Novel
ぎゅぅっと抱きしめる前にまずは挨拶を。
集中していた。
いつになく、筆が乗っていたのだ。アルは一心不乱に、原稿用紙の空白を埋めていく。
「いける……いけるぞ! これで締め切りに間に合う……っ」
まるで創作の神が降りて来たかのようだった。加えてアルは徹夜続きでナチュラルハイだった。
だから気付けなかった。眠りの刺客がすぐ傍に迫っていたことを。
そいつはやけに明るい声と共に、アルの背後に忍び寄り、首元に手を回して彼を抱き締めた。
「アールー」
「っ!?」
急に訪れた首筋への冷たい感触と生暖かい空気。アルはびくりと体を震わせた後、硬直した。
「……あれ?」
突然動かなくなったのを不思議に思い、さらに体重をかけ、肩の後ろから顔を覗き込んでみる。アルは何かに耐えるような表情をしていた。
「おーい、アルー?」
今度は顔の前に手のひらを持って行き、ひらひらと振ってみせた。抱き締めているアルの体がどんどん震え出すのが分かった。手がアルの頬をむにっと掴んだところで、それは爆発した。
「うるせぇっ!? 何しに来たんだよサイラスっ!!」
「お、せいかーい♪」
振り向いたアルの顔は明らかに怒りの表情だ。だがものともせずに、サイラスと呼ばれた青年は笑顔と共に親指を立ててみせる。そうするとさらに怒りに油を注ぐことになり、サイラスの鼻柱にアルの鉄拳が飛んでくる。
そうそう、この反応だ。年相応のオトコノコの反応。こればっかりは他の誰にもやるまい。
何とかかわしながら、サイラスはさも傷ついたかのように告げた。
「ひっどいなー、久々の感動の再会だってーのに」
「何が感動だっ!? つーかお前、いきなり入ってくんなよ!? 挨拶くらいしろっ!!」
「そう言われても俺の仕事は隠密行動が基本なわけで……分かった、分かったからそう睨むなって」
ジト目になった親友に手をひらひら振ってみせて、それからサイラスは珍しく真顔を向けた。
「アル……フェリタニア包囲網以来かな。会いたかったぜ」
「え、ああ……俺、も」
まあ会いたくないこともなかった、という返事が返ってくる前に、サイラスは両手を広げ、唇を突き出した。
「というわけで、再会の口付けをー……!」
途端にアルの表情に渋いものが浮かぶ。そんな顔をされても、シリアスは3分ももたないんだから仕方ないじゃないか。
サイラスががばりと覆いかぶさるのと、アルが身構えるのとは、ほぼ同時。そして。
唇が重なる直前、風を切る音と共に、絶妙のコントロールで二人の間を一本の矢が通り抜けた。
「ふざけるのはそこまでにしてもらおうか、サイラス」
窓の外に殺気じみた気配がした。もしやあの女王が帰って来たのか、と警戒したが、この気配は彼女とはまた違う種類のもの。女王の殺意を真正面から叩きつける破壊の権化とするならば、今のは暗闇に潜む暗殺者の殺意だ。
「誰だっ!?」
アルがペンを放り捨て、代わりに剣を取ろうとしたが、その前にサイラスが拗ねた表情で窓の外に向かってこぼす。
「……何だよユンガー、じゃーますんなって! いいとこだったのにー」
「何がいいとこだ! 明らかに嫌がってただろう」
「嫌がってないってー、俺たちラブラブなんだから。なーアル?」
「ら……!?」
そんなことを言い合っている間に窓から侵入してきたのは、眼鏡をかけて無精髭を生やしたエルダナーンの男。弓に矢をつがえたまま、彼──ユンガーが吼えた。
「大体、馴れ馴れしいぞお前。過度の接触は控えるべきだし、それに私だってアルに抱きついたりしたいのにそういうキャラじゃないから我慢してるというのに!」
「馴れ馴れしくなんかないってー! なんせ俺は傭兵時代からのマブダチなんだからな! お前とは年季が違う、年季が!」
「たまたま潜入先で出会ったのが早かったってだけだろう! それに、それを言うなら私だって、アルはエルザの弟なんだから気にして当然だ! とにかく、抜け駆けは許さんっ!」
「何をー!? 一人でこっそり様子見に来たりしてるくせに! 知ってんだぞ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を、アルはしばらくの間、黙って聞いていた。握り締めた拳はぷるぷると震えている。
そしてついに、アルの怒りが火を噴いた。
「お前ら……出てけっ!?」
叫び声と共に、あっという間に二人を窓の外へと放り出す。ノーデンス二人を相手にたいしたものであるが、これはフェリタニア第一の騎士の実力というよりは修羅場作家の底力と言わざるを得ないだろう。
矢を射掛ける前に、まずは挨拶を。
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あとがき。
というわけで、第七弾はサイラス編+ユンガーでした。というかもう、このタイトル見て「これはサイラスしかないだろう」状態でした(笑)
でも意外にユンガー出張ったな……今回のアルは小説書いてたから怒って追い出しましたが、普段の状態でこの二人の喧嘩見てたら
「仲良いなこいつら」くらいにしか思われないなと、ふと思った。……頑張れ二人とも!