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Climax:1〜真相・俺こそ王子様〜

 一行は呆然と洞窟の外の光景を見上げた。
「は、お城が……?」
「どういうこった? 案内人とやらも消えてるな」
 呟いてみるが、事態の把握には役立たない。

 今日の朝早くに出発して、結構な距離を歩いてこの洞窟まで来たはずだった。
 だが今、彼らの目の前には霧に包まれたその城が聳え立っていたのだ。
「どうする、入るか?」
 一歩、前に出て、エイプリルが親指で城を差す。城に背を向ける格好だったが、警戒は解いていない。
「ノエル、お前が決めな」
「えぇっ!? あ、あたしですかっ?」
「わたしはそれで構いません」
「そうだな……ギルドマスターはノエルさんだし」
 三人の視線がノエルに集まる。しばらく迷った後、彼女は一つ頷いた。その手には『ガイアの種子』を握り締め──……

「……行きましょう」
 決意を乗せて、一歩ずつ足を踏み出す。昨夜は客人や警備の兵などが大勢いたはずのその城は、今は何の気配も感じない。まるで打ち捨てられた無人の廃墟のような不気味さ。
 罠などはなかった。ただ、城内に入り、玉座へと向かう広く長い通路を通り抜け、真紅の絨毯を敷き詰めたその部屋にたどり着いてもなお、昨夜ほどの人の気配もない。

 あるのは、たった一つの、懐かしい人影。

「遅かったですね。随分待ちましたよ」
 低い硬質な声ががらんとした玉座の間に響く。かつての仲間と同じ姿を持つ仮面の男が、ちょうど一行と玉座の中間地点に佇んでいた。
「……トランさん?」
「その名前は、少し正確ではありません。わたしはトランであってトランではないので」
「どういうことだ!?」
 一歩、前に進み出たノエルを庇うようにしてクリスがさらにその前に出る。彼は既に抜剣していた。
「やれやれ、そういきり立たないでくださいよ。これだから神殿は」
 その様子に肩をすくめる仮面の男。トランの口癖。言い方はあの男と全く同じ。
 剣を握ったクリスの手が僅かに震えた。
「……少し昔話をしましょうか。神に封印された、幻の王国の物語です」
 4対1。
 男に対峙するように並んで立つ一行に、彼は静かに語り始めた。

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 かつて、神によって作られた一つの王国があった。
 その王国は領土も領民も持たなかったが、途方もなく大きかった。
 なぜなら王国は、全ての世界を一つにする力と使命を与えられていたからだ。

 しかし、その力はあまりにも強大で、神々ですら制御できずに、
 王国は次々と全ての世界を『一つ』にしていった。
 神々はやむを得ず、王国の中枢を取り除き次元の狭間に封じ込めた。
 そして唯一残った領土は、霧に包まれた城だけ──……

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「そして王国の中枢たる、『賢き』王子を追放した。王子は永い永い間、数多の世界を放浪し……ようやく、たどり着いた」
 歌うように、仮面の男は言った。
 ノエル達はその物語に聞き覚えがあった。ただし、細部は所々違うが。
「旅の途中、王子は王国を解放するすべを知った。それが異世界の神の遣わす加護の力」
 そう言って仮面の男が、懐から淡く光る小さな鉱石を取り出す──『ガイアの種子』だ。
「あの洞窟は、少しだけ異世界と繋がっていた。ゆえに、不完全だが加護を手に入れることができる」
「やはり、我々を利用していたのだな!」
「そうです。あの場所に入るためには、ノエルの存在が必要でしたからね」
 クリスの激昂すらもさらりとかわし、男は『種子』を再びしまいこんだ。

「でも、それじゃあ、あなたは一体何が目的なんですか? というか、どうしてトランさんの姿をしているんですかっ?」
「王国を解放するためには、加護だけでは足りない……『礎』が必要です」
「は……いしずえ……?」
 男は質問に答えない。ただ、自分の言いたいことを言うのみである。
「そう、王国を復活させ……世界を一つにするために、ね」
「世界を一つに、って……?」
「簡単なことです。この城には、全ての平行なる異世界を繋ぎ、その対消滅によって世界を消し去る力がある。それをするんですよ」
「な……っ」
 目を見開くノエル。だが仮面の男が冗談を言っているようには見えない。表情の見えない仮面のその奥で、トランと同じ姿をしたその体で、一体何を考えているのか。
「それって、つまり……」
 震えながら、ノエルは続ける、続けたくない。でも、彼の言っていることは、それはつまり。
「世界を滅ぼす、ってことですか……?」
「滅ぼす、という言い方は適切ではありませんね。わたしはただ、この城で全てを一つにするだけです」
「どうしてそんなことをっ! トランさんっ!?」
 気付けば叫んでいた。
 目の前の男はもしかしたらトランではないという可能性もあったのに。しかしノエルは、トランがそう言っているように錯覚した。
 その問いに、男はただ肩をすくめ。
「どうして、と言われても……それがわたしの役割であり、性質ですから」
「せい、しつ……?」
「わたしは世界を一つにして、消失させる。そのためだけに存在しているのです。それ以外のことはできません」
 言い切る。
 これ以上の問答は必要ない、ということか。

 男が歩み寄る。ノエルの前にはクリスが庇うように立っていたが、男は意に介せず進む。
「貴様、先程から聞いていれば……随分と偉そうな口を。神にでもなったつもりか?」
「そんなつもりはありません。ただ、わたしには意思というものはありませんからね。遙か昔、神によって作られたときのまま……そういう意味では、神の意思かもしれません」
「ふざけるな、貴様が、神だなどとっ!」
 勢い、クリスは男に斬りかかった。
 相手は魔術師の体である。聖騎士の剣技ならば、切り伏せるのは容易いだろう。かつての仲間と──彼が守れなかった仲間と同じ姿をしたものを斬ることにためらいが無いといえば嘘だった。だが、世界を滅ぼそうとするものを、そのままにしてはおけない。
 クリスの剣は過たず、仮面の男を捉え──……

「"小さき蟲の王"……」
「何……っ!?」

 一瞬の交錯。
 クリスの剣は、仮面の男が呼び出したアラクネによって完全に弾かれる。
 彼の剣は守るための剣であり、そこまで攻撃に特化しているわけではない。だが、それでもこれまで鍛錬を重ねてきた一太刀を、こうも易々と防がれるとは。クリスは瞠目した。
「邪魔をしないでください。……いえ、あなたは邪魔できないはずですよ? 神殿に復帰したのでしょう?」
「な……んで、知っ……」
 トランはクリスが一時期神殿を放逐されていたことを知らないはずだ。トランでないのなら、これまでのクリスの経歴を知っていること自体がおかしい。
 だが、男はクリスの疑問には答えなかった。
「神殿が、神の遣わす『粛清』に歯向かうのですか?」
「粛清……だと……!」
 そのたった一言による衝撃。一行が受けたそれは計り知れないものだった。
 まさか人の人生などという短い期間のうちに、それも前回の事件からそう間も経っていないうちに、二度もその言葉を聞くことになろうとは。
 彼らにくだった衝撃など気にせず、男は続ける。

 ──真実を。

「霧に包まれた幻の王国……もう誰もが忘れ去ってしまった本当の名前は……『霧の粛清』」
「!!」
「そしてわたしはその中枢、異世界に放逐された『王子』と呼ばれるメインシステムです」
 なんでもないことのようにさらりと伝えられる。ノエルは頭の中がぐるぐるとかき回されるような感覚に陥った。
「で、でもそれがどうしてトランさんの姿を……?」
「そうですね、もうばらしても構わないでしょう」
 再度同じ事を聞く。男は今度はやけにあっさりと答え始めた。
「わたしは幽界を彷徨い、『粛清』を起動させるための礎……特異点とでも呼びましょうか、そんな特別な存在を探していました。この男、トラン=セプターの記憶に、その人物がいた」
「え、えぇっ……?」
「ノエル。あなたをここへ導くため、わたしはその魂を取り込み、その姿を借りました」
 男が仮面に手をかける。ノエルはそれを息を飲んで見守るしかできなかった。
 もし、もしも。あれを外して出てきたのがあの人だったとしたら。
「そう、伝説に歌われる幻の王国の王子……恐怖と名付けられた『霧の粛清』……それが、わたしです」
 宣言と共に、男は顔に張り付いたかのような仮面に手を伸ばす。
 そして、かたん、と音を立てて、それが外された。
「……トラン、さん……?」
 先程試練の洞窟で一瞬だけ見えた『影』も同じ顔をしていた。ならばやはり、この男はトラン=セプターだということなのか。
 男の顔を見る。冒険を共にした、あの懐かしくてたまらない魔術師の顔。そして声。仮面を外すと同時に、あの低く胡散臭い声は、聞き慣れたトランの声へと変わっていた。
「ようやく見つけましたよ、ノエル。幽界に漂うこの男の魂の記憶を辿って……」
「え、あ……?」
 優しい声だった。いつものトランの声。それが一歩ずつノエルに迫ってくる。
「……あなたを。平行世界に同一の存在を持たない特異点。その力を、使わせていただきます」

 涙が出そうなくらい変わらぬ声だった。ただ、その奥にある暗く冷たいものを感じ取り、ノエルは慄いた。

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あとがき。
やっと正体判明。トラン(らしき人物)からトラン(多分本人)にランクアップ。
次回、トランファンにはかーなーりーきつい展開になります。お気をつけください!
ちなみに、今回の戦闘は全部演出なので、解説ではなくセッション風景がおまけです(笑)

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おまけ。

クリス「というわけでですね、仮面の男に攻撃をします」
ノエル「え、えとえとっ……戦闘ですかっ!?(ダイスを握り締める)」
GM「いや、ここは演出にしよう(クリスを見て)……いいよね?」
クリス「うい、それで!」
GM「では、クリスが斬りかかった瞬間、なんか凄い《サモン・アラクネ》で弾かれる!(一同爆笑)」
クリス「そして私は「うおおおっ!」と叫びながら吹っ飛んでいきます!(一同大爆笑)」
エイプリル「吹っ飛ぶのかっ!?」
クリス「吹っ飛ぶのです!」
レント「何かみんな、負けプレイになると急にイキイキし始めますね(笑)」