Novel

浚って下さい。その腕で。

「くそー……」

 進まない。
 部屋に一人でこもって、他の一切を忘れて執筆に没頭している。そうこうしているうちにすっかり夜が更けてしまった。だというのに、アルの手はほぼ白紙の原稿用紙を前に動かなくなってしまっていた。
「あー駄目だ。ちっと休憩……」
 そして彼は書くのを諦めペンを置く。赤銅の髪を掻き毟りながら席を立ち、ベランダのある窓から夜空を眺めようとした、その時だった。

「御機嫌よう、フェリタニアの騎士殿」
「……っ!?」
 途端にアルは総毛立つ。夜に相応しい、静かで凛とした声だった。だが、それが逆にアルの心をざわざわと波立てた。
「……リシャール・クリフォード……っ」
 何とかその男の名を絞り出すように呼ぶ。リシャールはそれに答えるかのごとくに薄く微笑んだ。

 大国グラスウェルズの騎士、大陸最強を自負する男が、アルのすぐ傍に……それこそ、喉笛を絞め落とせるくらいの距離にまで近づいている。
「な、んで」
 そう思うと、アルは震えを止めることができなくなった。こめかみから汗が流れ落ちる。
 戦場で出会ったのならばまだ覚悟もできた。だが、ここはフェリタニアの王宮で、自分は小説を執筆中で、当然戦いの装備などしていなくて。

 誰も、いなくて。

「名を覚えてもらえていたとは、嬉しいよ」
「あ……」
 一見、凄腕の騎士とは思えない細くしなやかな指がアルの顎をとらえた。まるで花壇に咲く花を愛でるような手つきで、指はアルの輪郭をゆっくりとたどっていく。
 優雅な動き。だがアルはまったく反応できなかった。
「だが、この国の第一の騎士としては無防備すぎるな」
「っ……」
「……いや、そんなことはいい。それよりも」
 リシャールの手のひらが、アルの頬を包み込む。ベランダから窓の中に入り、息がかかるほどに顔を寄せられても、アルは指先一つ動かすことができなかった。
 それを悟られたのか、リシャールが目を細める。
「今宵はあの忌々しい軍師も、君の愛しのプリンセスもいない……君を浚っていくには絶好のチャンスだ」
「何、言っ……ぅんっ!」
 次の瞬間、優しく頬を包んでいた手はアルの顎を乱暴に掴み、リシャールの唇へと引き寄せられる。思わず強張ったアルの唇も、執拗に舌先で責められて、いつしか力が抜けていった。
「ん、んっ……」
 喉から漏れる吐息が夜空に消えていく。唇をこじ開けられ、口腔をリシャールの舌に好き勝手にかき回され、弛緩した体は完全にリシャールに預けられる形になっていた。

「ぷは……」
 どれくらいの時間が過ぎただろうか。
 銀の糸を引いてようやくリシャールの唇から解放され、アルの肺は酸素を求めて息を荒くさせる。
 その様子を見ながらリシャールはふと、表情を引き締める。それは何かを決意したような──
「……本当に、浚ってしまおうか」
「え……?」
 息を整えるのに必死で、アルは彼の言葉をよく聞いてはいなかった。次の瞬間、アルはそのことを後悔することになる。
 未だリシャールにもたれかかったままのアルの体が抱きすくめられた。至極真剣に、リシャールが告げる。
「君を浚う、と言ったんだ」

 答えを聞かず、リシャールは今度はアルの首筋に唇を落とした。

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あとがき。

第六弾、リシャール編でした! リシャァァァァル編ではありませんよ? 今回は超☆シリアス(笑)仕様です。
やっぱり鈴吹リシャールだとこれくらいかっこつけたのが似合いますよね……だって社長演出ですもの。イラスト四季童子ですもの!
そしてこの話だけなんか地下室に続きそうな勢いですが続きません、一応。