Novel

Middle:6〜五人目の影〜

 その瞬間、誰もが我が目を疑った。

 飛び交う石礫。まるでスローモーションのように思えてくる。時間にして数秒とかかっていないだろう。
 しかもそれは、広範囲に無差別にというわけではなく、そこにいる4人全員にきっちりと狙いをつけて、である。おそらく、超高速で同じ魔法を複数飛ばしているのだろう。
 その短い時間のうちに、レントは頭をフル回転させていた。
(範囲攻撃──《マジックブラスト》ではない──となれば、アラクネを飛ばせるのはわたしとエイプリル、もしくはノエルとクリスのどちらかのみ──……)
 前方を見る。既にクリスはノエルを庇い、自らに防護の魔法をかける心づもりのようだ。ならば、倒れることを回避するために自分達にかけるべきか。
(だが、並の威力ではないはずだ、おそらく前任者の数倍──!)
 防護を分散させて全員がボロボロになってしまうかもしれない。庇われたノエルは無事ではあろうが、残された彼女一人で立ち向かわせるのも心もとない。
(癪だが、アイツにかけるしかない)
 意を決し、自らは倒れる覚悟で素早く詠唱を開始した、その時。

「あれはわたしの影。任せていただきましょう」

「!?」
 一瞬、硬直する。すんでのところで詠唱を中断せずにはすんだものの、レント──いや、他の者も驚きを隠すことができないでいた。
 エイプリルとレントのいた場所に、蜘蛛をかたどった紋章が現れる。それが正確無比なる狙いをつけていた石礫から、彼らの身を守っていた。
「お前は、昨夜のっ!」
 盾を掲げたままクリスが振り向き、声を上げる。その男はローゼスがやって来た方向からゆっくりと進み出て、魔法の灯りの照らすぎりぎりの場所で立ち止まる。

 濃い赤茶のローブに身を包んだ長身。それよりもう少し紫がかった色の髪を垂らし、片目を隠している──というような髪型、なのだろう。
 なのだろう、というのは、その男の顔のせいだ。
 とんがり帽子を目深に被ったその影からのぞく顔には、白銀の仮面をつけていた。
 その仮面以外は全く同じだった。あの男の姿と。

「ぇえ!? と、トランさん……っ?」
 はじめに口に出したのはノエルだった。
 思わずそちらに駆け寄ろうとするのを、しかし男は手で制し、そのまま前方を指差す。
 まだ試練は終わっていないのだ。つまりは、先ほどの《アースブレット》を放った謎の影はこの男の試練。
「下がっていてください、ノエル」
「え、あ、はい……」
 その口調も、仕草も。確かにノエルは見覚えがあった。言われるままに身を引いてしまう。
 だがひとつだけ。その素顔を隠した仮面の奥から聞こえてくる声だけが、記憶の底のトランとは違う。低く響く、どこか裏のありそうな声。

(本当にトランさん……?)

 その疑問は口に出すことはしなかった。
 それを言う前に、仮面の男が進み出る。彼の試練を果たすために。

 男が杖を構える。つられて、ローゼスはそちらを向いた。薄闇の向こう側、魔法の光の届かないギリギリのその空間に『影』はいた。
 顔がうっすらと見えてくる。そして、浮かび上がる文字も。

 その影には『トラソ』と書かれていた。

「や、やっぱりトランさんっ!?」
 ノエルは思わず裏返った声を出して、彼の背中を目で追った。
 この試練は、『自分との戦い』なのだ。そしてその影は、本人とそっくりな姿と、微妙に違う名前を持つ。
 あらためて、眼前の『トラソ』を見てみる。そちらの方は仮面をつけてはいなかった。

 フォア・ローゼスに戦慄が走る。

 灯りに照らされ見えてきた顔は、彼らのかつての仲間そのもの。
 偽者の名前と、顔と。そしてそれが試練を受けるものの『影』であるということ。それら全てが、ある事実を物語っていた。
 突如現れたこの仮面の男の正体は──……
「ト……」
 呼びかけたのが誰の声かは分からなかった。だがそれを遮って、仮面の男は詠唱を開始する。

「……《アースブレット》」
 静かな声だった。だがそれは力ある言葉となって、膨大な魔力というかたちで仮面の男に応える。
 瞬間、先ほどローゼスが受けたものとは比べ物にならない膨大な量の石礫が『トラソ』に向かい炸裂する。
 同時に、少し離れた位置にいたはずの『レソト』すら飲み込み──再び沈黙が訪れた後には、『影』は跡形もなく消え去っていた。

 瞑目する一同。
(や、やっぱりトランさん……?)
(この威力……! 『影』が前任者の数倍だとしたら、この男は数十倍……!)
 様々な思惑が飛び交ったが、まともに言葉を交わしている暇もなかった。ローゼスが固まっているその間に仮面の男はさらに前へと進み出る。
 手をかざすと、洞窟の一番奥が一瞬光った。

「『ガイアの種子』……確かにいただいた」
「なっ!?」

 奪われた!?
 さらなる驚愕に襲われる一行をよそに、仮面の男がマントを翻す。もしやあの男、ノエルが封印を解いてくれるのを待って尾行けて来ていたのか。
 だが男を追おうとし時、その前に立ちはだかるものがあった。
 フェルシアだ。
「……種子は、試練を乗り越えたものに等しく与えられる」
 杖の指し示す方向には、なるほど確かに、先程男が持ち去った光と同じようなものが4つ浮かんでいる。
「だからって、アイツを見逃せと言うのか!?」
「彼は、試練を乗り越えたもの」
 憤るクリスにも、フェルシアはそう言ってただ首を横に振るだけ。監視者にとっては、彼の正体はどうでもいい──そういうことなのだろうか。

「ま、まぁまぁ……とにかく、種子を持って帰りましょうよ!」
「ノエルさん、気にならないんですか!? アイツはもしかして」
「分かってます……分かってますけど、もう間に合わないっぽいですし……」
 寂しそうに笑うノエルに、さすがにクリスも握った拳をおさめるしかできない。
「……それに、もしあの人がトランさんだったとして、きっと何か理由があるんですよ。あたし達に正体をばらせない事情が……」
「アイツは、そういう奴ですよ」
 ふいと視線をそらすと、光に向かう。それらは一つずつ、ノエルたちにふわふわと近づいてきた。

 手で触れると、光は一瞬、強い閃光と化した。

「きゃ!?」
「な、何だこれは……っ!?」
 閃光の中に、何かが見えた。


 エイプリルが見たのは、黒髪の美女と双子の少女に囲まれながら紅茶を入れる少年の姿だった。まだ若年ながら、ふと大人びた表情を見せる少年に、エイプリルは何か懐かしいものを感じた。

 レントが見たのは、白髪の小柄な少年だった。その隣には、薔薇を手に、コートを着込んだ長身の男の姿が見える。少年の操る氷の業に、レントは何か通じるものを感じた。

 クリスが見たのは、白衣を着た女性に何事か詰め寄られている少年の姿だった。おそらく姉弟なのだろう、二人はどことなく似ている。気弱そうに眦を下げる少年に、クリスは何か親近の情を感じた。


 そしてノエルが見たものは。

「え、えぇえ〜っ!?」

 ノエルの手に取った光には、誰の姿も映ってはいなかった。
 だがこの時──彼女は確かに見た。
 
 『世界』を。

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あとがき。
そろそろミドルフェイズも終わりに近づいてきました。
仮面セプターについての重大なヒントも出したことですしね。
ちなみに仮面セプターのイメージボイスは池田秀一さんでお願いします(笑)

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おまけ特別編。

二人「セプターズ戦闘解説〜」
トラン「今回は短いのでここで」
レント「というわけで、前回ラストの謎のアースブレットは、『トラソ』の不意打ちだったのだな」
トラン「そういうことです。ちなみに、エンゲージから外れていたクリスとノエルにも攻撃が行ったのは……」
レント「ファストドロウの効果だな」
トラン「これなら、対象は範囲でなく複数体になりますからね」
レント「(上級ルール確認)……ソーサラーのスキルなんだな」
トラン「ええ。見ててわたし、というか矢野先生ならウィザードよりはこっちかな、と思いまして」
レント「なるほど。……ところで、今回出てきたトランらしき人物(仮面セプター)レベルどれくらいなんだ?」
トラン「えーと(データ確認)ざっと120ってとこですね」
レント「120!? 菊池さんっ! 俺、トランやります!(一同爆笑)」
GM「無茶言うなっ!?」