「ノエル殿、ホラ、行列ですよっ、行列!」
「巣はあちらにあるようですよ、うひひ」
あれからしばらくの時間が経つ。
攻勢防壁から身を守るための魔法をかけているコストも惜しく、ローゼスが一人ずつ試すというのは最終手段となった。
一行は輪になって、資格とやらが何かを思案していたのだが、なかなか答えは見つからず。
「わぁっ、ホントだ、ホントですねっ! 行列ですよっ!?」
「はい行列です、行列」
「うひひ、追いかけてみましょう」
一方のノエルは、案内人達と共に蟻の行列を追ってしゃがんだままふらふらと移動していた。そう、洞窟の方に向かって──……
「! ノエル!?」
最初に気付いたのは目聡いエイプリル。立ち上がり、地面だけを見つめているノエルの背に向かって声をかける。
「はいぃ? 何で……す、か……っ?」
「まずい!」
振り向いた拍子に、ノエルの体がぐらりと揺れた。そこはちょうど、防壁のすぐ境目の辺り。このままこければまず間違いなく封印に引っ掛かるだろう──ノエルはそういう星のもとに生まれてきた少女だ。
何としても触れる前に止めなければならない。エイプリルは急ぎ駆けつけたが、一瞬遅く。
「はぅぅ〜!」
ずしゃあっ!
という派手な音と共に、ノエルは盛大に地面にずっこけていた。
「うぅううう〜……」
「……?」
鼻っ柱を押さえるノエル。だが一行はその時の異変にすぐに感づいた。
「封印が……」
「ああ……発動しなかった」
「そう。資格があるのは、ノエルだったのね……」
「はうぅぅぅぅ〜〜」
「……まあ、なんだ。早くヒールかけてやれ」
シリアスに呟く三人を横目で見て、エイプリルは嘆息した。
魔法の光が照らす中、一行は洞窟の中を進んでいた。
先頭に灯りを持ったフェルシアと、斥候を受け持つエイプリル。その後ろをノエルがついて行く。真ん中に魔術師であるレントを置き、最後尾をクリスが歩く。
あの二人の案内人達は外に残っていた。何でも、洞窟の中のことは監視者の方がよく知っているだろう、とのことで……ノエルはともかく、他のメンバーは彼らを完全に信用していたわけではなかったから、あのまま放っておくのもどうかという意見も出たが、とりあえず、外から洞窟をふさがれるようなこともなかったので、置いておくことにした。
あの後、ノエルが封印の中に入れるということを確認した彼ら。ノエル自身が特に何をするでもなく、知らぬ間に防壁は解かれていた。おそらく、ノエルが仲間を洞窟の中に受け入れる心づもりを読み取って自動的に解かれたのだろう。まあ、それはどうでもいい。
大事なのはこれからのことだ。
洞窟は一本道だった。やって来るものを迷わせる構造になっていない、ということは、やはり封印を乗り越えてきた『資格あるもの』を、最初から受け入れる仕組みになっているのだろう。
さしたる苦労もなく、しばらく歩いていくと、程なく一行は最深部と思われる開けた空間へと出ていた。
「何もない……な」
いち早くそこに到達したエイプリルがあたりを見回す。薄暗い中に、ほんの僅かだが向こうまで見通せるほどの明るさを含んでいる。おそらく何らかの魔法なのだろう。
「ここに『ガイアの種子』があるんですか……?」
その横に来たノエルが、きょろきょろと視線をめぐらせながら小さく声を出す。その声も反響して鳴り響いた。
「そう……多分。あとは、種子を手に入れられるかどうかだけ、だけど……」
「……だけど?」
ノエルのその問いには、フェルシアは答えなかった。かわりに、一歩下がるとそれまで手元にあった魔法の光が開けた空間の中央にふわふわと浮かんで、一行はその洞窟を今までよりも見渡せるようになっていた。
そして見る。
先程よりも明るくなったその空間に待ち受ける、4つの影を。
「……あれが、試練」
フェルシアは一言だけで説明を済ますと、さっと後ろに下がる。やはり『監視者』である以上、これ以上の干渉は控えるといったところか。
目が慣れてくる。
「……あれは……?」
薄明かりの向こうに見えてくる4つの影。それぞれの姿にはっきりと見覚えがある──いや、『見覚え』という言葉で済まされるようなものではなかった。
「あ、あれ……あたし達……?」
「鏡じゃない、よな……?」
それぞれに驚愕の声を上げる一行。
4つの影の全貌が明らかになる。それは彼らそのもの。
フォア・ローゼスと全く同じ姿を持つ、4人の人物であった。
「これが、試練?」
多少の戸惑いを見せる一行。試練とは、自分との戦いか。そこに凛とした声がかけられる。
「……よく見て、あれはあなた達の、影」
背後でフェルシアが杖で指し示すと、出てきた彼らそっくりな人影の前に、それぞれ文字がぼうっと浮かび上がる。
「えーと……? はぁっ!?」
目を凝らしたノエルから、すぐにそんな声が発せられた。
「何て書いて……何ぃっ!?」
続いて見た他の面々も同様だ。文字はこう記されてあった。
『ノエノレ』『クリヌ』『レソト』『ヱイプリル』──と。
沈黙が一行を襲った。
「……つまり、」
しばしの後、顔を引きつらせてエイプリルが呟く。両手には既に魔導銃を持ち、眼前の、自らにそっくりな少女に照準を合わせて。
「偽者……と」
二の句を継いだのはレント。杖を突き出すと、彼自身が淡い光に包まれる。光がおさまった、と思った時には既に彼は次の行動に移っていた。
レントは一歩下がると、聞き取れないほどの速さで次なる詠唱を完成させる。そしてそこから、最大火力(……とはいえ、彼が得意とするのは氷の術なのだが)を叩き込む!
「所詮コピーはオリジナルには敵わないということを教えて差し上げましょう!」
詠唱が完了する。同時に偽者達のいる一帯の上に、いくつもの氷の槍が生み出されていた。それを認識する頃には既に──……
「!!」
氷が次々と地面に突き刺さる。だが同時に、レントは瞠目した。
薄く見えている彼らの影は、一人たりとて欠けてはいない。
認識した時には、既に遅かった。
「なるほど、見た目も同じなら戦術も同じですか……っ!」
自分達のいた場所に、同じように氷の槍が次々と突き刺さっていく。
急ぎ、新たな呪文を構築する。小さき蟲の王アラクネを呼び出し、彼らを防護する魔法を。
もうもうと噴出する水蒸気がフォア・ローゼスとその偽者たちを包んでいた。
それらが晴れ──彼らは驚きと共に、僅かな落胆、そして「やはりな」という思いに満たされる。
ノエルの眼前に立ちはだかるようにして、クリスが盾をかかげて立っていた。もう片方の手はこちらに向いて、防護するための神聖なる言葉を呟いている。おかげで、レントの方にはたいしたダメージは来ていない。
横を見る。エイプリルの周りには、無数の氷の槍が突き立っていた。だが彼女は、そのどれにも触れることすらしていない。全て避けたのだ。
向こう側を見る。
偽フォア・ローゼスご一行が、自分達と全く同じ動き、同じ連携でレントの放った魔法を防いでいた。
彼らの頭上には、蜘蛛をかたどった紋章がそれぞれに浮かび、降り注ぐ氷の槍を受けてふいに掻き消える。
双方とも、倒れたものはいなかった。
「き、効いてませんっ……効いてませんよ?」
「いや……効いてるさ」
慌てたようなノエルの声に、僅かだが反応があった。脇をすり抜け、素早く『ヱイプリル』に銃弾を二発、叩き込むエイプリル。
赤い影が一瞬交錯したかに見えた。
「ああっ! どっちがエイプリルさんなのか分かりません〜!」
背後に焦るノエルのそんな声を聞き、エイプリルはその薄い唇を歪め、鮫のように笑う。
「心配するな、ノエル」
静かに言うと、彼女は急に動きを止めた。そこを狙って『ヱイプリル』が襲い来る──全て計算通り。
二挺の魔導銃の口を同じ方向に定め、寸分の狂いもなく二発の銃弾が『ヱイプリル』の急所に撃ち込まれた。
後方の『クリヌ』がプロテクションを飛ばしたが、それすらも貫き、銃弾はすみやかに『ヱイプリル』の命を奪い去った。
残ったエイプリルは、銃口をふっと吹き、
「……どうやら、真似られるのは見た目と戦闘スタイルだけみてえだな?」
「気付きましたか。さすがです、エイプリル」
「フン」
短く息を吐くと、エイプリルは素早く次に備える。
「えっと……つまり……?」
「わたしたちの勝ちということです」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべるノエルに微笑むと、再びレントは前を見据える。左手に持たせた盾をはじき、クリスが『クリヌ』を切り伏せているのが視界に映った。
既にあちらは4人のうち2人が倒れている。おそらく、ある程度まで能力を模倣しただけのイミテーターか何かなのだろう。
そして次に、両手に大剣を掲げて斬りかかってくるのは『ノエノレ』だった。
「ノエルさん!」
交戦に入った二人のノエルに気付き、クリスが再びプロテクションをかけようと手を伸ばす。だが──
「てやぁああーっ!」
多少、気の抜けたような声だったが、それでも動き自体にはさして影響はなかったらしい。
『ノエノレ』の剣が届くより速く、ノエルは自らの偽者を一刀のもとに打ち倒していた。
「うええ、自分に攻撃するってあんまり良い気分じゃないです〜」
斬られた断面から、『ノエノレ』が霧となって消えていく。それを微妙な気持ちでノエルは見つめていた。
「あと一人……」
そして残る『レソト』に剣を向けたその瞬間だった。
戦闘時のいつもの陣形。そのため、前衛のノエルとクリス、そして後衛のエイプリルとレントはやや離れた位置にいたはずだった。
だがそんな位置関係などお構いなく、4人をどこかから石つぶてが襲ってきた。
完全に不意を打たれ、十分な壁を張る余裕すら、与えられることはなかった。
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あとがき。
試練の戦闘はVS偽者です。偽者といえば、やはりこの名前ネタはやっておかないとですね(笑)
ちなみに、偽者のデータは、スペックダウンしたローゼスのデータ流用です。フェイトもありません。
まあ、模擬戦はやって無いので、この通りになるかどうかは怪しいですが。
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今回のおまけは特別編です。興味のある方は下からどうぞ。
セプターズの戦闘解説