Novel

Middle:1〜発覚・わたしが王子様!?〜

「見つけた……」

 人多く行き交うその街で、たった一言の呟きは風に紛れて消えていく。
 その『人影』は、とある冒険者の足取りを追って、人込みに紛れいつしか掻き消えた。

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 さてその冒険者。
 街道沿いのある街にてその日は宿を取ることにした。
 小さいながらも頑丈なつくりのその建物は、酒場を兼ねる一階で日々繰り広げられる冒険者達の宴や喧嘩などに耐えられるように。
 たびたび吟遊詩人などが立ち寄っては、自慢の喉を披露していくための舞台にもなるように、フロアの一角にちょっとしたステージとなり。
 そして今日も、彼らをかりそめの住民と加え、宿の中は大いに賑わっていた。

 彼らの名は『フォア・ローゼス』。
 かつて粛清の時を迎えようとしたこのエリンディルを救った、薔薇の巫女を有する──いや、有していたギルド。
 今ではそのしがらみもなくなり、彼らは、ことさらノエル=グリーンフィールドは、日々を楽しい冒険に費やしていた。
 そんな彼らの旅の疲れを癒すように、小さな舞台には一人のバードが、その歌声を聴かせている。


 "そこは霧に包まれた幻の城 恐怖の名を冠する王国

  訪れるもの誰もなく ひそり佇む孤独の城"


「はぁ〜、何だか不思議な歌ですねえ……」
 テーブルに肘をつき、運ばれてきた鳥のフライに手を伸ばしながら、ノエルは間の抜けた声を出した。
 吟遊詩人の語る冒険譚ならいくつか聞いた覚えはあるが、今日のそれは初めて聞くものだ。
「もとは子供向けのおとぎ話ですよ。マイナーな絵本にもなっていたはずですが」
 ノエルの言葉に淡々と返すのは、魔術師のレント=セプター。悪の組織としてちっとも名高くない『ダイナストカバル』の元幹部──にして、現在は同じく悪の組織としてちっとも名高くない『ネオ・ダイナストカバル』の幹部となった男である。
 整った顔立ちと涼やかな目元の、黙っていれば美青年。そして口を開けばこれまたあまり感情の見えない容赦ない物言いで、「そんなところがまたイイの〜」などという女性陣には人気も出るだろう風貌だ。
「異世界と繋がっている、なんていう伝説もあるそうですが……所詮は噂に過ぎません」
 特に歌に耳を傾けるでもなく、ただ聞こえてくる旋律だけをその聴覚におさめて、彼はグラスをあおった。
「でも、夢があっていいじゃないですかっ。霧の中に浮かぶお城なんて、なんだかロマンチックですよ!」
「ノエルさんらしい考えです。もしそんな機会があれば、その時は勿論お供しますよ?」
 うっとりとした目つきで、胸の前で両手を合わせるノエルに、出された料理を綺麗にナイフで切りながらにこりと微笑みかけたのは、神官のクリス=ファーディナント。
 英雄の血筋に生まれ、数々の武勲をこのノエルたちと共に打ち立て、実力は既に聖騎士にも比肩しうる力を持つ。
 故郷ヴァンスターの神殿にて、騎士団の一つを任せられるほどにまでなった男である。そんな彼がいまだ冒険者としてノエルたちと共にいるのは、いまだあの『薔薇の武具』に関する事件と冒険が忘れられぬためであろうか──もっとも、それは本人にしか分からぬこと。
 ただ一つ言えるのは、ここにいる誰も、もうフォア・ローゼスの仲間を欠けさせることを是としない、ということだった。
 それだけ分かっていればいい。少なくとも、今は。

 そんなクリスに冷水を浴びせるかのような声が届く。レントだ。
「安易にそんなことを……好感度を稼いでいるつもりか、クリス=ファーディナント」
「いつの話だよ好感度っ!? っていうか、お前だんだんイイ性格になっていってないかっ!?」
「良い性格? それは褒められたということだろうか」
「だからそーじゃなくて……っ、あーもう!」
「……フッ、若いな」
「何がだっ!?」
 二人が一斉に振り向く。
 いかにも歴戦の勇士といった渋みのある言葉を発していたのは──金の髪も眩しい、一人の少女。
 それもただの少女ではない。
 すらりとした細い眉、宝石の如く瞬く瞳、艶やかな紅の唇、酒で僅かに上気した滑らかな肌。凛とした雰囲気と、可憐な儚さを併せ持った、極上の美少女である。
 そんな美少女が、口を開けば渋い親父なのである。誰もが少女の素性を疑うだろうが、真実を知れば無理もない。
 彼女の名はエイプリル=スプリングス。"四月"のコードネームを持つ、元情報部十三班のエージェントなのだ。酸いも甘いも噛み分けた一流のガンナーゆえ、この物言いにも納得するだろう。……多分。するといいなあ。

 そのエイプリルは、片手に持たせたワイングラスを弄びながら、男性陣二人にわざとらしく溜息をついてみせた。
「お前らの他に誰がいる。特にクリス、いちいちレントの言うことに反応しすぎだ……そのうちハゲるぞ」
「ハ……!!」
 クリスの表情が固まった。無論、意識は自然と頭に向かう。
 この時、ノエルもクリスの頭をガン見していたのだが、彼の名誉のため、それは伏せておくことにする。

 フォア・ローゼスの、ありふれた日常だった。
 それを祝福するかのように、もしくは新たな運命に引きずり込むかのように。
 『幻の王国』の歌が流れていた。


 "時の狭間に打ち捨てられた 根付くこと無き彷徨い人

  賢き王子は今いずこ 消えゆく城は今いずこ

  求むるは希望の種子 奇跡を起こす願いの力──"

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 それが、およそ数時間前のことである。酒場には既に人もまばらとなり──今、彼らの前には二人の男が座っていた。
「見つけました、ついに見つけましたぞ!」
「おお、これで我らの悲願も叶うというもの、うひひ」

「…………」
「は、はぁ……」
 テンション高く、ノエルたちを指差してはしきりに「見つけた、見つけた」と繰り返す二人を、一向は引いた目で、ノエルだけは戸惑いがちに見ていた。
「……で、一体何の用だ、あんたら?」
 切り出したのはエイプリルだ。他のメンバーはドン引き中のため、まともなリアクションが取れなかったらしい。
 エイプリルの凄みある美貌に怯えたのか、二人は一瞬でおとなしくなり居住まいを正す。
「は、これは失礼致しました。わたくし、キサン=チウムと申します」
「わたくしはバン=ブーと申します、うひひ」
「で? その何某やらが俺達に何の用だ?」
 腰の低い、手もみしながらの自己紹介にもエイプリルは動じなかった。二人を値踏みするようにじろりと見回し──そして再びの同じ問いである。
 一瞬ビビった後、キサンが話し始める。
「はい、実はわたくしども、人を探しておりまして……」
「で、依頼か?」
 エリンディル大陸に存在する『冒険者』、彼らの仕事は遺跡等の探索のみには留まらない。たまにこういう探偵じみた仕事が舞い込んでくる時だってある。
 そのことを問うたエイプリルに、今度はバンが首を振って答えた。
「いえいえ、もう探し人は見つかっておりまして……うひひ」
「……? それは良かったですねー」
「ノエル、話が進まん。ちょっと黙ってろ」
「あうう、は、はい……」
 しょぼーんとするノエルの肩をぽんぽんと叩いてやってから、エイプリルは顎で続きを促した。
 が、二人が向いていたのは彼女ではなく──

「わたしに、何か?」
 眉を寄せて二人を交互に見るレント。二人の視線は彼に集中していたのだ。
 二人はそれに頷いて返すと、同時に叫んだ。

「あなた様こそ、我がフィアー王国第一王位継承者、クレバー王子!」
「…………」

 沈黙があたりを支配する。

 最近、レントは気付き始めていた。『自分にも感情が芽生え始めている』のだと。
 ああ、これが『呆れる』という感情か──この時レントは、そう思った。

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あとがき。
依頼人の名前を和訳してみてください。今回のネタです(笑)
菊一文字→ガーベラストレート、だからそれにしようかと思ったら……いるんだもんな、ガーベラ。
ハッ! もしかしてこれが奴の伏線だったり?(ねーよ)