Novel

踏み込めない、踏み込んでいい?

「きゃぁぁ!」
「柚木っ!!」

 悲鳴と共に、愛しい少女に襲い掛かる雷。イサムは叫び、ギターをかき鳴らす。
 少女──芽以の前方に空気振動による障壁が一瞬だけ展開されたが、それだけで防ぎきれるほどその雷は小さくはなかった。
「!」
 障壁が消え去り、雷が芽以の体を貫く──そう思った時には、芽以は既にそこにはいなかった。
「くっそー、コイツ、強い……」
「蓮見君、私達だけじゃどうにもならないよ」
 恐るべき俊足で、いつの間にかイサムの横まで移動していた芽以が不安げに呟く。
 彼らの目の前で暴れているのは、『ジャーム』と呼ばれる化け物だった。おそらく今回の任務のターゲットで間違いない。
 調査中、不審な《ワーディング》を感知し、蓮見イサムと柚木芽以は現場に急行した。そして待っていたのが、暴走したこのジャームであった。コードネームは何といったか……イサムは覚えていないが、とにかくこの《ワーディング》に隼人と椿が気付いて来てくれるまで、芽以を守らなければ、と思った。
「あの野郎、どこほっついてんだ!」
 苛立った口調でイサムが漏らす。彼は隼人の不可解な異変に気付いていなかった。ただ、七緒に会ったことで腑抜けになっているのだとしか認識できていない。

 これで任務忘れてデートとかしてたら、タダじゃおかねえ!

 芽以と二人行動で自分がデート気分だったのは棚に上げて、イサムは再びジャームに向かって構える。口元には、強気そうないつもの笑み。これだけはイサムは忘れたことはない。
「それじゃ……本番行くぜっ!」
 咆哮。……そして弦がうなる。イサムのギターより発せられた音が、衝撃波となってジャームに降りかかった。これがイサムの能力、音と振動を操る力。それはさらに、体内のエネルギーを攻撃力に変換し増大されていく。
 衝撃波は真空を作り、ジャームを切り裂いていく。が、同時にそれはイサムの体をも内側から傷付けていく諸刃の剣だ。
「……ハァ、ハァ……どうだっ! 俺の音はっ!!」
 最後の弦をつま弾くと、イサムはがくりと膝をつきかける。が、柚木の目の前、そんな格好の悪い所は見せられない! とばかりに足を踏ん張った。
 だが残念なことに、芽以の視線はイサムではなくジャームに向けられていた。ダメージを負い、よろよろと後退する化け物の姿に、じっと注がれている。
「! 逃げるっ!?」
 細い悲鳴のような声が上がる。芽以の言う通り、ジャームは撤退を始めていた。
 この時点で、二人が追いかけて勝てるかどうか分からない。
「ちくしょ……」
 吐き捨てるように言うと、イサムはギターのネックを握り締めた。ジャームがさらに後ろに下がると同時に、張られていた《ワーディング》も解けていく。

 遭遇戦、終了。
 仕留められなかった苛立ちが募る。が、それらの感情はすぐに消えることになる。
「……ふぅ」
 緊張が解けたのか、芽以がその場にへなへなとへたり込んだ。
「柚木っ……」
「あ、ええと、大丈夫……だから」
「で、でも」
 大慌てでイサムが駆けつける。軽く手を振って差し出された手を拒むと、彼は少し躊躇ったあと、やはり芽以に手を貸そうと彼女の横に腰を下ろす。

 この時、芽以は特に意識していなかったが、イサムは耳まで真っ赤だった。
(ここで男を上げなくてどうする、俺!)
 深呼吸を一つ。そしてごくりと唾を飲んで、震える声で言い放つ。
「つ、つ、つかまれ」
「…………」
 芽以は差し出されたイサムの手をまじまじと見つめる。何の下心もそこから感じ取れない。まあ、そこが彼女の彼女たる所以でもあるのだが。
 やがて緊張が緩んだのか、芽以はふっと微笑んでみせる。
「……ありがとう、蓮見君」
 そして僅かに頬を染めて、イサムの手を取ろうとする。ここでイサムの心音は急激に跳ね上がった。

 そして、ヒカルが椿にしたのと同じ報告のために、イサムの持つ携帯電話が鳴ったのも、この時だった。
「って誰だよこんないいとこにっ!?」
「……?」
「あ、いやっ! う……っ、し、失敬!」
 首を傾げる芽以の視線を感じ、一瞬固まった後、イサムは恥ずかしげに携帯を手に取った。

 報告を受け、通信を終える頃には、芽以は既に自分の足で立っていた。

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あとがき。
がんばれイサム。お前こそ次代を担うPC1だ!(中の人のおかげ)
切ない展開の予感のする隼七連作の一服の清涼剤、それがイサ芽以、って感じです。
そんなわけでまだ続きます!
ところで、もう《終末の炎》使ってるってことは、侵蝕率……