Novel
Middle:7〜共鳴するのは〜 -Master Scene-
「…………は!」
目を覚ます。時間にして数秒と経っていないのだが、永遠の旅に出ていたような奇妙な感覚があった。
「あ、あれ? あたしどうして……?」
ノエルはきょろきょろとあたりを見渡した。他の三人も同じような状態でその場に立ち尽くしている。
「あっあの! フェルシアさんっ、今のって……あれ?」
入り口側に立っていたはずのフェルシアの姿は既になかった。後に残されたのは、それぞれが手の中に握っていた、小さな鉱物の欠片のようなもののみ。
「これが……『ガイアの種子』……?」
すかして見てみても、特に変わったところは見られない。これが本当に、幻の王国を救う手立て、なのだろうか。
「それより早く外に出よう。奴を追わなければ……」
「あの男の目的も分からないのに突っ走るのは問題だぞ」
「そうだな。それに、依頼も受けちまってることだし……一応、は」
「う……」
サラウンドで聞かされてクリスが返答に詰まる。その真ん中にノエルが躍り出て、三人をそれぞれ見回した。
「とりあえず、外に出ましょう!」
多くの謎と不安を引き連れて、フォア・ローゼスはその場を後にした──……
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──ファー・ジ・アース・秋葉原
「ちょっと勇ちゃん〜? 注文、溜まってるわよ〜。日替わりパスタセット3つと天使の夢スペシャルブレンドティー、あと……」
「わ、分かってるよ姉さん! あ、はるみさんそのサンドイッチ3番じゃなくて2番テーブル! ふゆみさんはランチを!」
秋葉原に店を構えるメイド喫茶『天使の夢』。その台所を一手に仕切っているのが彼、流鏑馬勇士郎であった。
善人のくせにどこか胡散臭い姉・真魅の借金と、天然ドジッ子鹿島はるみ、その双子の姉妹ふゆみに挟まれながらも、傍目には羨ましい、だが実際には大変な生活を送っている少年である。
だが実際には、幾度も転生を繰り返し、世界の危機にその力を解放することを運命付けられた転生勇者。れっきとした『ウィザード』である。かつては特殊ウィザード組織『ロンギヌス』に所属していたこともあり、その実力と紅茶を淹れる腕前はアンゼロットのおぼえもめでたく、やはり傍目には羨ましい、だが本人的には大変な二重生活を営んでいる。
転生者である、という勇士郎の特殊性により、彼はたまに、ふと昔を思い出し物思いにふけることがあった。それは任務中だろうが仕事中だろうが関係ない。
だからその日の『それ』も、多分似たようなものだと思っていた。
赤い服を翻し、二挺拳銃を手に戦う美少女の姿が、それまでの彼の記憶にない光景だ、と気付くまでは。
「勇ちゃーん!? お会計ー!」
「はいはーい!!」
フロアの奥から聞こえてきた真魅の声で、その一瞬のビジョンは断たれる。
勇士郎は一瞬だけ、首をかしげると、すぐに業務に戻った。
──地球・S市
めっきり冷え込んできた朝の空気に、少年は体を震わせた。
日本のわりと北の方にあるその地方都市。だがさすがに雪の季節にはまだ遠い。
しかし彼が寒いと感じるのは、何も気温のせいだけではなかった。一番の原因が、久々に家の玄関口に顔を覗かせている。それは彼の兄の顔だった。
少年の名は上月司。コードネーム"紺碧の刻印"。強力なオーヴァードであり、UGNに協力するイリーガルエージェント。
そして兄の名は上月永斗。コードネーム"ガンズ&ローゼス"。彼もまたオーヴァードであり、伝説と謳われる暗殺者でもあった。
「おい、兄貴」
「何だ、弟」
開口一番、司は玄関口から顔だけ覗かせている兄に近づいた。そして、
「死ね!」
言うが早いか永斗の体を地面からせり出した氷が包んでいく。
程なく永斗の氷漬けが完成した。
「……ったく」
ぱんぱんと手を打ち払い、司は嘆息した。この出来栄えならおそらく数分とかからず復活してくるだろう。兄はそういう男だ。
たった一人残された家族だった。だが同時に、先程も言った、司が寒さに苦しんでいる原因もまた、この永斗である。
彼の能力は、薔薇を銃に変異させ、敵を撃ち倒すというものである。確かに凄い能力ではあるのだが、何も薔薇でなくとも、と思うのだ。モルフェウスならば、その辺応用はきくはずだ。
司の元に入ってくるはずの仕送りのそのほとんどを薔薇の代金として勝手に引き落とされていくのはたまったもんではない。
そう。司が一番寒いと感じるのは、懐だ。そのやりきれない怒りを先程ぶつけてみた。
そろそろ兄も反省したことだろう。融けだす氷と共に、中で永斗がぴくぴく動いているのが分かる。まあ、この場で反省した所で、また同じようなことを繰り返すのだろうが。
司はきびすを返し、家の中へと向かう。兄はまあ、放っておいても復活したら入ってくるだろう。
そうして、玄関を離れようとしたその時。
「……何だ、幻覚か?」
ふと、頭に浮かんだビジョンに立ち止まる。司も永斗も、ソラリスの領分たる幻覚を操る力など持ってはいないはずだ。
それに、あたりに他のオーヴァードがいる気配もない。気のせいだろうか。それにしてはやけに鮮明な映像だったが。
ファンタジーものに出てくる魔術師のような格好をした男の幻だった。男の操る氷の魔術と、ややひねくれたような目つきがとても他人とは思えない。
「司っ、兄ちゃん腹減ったよ!?」
「…………っ」
背後からそんな能天気な声が聞こえ、司は前につんのめった。
それで、先程の幻覚らしきもののことも頭の中から消えてしまった。
──ブルースフィア・某市
少年は今日もまた、姉の勤める市内の病院へと足を運んでいた。
「全く何だよもう……毎日毎日」
溜息と共にこぼれ落ちるのは、姉への文句ばかりである。直接言うと後が怖いので、独り言にしてぼやくしかないのだ。
少年の名は功刀リョウ。つい先日、世界を守る『シャード』の力に目覚めたばかりのクエスターである。
姉──功刀冴子は一般市民なのだが、それでも頭は上がらない。幼い頃から厳しく叩き込まれてきた功刀家の上下関係は、そうそう簡単に覆せるものではないらしい。
携帯電話の電源を切り、病院内に入る。もう片方の手には、姉から言い渡されたケーキの箱を持って。もちろん、リョウの自腹である。
「ほら、早く早く! 神奈ちゃん、待ってるんだから」
「わ、分かってるよ!」
少し離れた場所から、手招きされる。病院である、という関係で声は控えめだが姉の背後には何やら逆らえないオーラがただよっていた。
リョウはなるべく静かに、冴子の元に急ぐ。今日は箕輪神奈の退院日であった。
「あの、姉さん、これ領収書……」
「何言ってんの、神奈ちゃんの退院祝いよ? あんたが祝わないでどうすんの」
「…………」
この姉には何を言っても通じないらしい。リョウはがくりとうなだれた。
そして病室の一つから、ゆっくりと出てくる少女の姿。
「あ、リョウさん。来てくれたんですね」
「神奈ちゃん、退院……おめでとう」
「はい、ありがとうございます」
ケーキ箱をかかげて笑いかけると、少女──神奈も微笑みを返してくれる。この笑顔のためにクエスターに覚醒したのだと、リョウはあらためて感じていた。
この充足感を忘れない。
誰かを守るとは、奇跡を起こすとは、こういうことなのだ、と思った。
その時だった。
「……リョウさん?」
「えっ?」
神奈が心配そうにリョウを覗き込んでいた。どうやら自分は一瞬放心していたらしい、とすぐに悟る。
「何でもないんだ、大丈夫だよ」
「だったら、いいんですけど……」
リョウが垣間見たのは、金髪の騎士の姿だった。異世界、というのがあるのだということは覚醒した時に知ったことのひとつだ。もしかしたらその異世界のうちの一つを見たのかもしれない。
リョウが見たその騎士もまた、盾をかかげ誰かを守っていた。
「……ケーキ、食べようか?」
「……はい」
ともかく今は、それより神奈だ。
リョウはもう一度彼女に笑いかける。すぐに同じように微笑みが返ってきた。
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あとがき。
というわけでマスターシーンです。
今回出てきたキャラ達が、クライマックスでの重要な鍵……になる、かもしれない。
なるといいなあ。そして多分次からクライマックスに入ります!
※DOUBLE+CROSS The 2nd Edition、アリアンロッドRPG、ナイトウィザード、アルシャードガイアは
有限会社ファーイースト・アミューズメントリサーチの著作物です。