Novel

貴方が恋しくて成長してしまいました。

「ふぅ……」
 ペンを置き、頭の後ろで手を組むと、アルは座ったまま背筋を大きく伸ばして一息つく。
「ふふ、アルくーん、頑張ってる?」
「え?」
 ふと聞き慣れた声がしたと思ったら、彼の背後にいつの間にか一人の女性が立っていた。金髪を二つにまとめ、大きめのハットにゆったりとしたローブ姿のその女性は、アルがよく知る人物であった。
「え、エルザ姉っ!? なんでこんなとこに……」
「営業」
 穏やかに返されて、アルは言い返す言葉を失う。
 エルザは彼の姉妹たちの中でも一番性格がまとも……いや、過激ではない……いやいや、ともかく女傑揃いのブルックス家においてはまだおとなしい方だ。だが彼女のたった一言には、ブルックス家唯一の男児である弟を黙らせる程度の力はある。

 エルザは固まってしまった弟を尻目に、携帯用の簡易椅子を組み立ててそこにちょこんと座る。
「それでね、今日はアル君に紹介したい人がいるの」
「しょ、紹介……?」
 エルザの表情は相変わらず穏やかだ。まるで陽だまりのような笑みとその口振りに、ついにゴールインかめでたいなと一瞬でも思ったアルが間違いだったのだ。
 じゃーん、という楽しそうな姉の声と共に現れたのは、エルザの恋人としてはあまりにも幼すぎる少年であった。
「え……だ、誰これ……?」
「もう、アル君アクロス読んでないの? ほら、ウィル君自己紹介して」
「ウィルフレッド・ラドフォードです。はじめまして」
 そう言って、ウィルと名乗った少年はぺこりとお辞儀する。見たところ、5歳かそこらだが、年のわりにしっかりした印象を受ける。利発そうな顔立ちは、どことなく彼の主である女王に似ている気がしなくもない。
「それでね、この子がどうしてもアル君に話があるって言うから連れてきたの」
「話……?」
 ウィルは首を傾げているアルの前まで歩み出ると、右手を胸の前に揃え、アルをきっ、と見上げた。真剣な眼差しで、少年は告げる。
「はい、アル・イーズデイル卿……私の騎士になってください」
「…………はぁっ!?」
 アルが大仰に驚いても、ウィルの表情は揺らがなかった。

 脳が現実逃避を始める。目の前でじっと答えを待つ少年の名前を反芻する。ウィル……ウィルフレッド・ラドフォード……ん? ラドフォード?
 思い出した。先のメルトランド戦役において、フェリタニアに力を貸してくれた辺境伯の名が、確かラドフォードと……
「え、お前、あそこん家の子っ!?」
「こう名乗った方がいいでしょうか? 本当の名前はウィルフレッド・アヴェルシア……僕こそがアヴェルシアの正当なる後継者です」
「……えーと」
 反応に困り、少年の後ろでニコニコしている姉に視線をやる。エルザは何も言わず、優しい目だけをアルに向けた。
 そうしているうちにも、5歳児とは思えない弁舌でウィルがまくし立てる。
「フェリタニアをうち建て、現在この国を支配しているピアニィ女王はもとはレイウォールの人間ではありませんか! あなたが仕えるべきは僕だ!」
「ちょっと待て、俺が騎士になったのはそもそも姫さんに頼まれたからで……」
「つまり国ではなく、女王個人に忠誠を誓っているというわけですか?」
「ま、まあそういうことになるかな……?」
 にじり寄られて一歩ずつ後ろに下がりながらも、アルはなんとか少年を諭そうとした。だがその程度では引き下がらないのがアヴェルシアの血というもの。
 いつしかウィルは両手で握り拳を作り、ほとんどアルに詰め寄る格好になっていた。

「とにかく! あなたは僕の騎士になればいいんです!」
 頬を上気させて叫ぶウィル。やはりどことなくピアニィに似ている気がする。
「無茶言うなっ!?」
 アルの方も必死だった。元々騎士なんてガラではないのである。しかも寝返れと言われているも同然のこんなお願いを聞くわけにはいかない。
 多少語気を強めて言うと、ウィルは唇を噛んで押し黙った。

 諦めてくれた、と思ったが、甘かった。

「分かりました。それなら奪うまでです」
「……え?」
 低く呟く声は、5歳の少年のものではない。いつの間にかアルの目の前に、彼と同い年くらいの青年が立っていた。
「だ……誰?」
「このくらいの大人になれば、あなた一人奪い去ることくらい造作も無い」
「え……ちょっ……!?」
 上品そうな顔立ちに似合わず全身から溢れ出る『殺意』としか形容の仕様がないオーラは、まさしくアヴェルシアの血統そのものだ。
「なんでいきなりでかくなって……っていうかエルザ姉! 何だよコイツはっていねえっ!?」
 エルザに助けを求めようにも、彼女はなぜか忽然と姿を消していた。その割には部屋の扉はしっかりと閉まっていて、この状態で逃げ出すのは困難だ。
 そんなアルをよそに、青年へと成長を遂げたウィルが再び近づき、彼を壁に追い詰める。
「まずはその唇から……」
 影が覆いかぶさる。アルは言葉にならない悲鳴を上げた。そして──


「……ひでー夢だった」
 額に噴き出した汗を拭う。どうやら執筆中にうっかり眠ってしまったらしい。
 気持ちを落ち着けて、とりあえずいつの間にか床に落ちていたペンを取ろうと席を立った時に、事件は起こった。
「ふふ、アルくーん、頑張ってる?」
「え?」
 ふと聞き慣れた声がしたと思ったら、彼の背後にいつの間にか一人の女性が立っていた。金髪を二つにまとめ、大きめのハットにゆったりとしたローブ姿のその女性は、アルがよく知る人物であった。

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あとがき。

夢オチ+繰り返しオチです(笑)というわけで、第四弾はウィル編+エルザでした。
もうちょっと可愛い路線で行く予定だったんですが、気がついたらスーパー攻様になってました。アヴェルシア王家マジパネエっす。
ロッシュまでは入らなかった。残念。ネタが無かったので、すまんロッシュ。