Novel

君を見つけてしまったあの日

 10年以上も離れていた。
 それなのに、あの時君を見た瞬間、確信したのだ。
 彼女があの時の子だ、と。
 幼い頃、共に過ごし、一緒に山の上の朝日を見に行った、思い出のあの子なのだと。

 まあ、結局は、住む世界が違いすぎたわけで、ある時別れの日がやってくるわけなのだが。

 そしてもう会うこともないだろう、と思っていた矢先のことだった。


「……双枝市、っすか」
「はい」
 その言葉に苦い顔をする隼人に、霧谷は多少申し訳なさそうにしてみせた。
 だが、それだけだ。日本支部長として、チルドレン一人の都合で仕事の分配を変えるわけにはいかない重責がある。そうでなくとも、彼、霧谷雄吾は復帰したばかり。勝手をすれば贔屓だのなんだの等々、本部の連中に何を言われるか分かったものではない。
 そのことが、霧谷の声に辛辣さを混ぜる。
「分かっているとは思いますが、双枝市には──……」
「……ああ。七緒、だろ?」
 霧谷を遮り、隼人は声を絞り出した。この街にいる、唯一の心残りと言っていい。捨てたくても捨てられない、大切な思い出の少女。
 オーヴァードには、ジャーム化しないよう人とのつながりが重要だとUGNでは教えられている。だがある特殊な事情で、隼人は楠森七緒の前に姿を現せない理由があった。
「楠森七緒さんは、現在は安定した状態にいます。また、FHが彼女そのものを狙う可能性も、ほぼゼロと言ってかまわないでしょう。……だからこそ」
「俺があいつの前に出ることで、また不安定な要素が出るかもしれない」
「その通りです」
 霧谷が首肯するのを、隼人は溜息を吐いて見ていた。そしてその一瞬後には、忠実な、UGNのチルドレンとしての表情になる。

「では、"ファルコンブレード"高崎隼人君。頼みましたよ」
「了解」
 静かに復唱し、霧谷に背を向け──ふと、何かを思い出したように立ち止まる。
 顔だけ振り返ると、
「そういえば、今回椿は……」
「彼女は現在の任務の後処理が長引いているそうで、少し遅れるとの報告が入っています」
「珍しいな、あいつにしちゃ……じゃ、失礼します」
 今度こそ、隼人は支部長室を出る。

 分かっている。彼女に会わなければいいのだ。双枝市と言っても広い。会わずに済ますことだって出来るはずだ。
 だがそれでも、どうしても、隼人の心は完全には晴れなかった。


 残暑の日差しの中に、時折涼しい風が通り抜ける。双枝市にも初秋の息遣いが訪れていた。
 隼人が最後に七緒と別れて、もう二ヶ月近くになる。その時の戦いで、七緒に秘められた能力がFHに解析された。
 それらを巡る戦いからも、もう一ヶ月が経過していて、細々とした任務をこなしているうちにいつの間にか頭の隅に追いやられていた。
 この日は特に風の強い日だった。
 さすがに半袖ではもう寒いか。隼人は剥き出しになっている己の両腕を抱き込むようにさすりながら、目立たないように路地の隅っこを歩いていた。
 何のことはない、ジャームに対抗するいつもの任務である。ただ、学校に潜んでいるわけではないのは彼にとってはありがたかった。
「う〜、寒」
 ふと道を行く彼の目に、男物の秋服セールのチラシが飛び込んできた。
 このあたりは繁華街近いため、色んな店が揃っている。その一つ、やや高級そうな雰囲気のたたずまいに、ショーウィンドウの中には隼人の年代向けのメンズファッションが人目を引くようにディスプレイされていた。
 思わず懐を探る。UGNから給料は出ているし、潜入捜査の際は制服や学費諸々UGNが負担してくれ、住居まで用意してくれるため、隼人は懐の寒さを感じるようなことは今までにあまり経験したことがなかった。
「……よし、買うか」
 それでもなぜか出費を抑えてしまうのは、彼の性分による所が多いのだが、さすがに今回は財布の紐を緩めることにした。

「いらっしゃいませー」
 自動ドアからのそりと入る。
 隼人は中肉中背、毎日の訓練と時折の実戦のおかげで均整の取れた、引き締まった体つきをしている。加えて、顔もそう悪くはないため、わりと何を着ても似合う系のお得な外見を持ち合わせていた。
 しかも元来、チルドレンとしての任務優先のこともあり、服装には無頓着な方。
 結果、それを見抜いた店員に散々着せ替え人形にされ、数十分後。その中から選んだいくつかを包み、そして元着ていた半袖の上に新作のパーカーを羽織って、やっと解放される。

「服って結構高ぇんだな……」
 減ったカードの残額を見ながら、隼人は感慨深げに呟いた。


 その、時だった。
 隼人は通りの反対側から歩いてくる少女の気配に気付けなかった。

「……高崎、君?」
「……!?」
 少し驚いたように、ぽつりと漏れた声にやっと反応する。
 軽くウェーブした、短めの栗色の髪。
 両手に持った一眼レフで、シャッターチャンスを探しながらぼうっと歩いてきたのだろう、口を半開きにした表情。
 くりっとした大きな瞳は、いっぱいに見開かれて隼人に一心に注がれている。

 隼人はその場から動けなかった。

 見つかってしまった。
 いや、見つけてしまった。
 この街に彼女がいないはずがなかったのに、警戒すらしていなかったことを隼人は恥じた。
 それでも、すぐさま「人違いだ」と言って、走って逃げれば追いつけないはずだった。
 それなのに、足は縫い付けられたように止まったままで。

「……七、緒……」

 彼女にとっては一年ぶりの再会は、隼人のそんな間の抜けた声で果たされた。

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あとがき。
会 わ せ ち ゃ っ た … !
隼人×七緒が大好きなんです。切ない恋こそダブルクロスだと勝手に思っております。
多分続きます。