Novel

愛してる?(に決まっている)

 ナヴァールはドアを閉じると、もう一度アルへの就寝の挨拶を呟いた。
「おやすみ、アル……良い夢を。────どりぃーむ」
「しゃちょー! キャラが違います!」
「社長ではなくナヴァールと呼べ!」
 背後からかけられたツッコミに振り向くと、電光石火の素早さでお決まりの言葉を放つ。

 夜のフェリタニア王城。そこに、女王ピアニィをはじめとするアルをこよなく愛する人たちが勢ぞろいしていた。
 みんなアルが気になって仕方なくて、アルが心配で心配でたまらなくて、小説執筆のために缶詰となっていたこの部屋の前でそわそわしていたのだ。そして先程、一行を代表して(みんなうまく言いくるめられた)ナヴァールが労いの言葉をかけに……そして、一服盛ってとある目的のために、あるの部屋を訪れていた、というのが前回の話。
「さあ、では皆の者、こちらへ……」
 人差し指を立てて、静かに、との意を伝えると、ナヴァールは閉じたドアを再び開く。夜のしじまに木の軋む音が響いた。

「わぁ……アル兄様の寝顔……っ」
 ベッドを覗き込み、そこに転がっている無防備な義兄に、アキナははきゅーんと目を輝かせた。
「あたしは前も見たことありますから、このくらいでは驚きませんよっ」
「さ、さすがは陛下……」
「あっしも野営の時に見たでやんすー」
「貴重な映像ナリ。しっかり録画しておくナリよ」
「お、いいぞドラン。実は俺も眼帯の中に隠しカメラを仕込んであってだな……まあ、嘘だけど」
 続々とたかる面々を、少し離れた場所でナヴァールは笑顔のまましばし見守っていたのだが、ひとしきり皆が堪能し終わると、アルの眠るベッドを中心として出来上がった人の輪に入る。
「さて、アルの寝顔を楽しんだところで……皆の者」
「ええ、分かってます……今日ここで、はっきりさせるんですね」
 言葉を継いだのはピアニィ。両の拳をぐっと握り締め、真剣な眼差しは心なしか国の運営を考えている時よりも力が入っているように見える。

 そう、はっきりさせなければなるまい。

 アルは誰が好きなのか、を────

「ナヴァール」
「はい、陛下。既に睡眠薬と一緒に、自白剤も服用させております」
「あとはアルを起こして、寝ぼけている間に聞き出せばいいんですね?」
 アルの好きな人を。

 女王の言葉に、その場にいた者が息を飲む。いよいよ白黒つける時が来たのだ。
 もしかしたらアルの想い人は自分ではないかもしれない。それどころかこの場すらいないかもしれない。
 皆が見守る中、ピアニィがアルに手を伸ばした、その時だった。

「……あれ?」
 枕元にかさりとした感触があった。薄暗い中よく見てみると、それは原稿用紙であった。
「もう、アル兄様ってばこんな所に……あれれ?」
 気がついて原稿を手に取ったアキナが、小さく点された明かりにそれをかざしてみる。彼女は次の瞬間首を傾げた。
 ベッドから少し離れた場所に陣取って、一行は原稿に書かれた文字を読んでみた。
「こ、これは……出版社が書いてないでやんす。同人の原稿、みたいでやんすよ?」
「ええっ? 確かアルの書いてた小説って『アリアンロッド・サガ・ノベル』でしたよね? フェリタニア王国出版の」
 驚くピアニィに、表紙を探し出してきたベネットがそれを読んで聞かせる。
「えーと、何々……『殺意王国に仕官してるんだが、もう俺は限界かもしれない』……?」

 その瞬間、部屋の温度が一気に3度くらい下がった。

「ふ、ふふふふふ……アルぅ〜〜〜〜〜?」
 ピアニィは笑顔で、首をぎぎぎとベッドの方へ向けた。
「あたしをヒロインに書くって言うから許可したのに、何を書いてるんですか〜〜〜?」
「へ、陛下! 落ち着いてくださいっ!」
「あたしはじゅ〜ぶん落ち着いてますよ〜?」
 ゆらり、ピアニィが周囲の制止を振り切りベッドへ向かっていく。可愛らしく結っているピンク色のツーサイドが不気味に揺れる。

「さあ、アル? じっくりお話を聞かせてもらいますからね〜?」
「ん……テオ……」
「…………ふふふふふ」
 ふとアルが漏らした寝言が、ピアニィの笑顔にぴしりとヒビを入れる。部屋の温度はさらに5度ほど下がった。
「に、逃げろーっ!?」
 瞬間、誰かが発した声を合図に、皆が蜘蛛の子を散らしたように部屋を飛び出していった。その中で動かないのは、たった二人。

 幸せな夢の中にいるアルが、冷気と殺意に叩き起こされるまで、あと数秒────

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あとがき。

というわけでいよいよ最終回、第十弾はフェリタニア陣全員集合! 編でした。あ、一応本物の小説もちゃんと書いてますよ。
しかしアルの心は……やっぱり師匠のものでした(笑)まあ、こういう奴ですよね、アルって。
最終的にはやっぱこんなオチでしたが、みんなアルのことが大好きです!