Novel
Middle:4〜霧の中の封印〜
霧深い森の中に入ってしばらくも経たない間。
四人の冒険者達は、道案内、キサン=チウムとバン=ブーの二人に連れられて『ガイアの種子』とやらのあるというダンジョンまでの道のりを歩いていた。
「ふわぁ〜、前が見えないですよ……」
「ああ……ったく、こうも視界が悪いと、いつどこから襲撃を受けるか……」
ノエルとエイプリル、ほぼ同時に呟く。一方はこの霧の深さに感心したような圧倒されているような、そんな溜息と共に。もう一方は、皮肉げに口元を上げ、鋭い視線を道案内の二人に向けながら。
だがその視線をものともせず、案内人は怪しげな笑みを浮かべる。
「うひひ、なにせ『霧の森』ですから」
「霧が深くて当然です」
今更何を言っても無駄か。エイプリルは軽く舌打ちすると周囲の警戒に目を戻した。
ここは霧の森。
魔族を監視するために生み出されたエルダナーンの集う神秘の場所。
彼らが城を一歩出たそこと直接繋がっていたのだ。まるで何かに仕組まれたかのように。
「……しかし、まさかその種子とやら、スピアルゾンにある、なんていうオチじゃないだろうな?」
一行のしんがりを務める神官が「もうその口調に疲れた」といった風に呻く。
「それはないだろう」
すぐさま隣を歩くレントから否定の言葉が返ってきた。うんざりとそちらを見遣ると、なんとも涼しい顔をして一定の歩調を保ち、歩いている姿が目に入った。
(こいつ……じゃないよな、やっぱり)
ふと、昨夜の影を思い出す。もし聞いてみても、寝惚けていたのだろうと一笑に付されるのがオチだ。
「あの二人の足取りを見ろ」
そんなクリスの葛藤に気付かず、レントが前を行く二人を顎で示す。確かに二人の足取りは、すぐ近所に散歩でもしに行くかのような軽いものである。
「現在地を確認してみたが、ここからスピアルゾンまで徒歩で数日はかかる。我々はともかく、あの二人はそんな装備で来ていない」
「確認、って、どうやって」
「内蔵のレーダーで」
「…………」
しれっと言うレントに開いた口が塞がらなかった。
「みなさん、もうすぐですよ」
「見えてきましたよ、うひひ」
静かな一行と対照的に、甲高い二人の声が森の中に響いていた。
---
「──この先に何があるか、分かってて進むの?」
透明な声色は、ノエルたちの進む方向から唐突にかけられた。
細く小さな声だった。だが、不思議と耳に残る、まるで鈴を鳴らしたような澄んだ声。
「お、おお……」
「これはこれは……」
声の主を、ノエルたちは知っていた。それは案内人達も同じだったようで、それまで貼り付いていた胡散臭そうな笑みがすっと消え失せる。
「この先に待つのは、過酷な運命。それでも──……」
少女の声と共に、それまで立ち込めていたはずの霧が急速に晴れていく。
現れたのは、奥深くへ続いていそうな暗い洞窟の穴と、白銀の髪をなびかせた一人のエルダナーン。
「……それでも、あなたたちは進むの?」
少女の伏せられた目が開き、一行を──いや、ノエルを真っ直ぐに見据えた。
「え、え……フェルシア、さんっ? どうしてここに……」
「か、監視者……」
ノエルの疑問の声とほぼ同時、案内人達の震える声が小さく発せられた。少女──フェルシアは、そちらには見向きもせずにノエルをじっと見つめ、答えを待っている。
二人の少女が対峙した。ノエルは一歩前に進み出ると、ぐっと拳を握り締め、決意の言葉を吐き出す。以前、同じように彼女と翡翠の騎士にそうしたように。
「あたし達は、この先にある『ガイアの種子』を取りに行かなきゃいけないんです。だから……」
「それが何か、知っている?」
「え……い、いいえ……」
静かに問われて、ノエルは視線を彷徨わせた。説明してしかるべき案内人は、フェルシアを見て固まったまま、何も言わない。
一つ溜息を吐く。
静まり返った一行に向けて、フェルシアは歌うように言葉を紡いだ。
「……粛清」
「!!」
ただ一言だけで、案内人の表情が凍りつく。フェルシアはかまわず続けた。
「この先に、神が一度は封じた粛清に関する、あるモノが存在する」
「え、ええ……はい、そうで……しゅ、粛清……っ」
「ホラ、前に倒した神竜ゾハールとかっ、アレも粛清ですよ!」
「あ、あああそかっ……そうか……そ、そんな危険なものがあるんですか……っ」
横からクリスに耳打ちされてようやく何となく理解した、といったところか。ノエルはあわあわとしながらやっとのことでそれだけ答える。
フェルシアがコクリと頷いたのを見て、自問した。
このまま入ってしまってもよいのか、と。
薔薇の巫女という運命から解き放たれたというのに、また新たなしがらみを作ってしまうのではないか、と。
そんなノエルをよそに、静かに進み出る足音が一つだけあった。
レントだ。
「……監視者殿、ひとつお聞きしてもよろしいですか?」
「?」
フェルシアが首をかしげて、レントに視線をやる。
「あなたはかつて、英雄ガイアと行動を共にしていたと聞きます……『ガイアの種子』とやら、もし彼に関係があるとすれば、あなたはもっと詳しいことを知っているのではないのですか?」
レントの問いに、しかしフェルシアは悲しげに首を振った。
「私も、全ての粛清を完全に把握しているわけではないから……それに、多分これは、あのガイアとは関係ない」
「それは何故?」
「英雄ガイアの司った『火の粛清』は……既に一度起動しかけて、今はそれを食い止めるものがいる」
「…………」
「…………」
「……嘘では、ないようですね」
納得して見せた風に一度頷く。しかしその一寸前に、ふっと口端を上げ、
「英雄ガイアが粛清と関係していた、というのは初耳でしたが」
「!」
さらりと流すレントの言葉に、フェルシアは固まった。
「……みゅう……」
おまけに妙な鳴き声まで発していた。
「では行きましょう」
気を取り直し、すたすたとレントは歩いていった。フェルシアのいた場所を通り越すが、彼女は特に気にする風でもなくそれを見送る。
「あ、いやその、しかしっ……ま、まずは罠がないかどうか!」
「うひひっ!? そうですそうです、危険です……よ?」
ここへ来て、いきなり案内人達が騒ぎ出した。が、まるで心外とでも言わんばかりのレントの表情により遮られる。
「これは異なことを。『ガイアの種子』は王家の血を引くものでなければ取れないと仰っていたのはあなた方です」
レントは慎重に、洞窟の入り口まで歩み出る。案内人達は後ろからハラハラと見守るだけ。
「そしてわたしは……王子だ」
そこだけ切り取って聞けば物凄くおかしい台詞だった。杖を持たない方の手を、入り口に向かって差し伸べる──……
「!!」
バチリ、と。
火花が散ったのは一瞬だった。
目に見えない何かが、レントの手をつたって衝撃を流す。
「! いかん、離れろっ!」
後方で叫ぶクリスよりも一瞬早く、レントは術を完成させていた。
「"小さき蟲の王"……」
とん……っ、と軽くステップを踏んで、後ずさる。レントと見えない障壁の間に、蜘蛛をかたどった紋章が浮かび上がっていた。
ほぼ同時にクリスも防護魔法を完成させている。この咄嗟の判断も、ここ一年ほどで身につけたコンビネーションだ。
もっとも、本人達は一向に認めようとしないのだが。
あとには、ローブを少し焦がしたレントが佇んでいるのみ。
「……やはりな」
振り返ったレントの視線が、案内人二人に突き刺さった。
「わたしを王子だと言ったのと、王家の血を引くものでなければ取れないと言うのと……どちらかは、いやおそらく、どちらも嘘だろう」
冷たい断定の言葉にも、しかし二人はへこたれなかった。
「す……」
「……す?」
「素晴らしいっ!」
「素晴らしい機転です、うひひっ!?」
「…………」
「罠を見越して漢探知とはっ!」
「うひひ、さすがは王子っ!?」
「……誤魔化したな」
必死にレントを称える二人をあとに、ち、と舌打ちする。まあいい。ここで彼らに詰め寄ってもあの攻性防壁が解かれるわけではなかろう。
ともかくそこでいったん一行の足が止まる。
防壁ぎりぎりまで近づいたエイプリルが解除できないかと確かめてみたがそれらしいものはなく、彼女はフェルシアを睨んでは不敵な笑みを浮かべた。何か知ってるだろう、という意味を込めて。
「よお、コイツは一体どういう仕掛けなんだ? ただの罠じゃねえ」
「それは罠じゃない……資格あるものにより開かれる、封印」
「資格?」
柳眉が歪む。コイツ先に言えよ、との言葉は出すだけ無駄だった。
「その資格が何なのか、誰にあるのかは分からない……だけど、資格を持つものがまず入り、中から装置を止めれば」
「俺たちも入れる、ってぇワケだな?」
フェルシアが頷くのを確認すると、エイプリルも皆のいる場所まで下がる。
彼女の言うその資格とやらがどんなものなのか、皆目見当がつかない。
しばしその場で、四人が頭を抱える。
「資格……資格しかくしかく……っ、う〜ん、王子がダメだったんですよねぇ……」
「王子ではなかったということです」
「そうだったんですか……レントさんはレントさんなのですねっ」
レントの頭の中では、凄まじい高速計算がなされていた。もちろん、必死にうーんと唸りながら考えているノエルの相手も同時にこなしながら。
資格が何であるか。案内人が何故嘘をついてまで自分達をここに来させる必要があるのか。少なくとも、レント本人は資格を持たないらしい。が、必ず何かあるはずだ。フォア・ローゼスがこの中に入る方法が。必ず──……
その傍らでは、クリスも、エイプリルも、皆一様に頭を悩ませていた。引き返すという選択肢もあった。だがここで引き下がってはならないような、そんな気にさせられていた。
その様子を静かに見守るフェルシア。彼女の存在が、また彼らを駆り立てたのかもしれない。『粛清の監視者』の役目を持った彼女が、自分達にこの場所の封印について話したことが証拠。
いつ終わるとも知れない思考の波。そんな中、ノエルは──……
「……はぁ〜……」
既に考えることを放棄し、息をつきながら地面の上のありんこをつついていた。
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あとがき。
いかん。情報、出しすぎたかもしれん! ネタバレになってないといいのですが……
英魔さま並の勘の持ち主なら、展開分かるかもですね(笑)しかしレント、動かしやすいな。
あ、エイジは出ません。念のため(出てもチョイ役)
用語解説
※漢探知…罠を調べずに突っ込んで、その身をもって罠の有無を調べる方法。
殺意を持ってとどめを刺さないと死亡しないアリアンロッドでは意外と有効な手段(笑)
ちなみに柊蓮司(ナイトウィザードのPC。中の人は矢野俊策)の得意技でもある。
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おまけ。
クリス「フェルシア、喋りすぎじゃねえ?」
レント「無口だったはずだろ」
GM「そこは、ホラ! 占いばばあの時の癖が(笑)」
ノエル「そんなに長い間おばあさんを……」
通りすがりの久保田悠羅「では私がかわりにやりましょうか?(笑)」
GM「やらんでいいっ!? こいつ今……レベル30だぞっ!?」
ゆーら「30っ!? やはり私が!」
GM「やめーいっ!!」