Novel

Climax:2〜霧の粛清〜

「つ、つまりあたし達をここへ呼んだのは……っ」
「ええ、あの試練を超えさせ、『種子』を手に入れ……ノエルの力を使うためです」
「それでわざわざ俺たちを招待したってぇワケか」
「そういうことになりますね」

 フォア・ローゼスの目の前に現れた『トラン=セプター』。彼の本当の名は『霧の粛清』。
 手に入れた『ガイアの種子』と、特異点たるノエルを使い、世界に消滅をもたらさんとするもの。
 彼は中枢であり、制御システムだ。だから、粛清全体を復活させるために異世界の神の加護とそれを使うに足る人間が必要だったのだ。
 つまりその前に彼を倒せば、倒しさえすれば、粛清を止められるかも知れなかった。
 だが彼を倒すということは、つまり。

 考えている時間はなかった。
「さあ、お喋りはこのくらいにして……わたしと来てもらいましょうか、ノエル」
「え、あぅ!?」
 手を差し伸べたトランから逃れるように、ノエルは飛び退った。同時に剣を──役目を果たしたカラドボルグに代わり新しく手にした両手剣を構える。
「そ、そんなことできません……っ、いくらトランさんでも、世界を滅ぼすなんて……今は、こうするしか……っ!」
 キッ、と視線を強め、ノエルは剣を握り締めた。だがその心の奥には迷いがある。
 その迷う心のまま軽くステップを踏み、あっと言う間にトランの死角に踏み込むと、ノエルは剣を振り──……
「……ノエル。わたしを斬れますか?」
「!!」
 振り返ったトランが問う。瞬間、ノエルの太刀筋が鈍る。駄目だ、まともに見た。トランの、あの少し寂しげに笑う顔を。
「……やはり、あなたは甘い」
「え……っ」
 トランがもう片方の手を差し出す。そこから、魔力に満ちた光がノエルに向かって一直線に──……

「あわわわっ、何するんですかぁ〜っ!」
 前に出てきた聖騎士の後ろからぴょんぴょんと跳ねながら、ノエルは焦った声を上げた。
 光はノエルに届く前に、神聖なる儀を施された盾により防がれ消滅した。元々、殺すつもりではなったのではないらしく、ノエルはもちろん、庇ったクリスにも傷一つついていない。
「……庇いましたか」
「私はそこまで甘くはない!」
 威嚇するように剣を前に突き出す。先程一撃止められたが、それでも怯むことはしたくなかった。
「ノエルに手は出させない……っ」
 睨み付ける。だがその視線すらもトランはさらりと受け流す。
「またわたしを殺すんですか、クリス?」
 平坦な言葉は、それだけでクリスの心を抉った。
「──!!」
「く、クリスさん……っ」
 背中が震えているのがノエルにも分かった。掲げた剣が力を失ったかのようにその切っ先を下げていく。
 それでもトランの舌は止まらなかった。
「ジンクスを覆せなかったあなたは、やはり死神です、クリス。あなたがわたしを殺したんです」
「く……っ」
 ぎり、と歯を食いしばるがそれ以上何もできなかった。
 吹っ切ったとは言い難かった。忘れることなど到底叶わない永劫の別れだった。それを今、本人の口から告げられる。
 自分の運命を宣告される。

「あなたも十分、甘いですよ」
 クリスが項垂れると同時、途端にトランは口端を歪めた。
「!? ぐああっ!!」
 先程ノエルを襲ったのと同じ光が、今度はクリスを打ち据える。咄嗟に防護魔法を張ったが、今度は本気で撃ってきたらしい。
 完全に威力を殺ぐことはできず、クリスはその場に膝をついた。
 それを、トランはまるで説教でもするかのように、見下ろして言う。
「死者に心を残しすぎる……あなたの一族は、皆そうでした」
 冷ややかに告げられ、遂にクリスは剣を落とした。その手で頭を抱える。
「……くそ……トラン、俺は……俺は……っ」
 取り乱した口調で何事かを嘆く。
 傷は痛かったが、それよりも精神の傷を深く抉られた。かつての別れの時と同じかそれ以上のショックで、頭が混濁する。
「クリスさん、聞いちゃ駄目ですっ! トランさんがそんなこと思うはずがありません!」
「……?」
 ふと、肩に軽い感触があった。ノエルだ。
 必死の表情で、クリスを揺すって呼びかけていた。
「そりゃあ、二人ともよく喧嘩してましたけど……でも、いざって時には誰よりも息が合ってて、お互いを信頼してました! だからトランさんがそんなこと言うはずがないです!」
 根拠は何も無かった。ただ目の前で仲間のはずのクリスを傷つけたトランがあのトランであると、信じたくなかった。そうノエルは声を張り上げる。
「わたしが偽者だと?」
「そ、そうですっ、騙されませんよっ!?」
「では、一ついいことを教えて差し上げましょう」
「いい、こと……?」
 トランが目を細める。その仕草一つとっても、まったくあの時のままの彼。

 そのまま一歩ずつ、ノエルへと近づいていく。うずくまるクリスを追い越し。トランが足を進めるたびに、ノエルは剣を下ろしたまま一歩ずつ後ずさる。
 初心者だったノエルに戦術を指示する時に見せていた、優しげな目をしていた。その時のままに、彼女に教え諭すように告げる。
「トラン=セプターの魂は既にわたしが取り込み、完全に同化しました。つまりわたしはトランそのものです。疑うのならば、どうぞその剣でわたしを斬ってみなさい。……さあ、出来ますか?」
 笑みを浮かべたまま、全く無防備にトランはノエルに近づいていく。
「う、あうう……」
 ノエルの動きが止まった。そんな彼女を普段ならカバーしようとするクリスはクリスで、先程のショックにこちらも動けないでいる。
 呆然とするノエルの手首をトランがつかんだ時、乾いた銃撃の音が彼のこめかみに響く。トランは首を軽く振ってそれをかわしていた。
「ノエルを離せ……次は眉間をぶち抜くぞ」
 俺はその二人ほど甘くない、と言外に告げているエイプリルの視線が突き刺さる。
 だが──……
「言う前にそうしておくべきでしたね、エイプリル」
「!」
「あわぁあああっ!?」
 二発目の銃弾が加速するより早く、ノエルをその腕に抱きかかえたまま、トランは跳躍した。
 そして空中に浮かんだその影に、無数の氷の槍が生み出され、彼めがけて突き刺さろうとする。
 だが。
「……あれを、止める?」
「レント、あなたにわたしは倒せません」
「……!」
 氷は全て、トランにたどり着く直前に霧となって消えていった。
 玉座近くに着地した後、術を放ったレントをちらりと見遣ると、勝ち誇ったようにトランは宣言する。
「何故なら、あなたはわたしなのですから」
 冷たく耳に響くその言葉は間違いではなかった。
 かつてレントはトランと同じであったのだ。
 姿を変えられ、能力を調整され──名を与えられ、個として存在することを許されるまでは、彼は他の人形達と同じであった。
 だけど。
 レントは自分の腹の中で油が煮え立つような不快感をおぼえていた。目の前の男が自分と同一である、という事実に、理屈ではそれが正しいと分かっていても、それを全力で否定したい、と思った。
 自分はこの感情を知っている。
 この感情の名は──『怒り』。
 レントは杖を握り締めた。思い切り睨み付けてやる。
「黙れ。わたしはわたしだ」
「ほざくな……人形が」
 トランの顔が歪む。しかし、怯まない。
「人形にも感情は宿ると教えてくれたのは、お前の遺した記憶回路だ。そして理解した……感情があるということは、自我があるということは……自分が他の何者でもない存在であると認識できる証拠だということを!」
 叫びと同時に、再びトランに向かい氷の槍が降り注ぐ。だが結果は同じだった。トランがひと睨みすると、突き刺さる直前に氷は全てはじけ飛ぶ。

 だが、変化はあった。

「……やはり奴に揺さぶりは通じない、か……」
 ここへ来て、はじめてトランの顔に僅かな焦りの色が伺えた。何かを急いでいるようにも見える──彼はいまだ呆然としたままのノエルを玉座まで導くと、肩を押してそこに座らせる。
 そして再び、トランの口元に笑みが浮かんだ。
「だがもう遅い。『粛清』をあまねく世界に降り注がんために、ノエル……あなたには礎になってもらいます」
「……?」
 その言葉の意味を理解できず、一行は次にトランが取る行動を止めることができなかった。彼が高くかかげた手の中には、淡く光を放つ『ガイアの種子』。それをノエルの胸元に押し付ける。

「──起動」

 その声が合図だった。ノエルに押し付けられた種子が光を放ち、部屋中を照らす。
 一瞬遅れて、城全体に大きな地鳴りが響いた。
「ど、どうなったの?」
 不安げにノエルが呟く。相変わらず玉座に押さえつけられたままだ。今分かることと言えば、この城が大きく唸りをあげて上へ上へと昇っていくような感覚のみ。
 目の前にいるトランの表情は喜びと狂気に満ちていて、それらを引きつらせた笑みで飾り立て、哄笑する。
「く……くく、これで『粛清』は成った……くはは、ハハハハハハッ!!」
「トランさん……」
 ノエルは呆然と、狂ったように笑うトラン……いや、『粛清』を見つめていた。

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あとがき。
ど、どうでしょう……こんな感じなのですがトランファンにドン引きされてなければいいのですが。
でも書いてて楽しかったです。私もトランファンですけどね(鬼か)
で、今回も戦闘は演出です(アリアンロッドらしからぬ展開!)

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おまけ。

GM「君たちの耳にトランの笑い声が……」
レント「(いきなりトラン)ハーッハッハッハッハッ!!(一同爆笑)」
GM「NPCを乗っ取んなよっ!?」
レント「いや、だって元々わたしのキャラですよ!?」
GM「そうだけどさあっ!?」
クリス「まあ気持ちは分かる(笑)」
ノエル「あぁ〜とらんさんがとらんさんが……な、なんてことっ!?」
エイプリル「やっぱりコイツがラスボス……?」
ノエル「あのぉ、なんとかして助ける方法はないんでしょうか〜?」
GM「さあ……どうかな? 奇跡でも起こらない限りは無理だろうねぇ」
クリス「あ(ピンときた)」
エイプリル「そういうことか(同じく)」
ノエル「えぇえ!? みなさん分かったんですか!?」
レント「じっくり考えてください。とりあえず今は……」
ノエル「はい」
レント「(トランになって)ハハハハハハ! 世界の滅亡だぁ〜!!(一同大爆笑)」
ノエル「あうぅぅううう〜〜っ!?」
レント「悪役、楽しいーっ!!(笑)」