Novel

もう、見失ったりはしない

 ジャームを『処理』してから、数日が過ぎていた。
 その後の経過を見るために七緒の監視についているのだ。

 秋を象徴するかのように、高く澄み切った青空がどこまでも続いていた。

『……前線の影響も無く……的に晴れの日が続くでしょう……』

「安定してるみたいね」
「そうだな」
 いつもの通りやる気なさげに言って、隼人は携帯ラジオのスイッチを切った。

 事件の後、双枝市には一滴の雨も降っていない。
 というよりは、双枝市の天候が他の地域と同様になった、といった方が正しいだろうか。今までのこの街の天候は、他の場所に比べて明らかに、ピンポイントで崩れていたのだから。
 学校の屋上を見下ろせる丘の上。仲間たちと共に世界の変貌を止めようと決意したあの丘で、隼人は七緒を見ていた。

 傘を持たない、一人の少女を、ずっと見ていた。


 ジャームが倒され、《ワーディング》が解かれたあの後。
 すぐにUGNの後処理部隊が到着して、七緒は無事に保護、記憶操作の後に何事もなかったかのように解放された。
 その処理の中には、『高崎隼人と会った』ことに関する記憶の消去も含まれていた。
 これは彼女の発動させた能力のトリガーに、隼人が関係していたからに他ならない。実の所、元凶たるジャームを倒しただけでは、七緒の入れた"タイム&アゲイン"のスイッチ──『雷雨をトリガーに隼人と会う』という認識は消え去っていないかもしれない可能性があったのだ。
 だから、忘れさせた。

 七緒が自分と会うことがそれすなわち"タイム&アゲイン"の発動だというのなら、UGNはそうするしかない。
 そして隼人はUGNなのだ。いや、それ以上に、誰よりも七緒に『こちら側』に来て欲しくないと願う人間だ。
 これでいい。
 自分と会ったことをきっかけに、今回七緒は能力を使ってしまった。それが能力によるものとは知らずに。
 だから、これでいい。
 七緒が覚醒してしまうことを思えば、隼人は自分の気持ちなど、いくらでも凍りつかせられる。それが彼の誓いだから。


 何にせよ、任務は終わった以上、隼人たちは双枝市を去らなければならない。
 雨が降ろうと、晴れようと。

 空を仰ぎ見る。スカイブルーの中にぽつぽつと浮いているライトグレーの雲を見ながら、何気ない会話をぽつぽつと交わす。
「明日も晴れだな」
「そうね」
「ああ」

 それは祈りにも似た気持ちで。

「……晴れると、いいね」

 同じように空を見上げて、椿が言う。隼人は視線を戻して、最後にもう一度七緒を見ると、背を向けて歩き出した。
 彼の向かう方向には、既に支度を終えたイサムと芽以が彼に向かって急かすように手を振っている。
「雨でもいいけどな、俺は」
「え?」
 歩きながら、背中越しに椿に言った。振り返り、怪訝そうに聞き返すのが気配で分かる。
「俺の誓いは消えてないってことさ」
「……?」
 椿の疑問には答えずにそれだけ言うと、胸ポケットに手をやる。大切な思い出に。

 七緒が平穏でいられる限り、隼人の誓いは守られる。

 七緒の平穏は、守られる。
 例え止まない雨の中でも、七緒は傘をさしたまま、日常を送っていられる。
 その事実が分かっていれば、それだけでいい。

 背後に追いかけてくる椿の足音を聞きながら、隼人は思った。

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あとがき。
というわけで、エンディングも無事に終わり、この物語はこれで終わりです。
隼七は明確にくっつけない理由があるのですが、二人がお互いを忘れなければ
それはそれで一つの美しい話になるのではないかな〜と思ってます。