あたしは説明すんのは面倒でな……おいミステル!」
少女の声が鋭く響く。それに応えてか、虚空の一部がぐにゃりと歪む。そこからぼうっと浮かび上がる人影がひとつ。
現れたのは、古風な執事服に身を包んだ怜悧な美女だった。男装麗人という言葉を具現化するとこうなるのではないかと言っても過言ではない。美女は短い金髪とメリハリのきいた肢体を惜しげもなく強調するように腕を組んで腰を捻らせ、アル達の前にふわりと降り立つ。
艶やかな唇が僅かに開き、深みのあるアルトヴォイスが紡がれ──
「愛と平和の魔王、ラブリーミステル、見・参!」
くるりと回ってポーズ。アルは呆気に取られたまま身動き一つ取れなかった。
「…………な」
「何も言うな、ツッコミも入れるな、そういう存在なんだ受け入れろ」
「みたい、だな……」
アルには分かる。この手の輩にツッコミを入れるだけ無駄なことは。それはアル自身の経験から来るものだけではなく、どこか遠い存在から告げられたようにも思える教訓だ。
ミステル、と呼ばれた女性がくねくねとした動きで二人に近づく。
「……素敵ですわっ、お嬢様!」
「は?」
「な、何だっ!?」
目をキラキラさせて、ミステルはアルを見つめた。
「純真さを映す琥珀の瞳、無数に刻まれた歴戦の傷跡、鍛え上げられて引き締まった筋肉! 完璧すぎます! これは神の御業、まさに奇跡の萌えっこですわ!」
「な、な、何だよだからっ!?」
「ああもう、どこでこんな萌えっこを見つけて来たのですかお嬢様!? これでレグニツァも安泰ですね! それで、お式はいつ挙げます?」
「ちょ、待てっ! 落ち着けっ!? ……おい、アンタ、何とかしろっ!?」
「……相変わらず変態だな、ミステル」
「ええ、愛の魔王ですから」
少女は動じなかった。吐き捨てるように言うと、ミステルが答えのかわりにそう言ってにっこりと笑う。語尾にハートマークまでつけて。
「安心しろ、アンタはあたしの好みとは程遠い」
「ええっ、彼のどこが気に入らないんですか、お嬢様! こんな優良物件、他にありませんよ!?」
「とりあえずそれは置いといて、だ」
二人に詰め寄るミステルをぐいと押しのけて、少女が居住まいを正した。相変わらず周囲は捻じ曲がった異空間だったが、心なしか雰囲気が厳粛なものになる。
胸を張って少女が名乗りを上げる。
「あたしはイリア・ルゥ・レグニツァ。誇り高きレグニツァ公国の女王だ」
こんな変な場所にいて、どこに向かっているのかすら分からない状況下で、少女の──イリアの態度は堂々としたものだった。まるで慣れているような。
イリアの視線はアルに真っ直ぐに向けられていた。睨むような挑発的な視線が「次はお前の番だ」と告げている。
こんなのは正直、ガラじゃない。ガラじゃないが、相手は女王、そしてこちらは騎士なのである。それ相応の名乗りを上げなければなるまい。
「あー、俺は……」
と、いつもの調子で言いかけて、はっとして姿勢を正す。まったく、ガラじゃない。心の中で愚痴ってから、アルは真面目な顔を作った。
「フェリタニア王国第一の騎士、アル・イーズデイル」
ぎこちない仕草で敬礼のポーズをとる。
「似合ってねぇな」
「うるせぇっ!?」
イリアに鼻で笑われて、ポーズは0,2秒で崩れ去る。だがかえって好都合だ。イリアは女王という立場であるにもかかわらず、フランクな言動でアルが肩肘張る必要がないと思わせる少女だ。
それに、アルが傅く主は、彼女ではなく別の女王なのだ。だからこの態度はありがたい。
イリアは次に、傍で控えるミステルを顎で指し示した。
「で、こいつがうちの国の守護神だ」
「はぁい、よろしくお願いします、アル様♪」
「し、守護、神……?」
守護神。国の。
つまりレグニツァという国を守る超常の存在であるということだ。アルはまたしても自分の常識との違いに固まった。
世界を創ったと言われる七大神や、大陸の守護者たる神竜セフィロスとも違う、神の存在。確かにミステルは(一見ただの変態だが)神なのだと言われればそうとも取れる、どこか荘厳な空気を纏っている。言動は変態だが。
「本格的に異世界なわけか……」
「移動する途中だけどな」
イリアは腕を組んで、ゆるりと睥睨する。そろえた指先を波立たせるように動かし、小さな唇から深い溜息が零れ落ちた。
「とはいえ、ちっと時間がかかりすぎじゃねえのか……? “世界移動(ソーテリア)”ってのはこんなにノリの悪いダンスなのかねぇ」
「お嬢様、その件ですが」
ミステルがそっと耳打ちする。途端にイリアの表情が変わった。
「何ィ!? 信長の野郎が行方不明だぁ?」
「はい。小澤様は捜索のため、迎えには来られないと……」
「もっと早く言え、そういうことは!」
銃把でミステルに一撃加えると、いらついた表情のままイリアはアルの胸倉をぐい、と引き寄せた。
「おい、お前、覚悟しろよ」
「は?」
何が、という所までは聞かなかった、いや聞けなかった。詳しいことは分からないがとにかくなんだかヤバそうだというのはアルにもひしひしと伝わってきた。
「どこに出るか分からねぇならまだマシだ、もしかしたら一生ここに閉じ込められるか、でなきゃこのままオダブツだ!」
「なっ、か、帰れねぇのかよっ!?」
「てめぇの神に祈りな!!」
イリアはアルを離し、前を──どこへ向かっているのかも分からないこの状況にもかかわらず、彼女の向く方向がすなわち前なのだ──きっと見据えた。
そんな小さき女王に応えたのか、空間の歪みに変化が訪れた。
「“ド真ん中(ブルズアイ)”! ツイてきたぜ!」
イリアが快哉を叫ぶ。指を鳴らすと同時に、彼女の向いた方向から金色の光が溢れ出した。
──ようやく見つけました、騎士さん!
「……? 誰だっ!?」
声は遠く、光の向こうから直接アル達に語りかけてきた。光は一層強くなり、アル達三人を包み込むと、さらに声が響く。
それは悲痛な叫び声のようにも、喜びに満ちた声のようにも思えた。
──ずぅっと、騎士さんを探してたんや。
「どういうことだ?」
──ウチの最後の力を使います……ア……ィオ……に……戻ってください……
声はアルの問いに答えることなく消えてしまう。そして光がおさまった時、アルの体にも変化が起きていた。
「これは……ヤルダバオトっ!?」
それまで状況を静観していたミステルが驚きの声を上げる。彼女の体は、先程の金色の光に似た暖かな力に満ちた、赤い光に包まれていた。
「ヤルダバオト……? 何だ、それ?」
耳慣れない言葉に疑問を呈すアルもまた、こちらは青い光に包まれていた。
そしてヒュゥ、と口笛を吹くイリア。彼女は銀色の光に。
「つまり行き先はオリジンじゃねえ、お前の世界かも知れないってこった」
「ホントかっ!?」
「あたしはそれに賭けてみるか。“上乗せ(レイズ)”するなら今のうちだぜ?」
そう言ったイリアの不敵な笑みがふとホワイトアウトする。
狭間の終わりだ。三人は『世界』へと、放り出されるようにして飛び出した。
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あとがき。
イリアの好みはガチムチマッチョ。これはファンが泣く(笑)さすがです王子!
正直、アル萌えにならないのは同じ王子のキャラくらいだろうなと思ってます。
なのでミステルは変態らしく、思いっきり萌えさせてみました。えんどーさんすみません。
※イリアの一人称は安定していないのですが、この連載では『あたし』で通してます。