Novel

Middle:2〜時の果ての来訪者〜

 あまりにも突然すぎる展開に、エイプリルは頭を痛めていた。

 今、彼らがいるのは、ずっしりとした石造りの、広いフロア。
 奥まで一直線に真紅の絨毯が引かれ、煌びやかな装飾が部屋中を照らしている。
 大理石の床の上を、幾人もの着飾った男女が流れてくるワルツに合わせて舞う。
 脇には趣向の粋を凝らした料理と、滝のように流される酒のタワー。

 ここは、霧に包まれた城。
 伝説に歌われる幻の王国の中枢だった。

 そんな中に、彼らフォア・ローゼスの面々がいる。はっきり言ってかなり場違いだ。
 もっとも、ノエルはそんなことを気にせず出された料理やドレスに夢中になっているし、クリスは何やら疲れた表情で、壁にもたれかかっている。
 レントはというと、件の二人に連れられて玉座に座ったまま動かない。
 この優雅な雰囲気の中、エイプリルだけが異質だった。


 話は少し遡る。

「そ、そんなことがあったんですね……さぞや大変だったでしょう……!」
 依頼人、キサン=チウムとバン=ブーと名乗る怪しい男たちの話に、ノエルがすっかり感銘を受けていた。
 彼らが言うには、こうだ。

 かつて、エリンディル一帯を支配していたフィアー王国という国があった。
 豊かな自然と共に暮らし、高い文明を持ち、人々は皆善良で、争いもなく、邪悪に染まることもなく、この大地を支配していた。
 ある時、彼らに嫉妬した神々が王国を滅ぼそうとした。
 だが完全に滅ぼすことはできず、霧の中に封印し、唯一王国を復興できる力を持つ一人の王子を時空の果てに追放したのだという。
 この幾年にもわたる封印が、ようやく解けようとしている。この霧が晴れる時、王子は必ず戻ってくるのだと──

 正直、嘘だと思った。
 いくらなんでも、そんな大きな国ひとつ、歴史から抹消してしまえるほどの勢力など、当時にはない。歴史を学ぶ者なら誰でも不審に思うだろう。
 それに、神が嫉妬するほどに強大になった国があったのなら、封印ではなく問答無用の『粛清』が下るはずだ。あのエルダですらそうだったのだから。
 だが、長い長いサーガを聞かされ、ノエルはすっかり気をよくしている。
 レントが彼らに王子扱いされていることも不思議だった。彼はつい最近目覚めたばかりの人工生命体なのだ。遠い昔に追放されたようなご長寿であるはずがない。
 第一、言い伝えによれば「王子は戻ってくる」のだから、わざわざ探しに来なくてもいいはずだ。

「みなさんっ、行きましょう! この人たちを助けましょうっ!」
「し、しかしノエルさん……こんな眉唾……」
 既にノエルは行く気満々である。先ほど歌に聞いたばかりの霧の城を見てみたい、との思いもあるのだろう。
 小さく嘆息して、エイプリルはギルドメンバーを見渡す。
 ノエルは言わずもがな、クリスもどうやら話自体には懐疑的であるようだが、あの様子では押しきられるだろう。レントは──
「わたしはノエルと共に行きます。それが任務ですから」
「お前な……」
「お前に非難されるいわれはない、クリス=ファーディナント。大体『霧の城に行くことがあったら供をする』と先程言っていたではないですか」
「ぐっ……」
 答えに詰まるクリス。

 ああこりゃダメだ。エイプリルはここで腹を決めた。

 こうして、フォア・ローゼスの面々は、霧に浮かぶフィアー王国の城へと案内されたのである。
 封印を解き、王国を復活させるために──……


 そして話は冒頭に戻る。
 現在、フォア・ローゼスの面々は、レントの座す玉座近くに集い、例の二人から詳しい依頼内容を聞いていた。
 そう、彼らは何も『王子とその一行』をただ招待したわけではないのだ。
「その、『ガイアの種子』というのを取りに行けばいいわけですね?」
「なんで自分で取りに行かないんだ」
 クリスが力なくぼそりと呟いたのを耳ざとく聞きつけ、キサンがおお、と悲嘆の声を上げる。
「言い伝えによると、種子は王家の血を引くものでなければ手に取ることができないのです!」
「あきらかに嘘臭い説明だが、まあ依頼には違いねぇな」
 エイプリルは既に腹をくくっている。

 もっとも、レントは本当に王子ではない。依頼人のその言葉が本当なら、自分たちではその『種子』とやらは取れないことになる。だがそこが逆に気にかかった。
 やはりその説明は嘘だ、と長年培った勘が告げていた。
 自分達を行かせる、何か別の理由があるのだ、と。
 それに、ノエルがノリノリなため、行くしかないだろう。そんな思いを込めて男ども二人を見渡すと、クリスは溜息でそれに答えた。
 一方のレントは無表情を貫いていた。こちらはノエルが行くというのであれば問答無用でついて来るだろう。
 これで決まったようなものだった。

「……しかし」
 話が決まった所でパーティーに戻ろうとする一行の背に、淡々とレントが言う。
「幻の王国……まさか本当に存在するとは」
「ホントに実在したんですねっ、あたし、ついさっきこの伝説知って、すぐに来ちゃいましたよっ、すごいご都合しゅ……」
「その先は言っちゃいかーんっ!」
 興奮気味なノエルを慌てて制する、依頼人二人。それにはお構いなしに、レントは続けた。
「伝説は伝説でも、都市伝説の類ですよこんなもの。口裂け女とかダッシュばばあとかの……」
「ダッシュばばあ? もしかしてそれは……あのようなものですか?」
 ふと、ノエルのフォローをバンに押し付けたキサンが窓を指差す。
 物凄い勢いでダッシュしてくる小さな影が、霧の中に浮かび上がる。

「ふーきーつーじゃー……」

「ばばあ────っ!?」
「お、おばあさん……っ、おばあさんっ……!」
 一同は戦慄した。
 しかし、哀ればばあ、ドップラー効果を起こしながらすぐに走り去って行ってしまった。
「おばあさんっ、こ、今回は占いはナシですかっ!? おばあさーん!!」
 あわあわしながらノエルが叫ぶ。と、それに呼応するかのように反対側から戻ってくる。
「ばばあはそこには入れんようじゃー……後頼むー……」

 まさに去ること風の如し。
「あれは招かれざる客……むしろここまでやって来られたことの方が不思議です」
 呆然と窓の外を見つめるノエルたちに、やけに落ち着いたキサンの声が響いた。
 なんだかとても胡散臭い声だと、この時エイプリルは思った。
「お、おばあさん……大丈夫なんでしょうか……」
「ま、大丈夫だろう」
 呆れたまま呟く。あれ、中身フェルシアだし。

 いまだ不安げに窓の外を見つめているノエル。一気に疲れ果てたかのような男ども。
 だがエイプリルだけは、この空間に張り詰めたビリビリとした空気を感じ取っていた。

 あの時とよく似ている。
 ここにいる誰も気付いていないが、エイプリルには分かった。
 『彼女』だ、と。

 ノエルが気を取り直し、あらためて料理に向かおうとした時、既にエイプリルの姿はそこになかった。

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「やはり生きていたか」
 冷たく言う。手は懐の魔導銃に伸びたまま、いつでも抜ける体勢。
 あの後エイプリルは、一人バルコニーへと出て来ていた。
 彼女らを見ていた突き刺すような感覚を追って、そこまでたどり着いていた。
 何もない虚空から、声が響く。
「久しぶりだね、エイプリル」
「何の用だ……フェブ」
 すっと銃を抜き放ち、声のした方に向ける。が、その前に気配は消えうせ、今度はエイプリルの背後から聞こえてくる。
「おっと、ここでやりあうつもりはないよ? そもそもここに来られたのはボクの能力とこの城の特殊性のおかげなんだからさ」
 もっともここまではエイプリル自身も予測していたこと。ただ銃口を向けて撃っても、彼女──フェブラリィには通用しないということは、嫌というほどよく分かっているのだから。
 だから、かわりに聞き返す。望む答えを引き出すことはおそらくできないだろうが。
「どういうことだ?」
「さぁ? 詳しくはボクも分からない。ただ、ここではボクは招かれざる客だ……何ができるというわけでもない」
 驚くほどフェブラリィの吐息を近くに感じる。だが姿だけは、見ることすら叶わなかった。
 さすがに焦りの色を見せ始めるエイプリルにもかまわず、フェブラリィは続けた。

「けどね、ひとつだけ警告しておくよ。この城の謎を、皇帝陛下も解き明かそうとしていたってことを、ね」

 言いたいことだけ言い切ると、フェブラリィの気配は消えた。遙か時の果てを飛び越えて行ってしまったかのようにすら感じられる。
「…………」
 いまだ警戒を解かぬ、エイプリルの姿のみが、バルコニーに残されていた。

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あとがき。
招かれざる客二人。それでも来られたのは彼女らが優秀だからなのでしょう、きっと。
サブタイトルは某あるお方著作SF小説からいただきました。その作品とは全く関係ありませんよ!?
へっぽこの毎回のシナリオタイトルと同じくらい関係ありません!(笑)