Novel

恋に年齢も年月も性別も何も関係ない!

「ふぅ……」
 アルは息をつくと、ペンを置いて関節を伸ばし始めた。
 今日が普段どおりなら、もうすぐ休憩時間と称して内政官のナイジェルがお茶を運んできてくれるはずだ。
 妙なちょっかいもかけず、女王の無茶にも文句一つ言わず、堅実で聡明な、偉大なる人生の先輩(ばばあ)である彼女のことを、アルは尊敬していたし傍に居ると安心もできた。
 それもそのはず、アルは気付いていないがナイジェルはさすがにアルの争奪戦には参加していないからだ。そのため、周りに居る他の人物から常に漂ってくる殺意混じりの異様な雰囲気もない。

 だが、この日は少し違った。

「アル殿、お茶をお持ちしました」
「ん、ばあさんか? 開いてるぜ」
「では、失礼します……」
 静かにドアが開き、トレイを持った老婆が現れた。何ら警戒することなくアルは彼女に背中を向けたまま、ひとつ大きく伸びをする。
「ちょうど休憩しようかと思ってたんだ。よかったらアンタも……ん?」
「どうかなされましたか?」
 やっと後ろを振り向いたアルの眉間に、途端にしわが刻まれる。いつもとは違うナイジェルの異様な雰囲気。
 普段は質素ながらも衣服をかっちりと着込んだ姿なのに、この日の彼女は何故だかみすぼらしいぼろを纏っていた。
「いや……なんか、いつもと違うなって思って」
 とりあえず口に出して言うと、彼女は驚いたように肩をびくりと震わせる。
「そ、そのような……こんなばばあを褒めても、何も出ませんよ」
「別に褒めてめえぞ」
「そ……そうで……すか? で、ではそういったことは陛下におっしゃられた方が喜ばれると……」
「なんでそこで姫さんが出てくるんだ? わけ分かんねえよ」
「……あー……」
 続いて、様子を見るかのように放たれた彼女の言葉に、アルは首を傾げた。まったくもっての朴念仁ぶりである。

 その鈍さに、彼女は少しだけ胸を撫で下ろした。どうやらアルは現時点では、またピアニィを特別に意識しているというわけではないらしい。

「さ、さあ! お茶にいたしましょう! 今日も木の幹を煎じた特製の……」
「おい、ばあさん」
「……へ?」
 彼女を呼ぶ声は、先程よりも冷たいものが混じっていた。アルが鈍いのはこと恋愛に関してのみなのだ。
 そう、彼は気付いた。目の前のぼろを纏った老女についての、ある重大な事実を……!
 鋭く眼を光らせて、アルは低く言った。
「そのお茶、あんたが飲んでみろ」
「え、えぇ!? な、なんで……っ、べ、別に、普通のお茶でやんす……っ」
「やんす?」
「し、しまっ……!?」

 がしゃんと音を立ててカップを乗せたトレイが床に落ちる。それに気を取られた隙を突いて、アルは彼女の纏っていたぼろを一気に引き剥がす!
「何やってんだお前」
「げ、げげぇーっ!? このっ完璧な変装がっ!? なぜばれたでやんすかーっ!?」
 中から現れたのは、褐色の肌に翠色の髪を持つヴァーナの少女。誰が見てもまごうことなきベネットであった。
 美少女とは思えない叫び声を上げながらあたふたと逃げようとする彼女の首根っこを捕まえ、アルは心底呆れた顔になっていた。
「あのなぁ……」
 深い溜息をつき、答える。

「お前のようなババアがいるかああああああっ!?」
「ヒッ、ヒィィィィィィィッ!?」


 数分後。アルと遅れてやって来た本物のナイジェルによって、ベネットは部屋の天井に吊るし上げられていた。
「ヒドイでやんす! ズルイでやんすー! あっしだってアルとラブコメしたいでやんすー! だからこのシリーズに名乗りを上げてヒロイン争いに参戦するチャンスだったというのにーっ!?」
「無理だな」
「そうですねえ」
 きゃんきゃんと仔犬のように喚くベネットに対し、二人は落ち着いた様子であっさりと否定する。それを聞いてさらにベネットが嘆きの声を上げる……そんな状態がしばらく続いていた。
「0,2秒でスピンアウトの黒歴史を消して名誉挽回するでやんすよ! なんであっしはだめでやんすかーっ!?」
「それはお前がベネットだからだ!」
「その理屈ひどくね!?」
 アルのごもっともな一言になおも反論するベネットをきっぱりと無視して、ナイジェルは静かにカップを置いた。
「ベネット殿……この度の戦いは、ヒロイン争いではありません。ヒロイン争奪戦です」
「……は?」
「え? だ、だからヒロインの座をめぐって争う……んじゃないんでやんすか?」
「何を言っているんです、ベネット殿」
 まるで穏やかな波のような表情で、老女は断言した。
「ヒロインはアル殿に決まっているではありませんか」
「な……」

「なんっじゃそりゃあああああああああああっ!?」

 バーランド宮の一室。女王の帰りを待つその城に、二人分の絶叫が響いた。

---

第八弾、まさかのベネット編でした。なんつーか、見た目はふっつーに美少女なのに、非常におしい人材ですよなあ……
そしてなんかナイジェルさんのキャラが変なことに。でもまあ、アルがヒロインなのは(当サイトでの)常識だしまあいいか。
ちなみに、お茶には何も入ってません、念のため。アルのクレバーなブラフに引っかかりました(笑)