Novel
しふくのしゅんかん。
「アル兄様〜、お茶持ってきましたよ〜!」
実にうきうきとした声を上げて、アキナはアルが小説執筆に使用している部屋のドアを片手で開けた。
今日はライバル筆頭の女王も、強力な対抗馬の軍師も、その他もろもろ色々いない。久々に兄妹水入らずの時間が過ごせる。
そう思っていたが、甘かった。
「む?」
「おう、アキナか」
返事は、ふたつ。一つはアルのものだが、もう一つは当然ながら違う、だがアキナの知る声。
「ま、マルセルさんっ!? なんでここにいるんですか?」
驚きと困惑の混じった声を上げるアキナ。彼女の仲間である軍師、渋い顔をしたマルセルが、机に向かうアルの後ろの椅子に腕を組んで座っていた。
マルセルは眉を寄せ、さも憂鬱そうに溜息をつきアキナの方に振り向いた。
「騎士殿の小説の編集だ」
「へん、しゅう……?」
首を傾げるアキナに答えたのは、彼女の義兄のアル。彼はいったんペンを走らせる手を止めて、くるりと後ろを向く。
「ああ……かなり鬼の進行だぞ」
そう言った彼の顔は少しやつれていて、普段の瑞々しく強い光が抜けた換わりにある種の色気をかもし出している。正直言って人に見せたくない部類の姿だ。
「ああっ! に、兄様っ! お茶、飲んでください! 休憩しましょうっ!!」
アキナが慌ててお盆を差し出す。それを合図に、しばしの休憩時間となった。
やがて落ち着いた頃、アキナはこの部屋に入ってきた時に浮かんだ疑問を口にする。
「でも、どうしてマルセルさんが編集なんですか?」
「仕方ないだろう、他にやれる奴がいないからな」
マルセルの口振りはあくまで渋々、といった風だ。だがアキナは、彼の表情に僅かにほころぶものを見付けた。これは何か他に理由があると見た。びしっと指を突き付ける。
「そんなこと言って……マルセルさん、それを口実にアル兄様に近づくつもりなんじゃないですかっ!?」
「は?」
「な、何を言ってるんだっ!?」
頭にクエスチョンマークを浮かべるアルとは対照的に、マルセルはあからさまに焦った表情になった。手をばたばたさせ、必死に弁解のような言葉を並べる。
「違うぞ! 私はただ、ナヴァールの醜聞のひとつでも聞けないかと……!」
「むーっ、怪しい……アル兄様はどう思います!?」
「あー……」
拳を握り、アキナは兄に向き直った。だがその肝心の兄は、頭をかきながら、
「あの旦那がそうそうボロを出すようには見えねえけどな」
「そうじゃなくて……っ!!」
「くっ……無いのか! お前がナヴァールの一番の弱点だと踏んだのに、何だその絶大な信頼は!? またしても裏目に出てしまったというのか!」
「はぁ? わけ分かんねえよお前らっ!?」
じたじたともどかしげなアキナと謎の嫉妬に苛まれているマルセルを前に、アルはそう叫ぶしかできなかった。
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あとがき。
第三弾はアキナ+マルセル編でした。今回はわりと平和だ……ったような気がする。
がんばれマルセル(笑)ナヴァールは超☆強敵だ。鬼の編集という一番近い位置にいるんだからがんばれ!
しかしマルアキ要素は入れられなかった……残念。まあ、今回はアル総受けだからね!