Novel

逆ハーレムの掟。

 逆ハーレム【ぎゃくハーレム】
 (名)一人の女性が複数の男性に囲まれている様子。またその設定をもつアニメ・漫画などの作品。逆ハー。「―状態」(goo国語辞典より)


「……なるほど。つまりアルの今の状況のことでやんすな」
「俺は男だっ!?」
「女になったこともあったでやんす」
「あれは薬のせいだっ!?」
「じゃあ、また飲めば逆ハーレムに……」
「二度と飲むかぁぁぁぁぁっ!?」

 絶叫と共に、ペン先をベネットに向けてぶん投げる。ぴぎゃっ、と珍妙な悲鳴を上げてベネットは沈黙した。
「ったく……」
 溜息をつくアルだったが、実のところ彼は本当に自分がベネットの言った『逆ハーレム』状態にあることに全く気がついていない。
 ハーレム、ではなく、逆ハーレム、である。もちろんアルを囲んでいるのは男である。女もいるが、同じくらい男も多い。
 だがもちろん、アルはまったくもって周囲の自分に対する想いに気付かないでいた。それは彼の鈍感さゆえのことではあるのだが、もう一つ重大な理由があった。

 アル・イーズデイルの周囲には、本人すら知らないある掟が存在した。
 抜け駆けをしてはならない、というものである。

 この暗黙の了解をひそかに浸透させたのは、アルを狙う人物の筆頭である彼の主、女王ピアニィその人であった。彼女の場合、その権力と殺意でもってアルを無理矢理自分のものにすることもできたのだが、それでは敵を増やすことになってしまう。軍師をはじめとしたフェリタニア王国の重要な人材と対立することは、なんとしても避けたかったのだ。
 なので女王は「本来ならば自分達を祝福すべきである」との文句一つも言わず、彼らのアルとの接触を制限する代償に自らも彼に迫ることを諦めざるを得なかったのである。

 それからというもの、アルの傍にはピアニィの掲げた紳士協定に賛同する有志たちが、入れ替わり立ち代わりにくっついている。アルの監視と護衛のためだ。
 この日も、TRPGコンベンション(ちょっとしたようじ)で城を出たピアニィに代わって、城に残って小説を書いているアルの傍にはベネットが控えていた。ちなみに彼女に限っては別に紳士協定に賛同したわけではなく、ただ単にピアニィに逆らえないだけなのだが。

「まあ、確かにアル兄様の状況は、逆ハーレムとはちょっと違う気がする」
 ベネットに代わってアルの部屋に派遣されてきたのは、彼の義妹のアキナ。苦笑しながらそう言う彼女の手に握られた巨大な両手剣は、ちょうど部屋に何食わぬ顔で入り込もうとしていた眼帯の斥候を一振りで追い払ったばかり。
「ふふ、そうね」
 隣に並んで、こちらはアルの実の姉であるエルザが微笑んだ。彼女は派遣ではなく、たまたま商売でこの城に訪れたところであり、ここにいるのはアキナを手伝うためである。
「アル君の場合、逆ハーレムというより……」
「いうより?」
 エルザの持った杖におぼろげな光がともる。それを掲げると、巨大な火球が轟音を立てて窓の外を通り抜け、木に登ってアルの様子を伺っていた眼鏡無精髭のノーデンスがどさりと落ちていった。

「総受けですね!」
「さっすがエルザ姉様! アル兄様はあたしたちが守らなきゃ!」
 爽やかに言い切るエルザに、アキナは目を輝かせてそれに同意した。

「お前ら……いい加減にしろ〜っ!?」
 こんな調子で一向に筆の進まないアルの叫びは、誰も聞いてくれなかった。

 逆ハーレムの掟はただ一つ。
 それは……『受難』である。

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あとがき。

今回は『総受け』がテーマ……ということで、第五弾、だ、誰編だ?
とりあえず、アキナとエルザに撃ち落された人、ということにでもしておきましょうか(笑)
こんな扱いですみません。お題の主役から漏れた人を抜擢したらこうなったのだよ。