Novel

わたしに出来ないこともある

「……」
「…………」
「……なあ」

 四人が集い、みんなしてしばしエイプリルの見事な縦ロールを沈黙の中で見守っていた。
 それを破ったのはクリスだった。
「あれ、お前がやったのか」
「ええ」
 縦ロールを指し示し、トランを見遣る。さも当然という風にトランは頷いた。
 なんと返していいか分からず……クリスは嘆息した。

「……お前、ホント何でも出来るのな」
「そんなことありませんよ」
「そうなんですかっ!?」
 否定する彼の言葉に反応したのはノエル。
「トランさんって、魔法は強いし戦術もくればぁだし、凄い人だと思ってましたよっ」
「ええまあ、凄い人なんですが」
「こらそこ自分で言わない」
 さらりと答えるトランにツッコミが入るが、そんなものなど彼には通用しない。
 なぜならもっと鋭く、もっと効果的な言葉が、天然の口からぽろりと漏れ出たからだ。
 ノエルはいまだトランを褒め称えるつもりで言っていた。
「こういうの、なんて言うんでしたっけ……えっと、器用貧乏?」
「貧乏言うなっ!?」
「はっ、はぅぅ〜!? すいませんっ!」
 ついついノリツッコミに走ってしまった。ノエルはびくりと肩を震わせると、その辺で小さくなる。
 困ったのはトランの方だった。
「いえ、あの……今のはつい癖で……」
「あ、はいっ、そうなんですか? なるほどぉ〜、すいませんっ」
「あと、私はどちらかというと器用貧乏ではなく特化型です。戦術的には……」
 しどろもどろに弁解する。しばらくそんなもどかしいやりとりが交わされた。
 とりあえず話題の中心からそれたのをいいことに、エイプリルは髪を元に戻しながら、そんな生暖かい空気を眺めていた。


 エイプリルの髪の毛もすっかりほぐれ、トランが少し残念そうな声を上げ。
 そうしてその日の夜が更けていった。

「……で、結局『出来ないこと』ってのは何だったんだ?」
 片方のベッドに腰掛けて、クリスが問う。ツインの部屋に置かれた二つのベッドのちょうど真ん中あたりにある窓は半分ほど開け放たれ、そよそよと夜風を運んでいた。
 それが、トラン曰く「もうちょっと伸びたら巻きたい」クリスの金の髪をさらさらと撫で付けていく。
 男二人女二人のパーティーのため、必然的にこういう部屋割りになるのだ。
 トランの方は、もう一方のベッドの脇で帽子やらローブやらを丁寧にたたんでいた。が、クリスの方を向くと、
「知りたい?」
「もったいぶるなら聞いてやらん」
「冗談ですって」
 ふてくされたような顔を見せて勢いよく寝転がるクリスに苦笑して、向かい合うように自分もベッドに腰を下ろす。

 クリスが起き上がるのを待って、トランは静かに話し始めた。
「例えば……そう、幼稚園馬車ジャック」
「は?」
「あれはどうしても出来ませんでした……乗っている子供たちや各種トラフィックのことを考えると、私にはとてもとても」
「いや、そうじゃなくて」
 なにやら一人で感慨深く語り続けるトランになんとかツッコミを入れようとクリスは首を振る。
 普段ツッコミ担当の人間がいったんボケに回ると収拾がつかなくなる。
 努めて冷静に、クリスは訊ねた。

「『幼稚園馬車ジャック』って……何だ?」
「おや、知りませんか? 幼稚園馬車を馬車ジャックする……」
「いや、知らんとゆーか、何故そんなことをするのか自体が分からん」
「何言ってるんですか!」
 なんて非常識な! と大仰に驚いてみせると、トランは拳を握り締めた。
 そしておもむろに立ち上がり、叫ぶ。
「偽ヒーローと幼稚園馬車ジャックは悪の組織のステイタスですよ!? ロマンです!」
「…………」
「後は、脳改造される前に脱走、っていうのも悪くなかったのですが、あいにく私は生まれた時からダイナストカバルに忠誠を誓っているのでそれは無理でした」
「………………」
 言葉を失ったクリスに、トランは小一時間ほど熱く主張し続けた。

「いや、もう、なんていうか、真顔で言うな?」

 力説するトランに辟易したクリスの疲れたような言葉が、夜空に吸い込まれていった。

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あとがき(?)
悪の組織といえば、わけわからん作戦が華です!
不可解なことがあったら、某ブラックさんのように「ダイナストカバルの仕業だ!」と叫びましょう(笑)
……それにしても、シリアスにクリトラる予定だったのに……?