Novel

1:第一印象

 箱の蓋が開けられる。もうすぐそこにまで迫っている、主との対面の時。
 そのために造り出された存在『ルーンフォーク』である彼は、期待と共に箱を開けた少年の顔を見て──……

「やり直しを要求する!」

 そう叫んで、再び箱の中で体育座りになった。


「なあ、ベル」
「何?」
 ジークは既に従者と信頼関係を結びつつある弟をちょいちょいと突っついた。その酷く真剣な顔つきはいつもの兄と違って見えて、弟ベルハルトはつい、立ち止まって兄の話を聞いた。
 その兄は、箱に入った状態のまま放置されている彼を指差し、単刀直入にこう告げた。
「お前のと交換してくれ!」
「ええっ!? や、やだよ!」
「いいじゃんか、俺そっちの方がいい」
「やだ! 最初に大きい箱がいいって言ったの、兄さんじゃないか!」
 兄の勝手な物言いにベルハルトは眉を顰めた。だいたいいつもこうなのだ。破天荒なジークの言動に振り回されるのは、どちらかといえばおとなしい弟である自分の方。たまったものではない。
 だが、いつもなら力ずくでわがままを貫き通されるこの関係にもついに終止符が打たれる時が来た。相変わらず腕をぐいぐい引っ張って、置きっ放しの大きな箱へと連れて行こうとするジークから庇うように、人影が割って入ったのだ。
「あ、アイシャ」
「ジークハルト様……いくら兄上といえど、私のご主人様に手を出すと容赦致しませんよ」
「う……」
 ジークを見下ろしてそう言う影は、滑らかな曲線を描く女性の体の所々に機械の部品が見える。つい先程、ベルハルトの従者となった女性型ルーンフォークのアイシャであった。
 どうやら冷徹な面があるらしく、ジークに向けられる視線は『主人の兄』に向けるとは思えない冷え切ったものだ。いやまあそれはそれで……ってそうじゃなくて。
 ジークはアイシャと弟を交互に見渡し、驚愕の声を上げた。

「お前……もうこいつ手懐けたのか」
「へ、変な言い方しないでください!」
「そうです! 私は従者としての使命を果たしているだけです」
「……じゃあその使命を果たしてないあいつに何か言ってやってくれよ」
 むくれたようにジークが答えると、アイシャはなぜか沈痛な面持ちを返してきた。
「ジークハルト様には、その……ご愁傷様というか……大ハズレを引いてしまわれて……」
 アイシャがちらりと箱の方に視線を向けた。そこには先程ジークを見つめていたものよりももっと冷たい、むしろ侮蔑の感情さえ込められているように見受けられる。

 ああ、仲悪いのか。どっちも起動したてのはずなのに。ジークの表情が生温かいものになる。そしてそのまま一人で箱の前に立つと、不思議そうにそれを見守る二人をよそに乱暴に蓋を開けた。
「おい」
「……何ですか、やり直しきくんですか?」
 体育座りのままの男性型ルーンフォークの返事も聞かず、ジークはアイシャの方を指差した。そして、
「あいつがお前のこと馬鹿にしてたぞ。『自分より劣っているから、比べられるのが嫌で閉じこもっているんだろう』って」
「何だとっ!?」

 ルーンフォークががばりと立ち上がる。少し離れたところから見ていたベルハルトが「煽るようなこと言わないで」と顔を手で覆った。一方のアイシャは、どうもジークの言ったことが図星だったらしく、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「ぬうう、許せん! 見てろよ、お前より完璧な超スゲエイカス従者になってみせるからな!」
「できるものならやってみなさいよ。後で吠え面かかせてあげる」
 ばちりと散る火花。一触即発の空気だがジークは気にすることなくルーンフォークに手を差し伸べる。
「だったら主人がいるだろ?」
「は?」
 やっぱりやり直しはきかないのかとガックリきかけたところにジークは畳み掛けた。
「ベルはすげー優秀なんだ。だから俺のようなロクデナシを主人にした方が、より従者としての質が問われる」
 もっともらしく頷いてみせる少年に、思わず「自分で言うか、こいつ」と言ってしまいそうになる。見れば兄から褒められたベルの方も「兄さん、自分で言う?」みたいな表情になっていた。
 だがもちろん、ジークはそんなことにはお構いなしに強引に話を進めていく。
「とりあえず、名前を教えろ。俺はジークだ」
 えらそうな口調のまま、やんちゃの盛りの顔が緩む。その笑顔に、ルーンフォークは何か押し切られてしまうものを感じてしまっていた。
「……メシュオーンです」
「よし、よろしくな、メッシュ!」
「いえ、勝手に略されても!?」
 幼い主人によりメッシュというあだ名をつけられてしまったルーンフォークが焦りの表情を浮かべて箱から這い出てくる。
 これでは主従というより遊び相手。まあ、それを見越して少年たちの父親が譲り受けてきたものなのだろうが。

 そして遊び相手を得て非常に嬉しそうな主人の様子に、拒絶から始まったメッシュのジークへの感情が保護欲へと変わっていくのには、さして時間はかからなかった。

 ジークハルト・デーニッツ。この時9歳。
 この歳にして、彼は既に従者(ただし、メッシュに限る)を扱う術を心得ている、恐るべき少年時代であった。
 ここから二人の腐れ縁的主従生活が始まるのである。

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あとがき。

初対面捏造話でした。この先回想シーンとかでてきたらどうしよう!(笑)
第一印象はお互い悪かったっぽいですけど、わりとすぐに打ち解けてるといいなー、って妄想。
そして成長するとメッシュ先生の駄目になる性教育がお待ちです、ジーク様!(機能、あるのか)