Novel

ごちそうさま

 レイウォールの地下牢を抜けて最初の夜。
 布を敷いたなるべく平らな場所をピアニィに譲り、最初の見張りはベネットに任せて、アルは少し離れた地面に寝転がって夜空を見上げていた。
「あのう……アルさん」
「ん?」
 少し顔を横に向ければ、敷かれた布の上に足を伸ばしたピアニィが、焚き火に照らされた笑顔をこちらに向けていた。
「今日は、ごちそうさまでした」
 と言ってぺこりと頭を下げるピアニィに、何だそんなことかとアルは体を起こした。
「飯のことなら気にすんなって。ほとんどの材料は姫さんのおかげで……」
「いえ、食事のことじゃなくて」
「?」
 首を傾げるアル。食事以外でごちそうさまと言われることなんてあっただろうか。
 さっぱり見当もつかなかったが、かまわずピアニィは続けた。
「お師匠様のお話のことです。どうも、ごちそうさまでした。それじゃあお休みなさい」
「……はぁ?」
 聞き返そうとしたが、それよりも一瞬早くピアニィは布の上で横になり、すぐに寝息を立て始めた。

 アルは師匠、剣聖テオドール・ツァイスのことを会ったばかりの他人に話したことは今までになかった。軽々しく口に出したい話題でもなし、アルの心に残る傷でもあることだし。
 一瞬だけ、そんな話をピアニィにしたことに礼を言われたのだろうかとも考えたが、その線はすぐに消えた。ピアニィにとっては、ただの思い出話を聞かされたに過ぎないはずだ。
 いやそれよりも、問題は、だ。
「……なんで、ごちそうさま、なんだ?」
 あんな話が腹の足しになるわけもない。アルは本気で悩みかけた。
 その思考を遮ったのは、あろうことか見張りの狼娘だった。
「そーんなの決まってるでやんすよ。おおかたあんたがその『師匠』とやらのこと、惚気まくったんでやんしょ?」
「のろ……っ!?」
 がばりと火の方を向く。ぱちぱちと爆ぜる焚き火に煽られたベネットの表情は、これ以上ないほどににやついていた。
 心なしか頬が熱い気がする。きっと火のせいだ、そうに違いない。だがベネットはさらに追い討ちをかけてきた。
「おやぁー? 耳まで真っ赤でやんすよ? こりゃ本格的に「ごちそうさま」って言いたくなるくらいの惚気っぷりだったでやんすねぇ〜。いや〜、あっしも聞いてみたかったでやん……おごらべばっ!?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
 反射的に、アルは近くに落ちていた薪を拾ってベネットに投げつけていた。それは綺麗に彼女の額に命中し、妙な叫び声を上げて後ろへ倒れていく。

 これで火の番をアルがしなければならなくなった。

「……くそ、そんななじゃねーよ、そんなんじゃ……」
 二本の足を突き出した格好で倒れているベネットから顔を背け、火から少し遠ざかる。
 それでも、アルの頬の熱はしばらく取れそうになかった。

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あとがき。

アルは師匠が大好きです。陛下にすら分かるほどにじみ出ています。
そしてベネットごめん。陛下も腐っぽくしちゃってごめん。
でもテオアルはいいものです。