Novel

幸せの約束を強制的に。

 いつのまにか夜になっていた。
 アルの缶詰部屋には既にお茶も無く、編集の目も無く、ただひたすらゴミのように丸められた原稿用紙だったものがうずたかく積まれている。
「……ふぅ」
 最後の一文字を書き終え、アルは今ようやく真の意味でペンを置くことができた。

「終わったぁー!!」

 祝・脱稿。歓喜の声と共にアルは両の拳を掲げ、ガッツポーズをした格好のままベッドに倒れこんだ。
「ああ……これでやっと眠れる……」
 とはいえ徹夜続きのせいか、テンションがナチュラルハイのまま未だおさまらない。ただただ据わった目で今の喜びを表すのみである。
「戦争も無い、姫さんたちもいない、TRPGのセッションも無い……真の、自由だ……っ!」
「それはおめでとう」
「おわっ!?」
 仰向けになっていたアルの視界に、ふと影が差した。驚いて飛びのこうとするもそれは叶わない。いつの間に現れたのか、目を閉じた長身の竜人が、アルに覆いかぶさるように彼を覗き込んでいた。
「な……旦那!? いつからそこに」
「ついさっきだ。夜食でも一緒にと思って来てみたのだが……ノックをしても気付かないので、こうしてお邪魔させてもらっているよ」
「そう、か……そいつは悪かったな」
 まるで流れる水のようなナヴァールの言葉に、先程まで驚いていたアルもすぐに落ち着きを取り戻し、のそりと起き上がる。その顔にひやりと冷たいものが押し付けられた。
「?」
「夜だから温かいものの方が良いかとも思ったが……随分と白熱しているようだったからな」
「ああ……確かにこっちの方が嬉しいかな」
 短く礼を言って、アルは渡されたグラスの水を一気に飲み干した。
「ふー……生き返ったー……サンキュー、旦那」
 グラスをナヴァールに返す。それを受け取ると、ナヴァールはアルに答えるでもなくただ微笑んで、
「何、礼には及ばんさ。すぐに効き目も表れるだろう」
「……効き目?」
 アルが首を傾げたと同時、強烈な眠気が彼を襲った。


「……さて、このままここにいては、襲いたくなってしまうな」
 自嘲気味に言うと、ナヴァールは持参したトレイとグラスを持ち立ち上がった。すぐ横には、再びベッドに転がったアルがすやすやと寝息を立てている。我ながら凄い効き目だ。
 別にやましい目的があって睡眠薬を盛ったわけではない。小説執筆という、騎士としては異端の作業に明け暮れていたアルも、明日からまた通常業務に戻らねばならないのだ。よく眠れる薬を特別に調達し、彼の健康のためにやったことなのである。
 そう、決してやましい目的があったわけではない。だが……
「だが、こんな姿を見ていては、さすがの私でも我慢できなくなる」
 眠っているアルは、いつもの鋭い琥珀の目付きも瞼で隠されて、幾分か幼く見えた。
 ここはさっさと退散するに限る。ナヴァールは急ぎ部屋を出た。そしてドアの向こうから、一度だけ名残惜しそうにベッドの方を見つめる。

「おやすみ、アル……良い夢を」

 夜が明ければ、またいつも通りの日々が戻ってくる。ならばせめて、幸せな夢を見られるように。
 そう一言だけ呟いて、ナヴァールはそっとドアを閉じた。

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あとがき。

第九弾、ナヴァール編でした! 社長のキャラはかっこよく書くように、とどこかから電波が来るので、だいたいこうなります。
メタなネタになるのはご愛嬌(笑)で、でも今回は紳士ですじょ?
アルも書きあがったようですし、お題も残りはあと一つだ!