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お代はあなたの笑顔で十分

 夜中の失態に関し、何とか『口止め』をさせたクリス(どうやってやったかは秘密)彼は今、ようやく出来上がった4体のぬいぐるみを前に感心というか呆然というか、そんな溜息をついていた。

「ほんっと、こういうの得意な」
「裁縫だけじゃないですけどね」
「料理もだっけ」
「得意料理はヤキソバです」
「……他には?」
「和・洋・中何でも。料理だけじゃなく家事全般得意ですけどね」

 揶揄の意味を込めて言う。
「まさに『一家に一台』って感じだな」
「いや、わたしワンオフですから、まあ量産型はあるでしょうけどそれでも各家庭に配備とか出来ませんから」
 真面目に返されて、クリスはかくん、と肩から崩れ落ちた。
 なんとか元の体勢に戻り、再び嫌味の一つも返そうと口を開く──出てきたのは、こんな言葉だった。

「それじゃあ、うちの家だけでいいよ」

「…………へ?」

 固まるトラン。そして一瞬止まる、時。

「な、なんですかそれプロポーズのつもりですか」
「……? ぷろ、ぽーず?」
 やっと動き出した、とはいえ焦るトランに首を傾げる。どうやら自分が何を言ったのか、よく分かっていないらしい。
「自覚、なし……? わたし一人でバカみたいじゃないですか」
 がくりと肩を落とす。無駄に熱くなった顔を手のひらで押さえ、指の間からクリスを見る──やはり言葉の意味をまだ反芻できず、彼は首を傾げたままだった。

 そしてしばらく考えて、手をぽんっと叩くと、またしても出てくるのは問題発言。
「ああ、でも嫁には欲しいかなってちょっと思っ……」
「お断りします。神殿に嫁入りなんて。ああ、言っときますけど婿も駄目ですからね」
 先程の意趣返しも込めて、ぴしゃりと言い放つ。

「じゃあ、これでいい」
 渋々、といった風にクリスが手に取ったのは、トランのぬいぐるみ(本人お手製)だった。
 うわお前そういう趣味かよと言いたくなるのをこらえて、さらりと流す。
「いいけど、高くつきますよ」
「う」
 クリスが戸惑いを見せたのをいいことに、冗談交じりにトランは言った。
「そうですねえ、体で払ってもらいましょうか」
「え、そ、そういうことだったら……」
 なにやら頬を染めていそいそと服を脱ぐ動作を始めるクリスを慌てて制止する。
「いや労働力という意味で、っていうか冗談ですから、払わなくっていいです」
「……ちっ」
「待てぇ!? 何今の舌打ち!?」

 気を取り直して。

「ともかく、お金も労働力もいりません。そういうことのために作って差し上げるわけではないですし」
「それじゃあ、何だ?」
 問うクリスには答えず、独り言のようにトランは続ける。
「これをあげたら、きっとノエルはにっこり笑って「ありがとうございますとらんさぁん(はぁと)」なんて言ってくれるでしょうかね。そうやって、喜んでくれる人がいるのがいいんですよ」
「…………」
 物語のように紡がれるトランの言葉を、いつしかクリスは黙って聞いていた。
 そして。
「だから」
 ふいに振り向かれる。
「お代はあなたの笑顔で十分ですよ」
「!!」

 急激に顔の温度が上がるのをクリスは感じた。
 笑顔で十分──そう言ったトランの表情こそ、穏やかな笑顔だったからだ。
 クリスが愛してやまない人の見せる、一切の打算のない自然な笑顔だったからだ。
「え……あ、う……」
「……おや? 笑っていただけないんですか?」
「いやっそうじゃなく……」
「……?」

 顔を紅潮させたままあたふたとし始めるクリスを、トランはしばらく、不思議そうに見ていた。

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おまけ

トラン「ほらほら、笑ってくださいよ、お代はちゃんと払ってくださいよ」
クリス「そ、そんな急に笑えるか!」
トラン「いいからちょっと笑ってみろよーその表情筋は飾りかー? わーらーえーよー(棒読み)」
クリス「なんか知らんが非常にムカつく……」
トラン「ちょっとジャンプしてみろよーんー? チャリチャリ言ってんぞーあるじゃねーかよ小銭がよー」

エイプリル「それはカツアゲだ」

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あとがき(?)

おまけで全てを台無しにする俺、参上!
そして不意討ちに弱いクリスに萌える(笑)
うん、まあ、そりゃあ、笑いづらいよね。