Novel
2:肝試し
某日、UGN日本支部。
そこには背格好も雰囲気もバラバラの少年少女が四人、集まっていた。
「よし、聞けいボンクラども!」
「おーっ!」
「ボンクラ言うなっ!?」
「何で俺まで……」
集団の中で一番年下と思われる少年の号令に、あるものは気合の入った返答を出し、あるものはその扱いに憤慨し、そしてあるものはうんざりと溜息をつき。
背格好や雰囲気だけでなく、その反応やら言動までバラバラであった。
だが、一番年下と思われる、なのに年齢不相応に老成した──に、見えないこともない眼光と人形じみた相貌を持つ少年は、そんなことは全く気にせずに次の言葉を紡ぐのであった。
いわく、
「これより、第一回ピーターパン杯UGN肝試し大会を開催する!」
「おーっ!!」
「…………」
少年──群墨応理の宣言に乗り気なのはただの一名のみ。元FHのチルドレンにして、今は山篭り生活を続けているおかげで世間知らず、兼UGNという組織を知らぬ、空手着を身につけた少女、辰巳狛江だけである。あとの二人は、過去にこの少年に『指導』の名目で散々振り回され大惨事を経験したためか、虚ろな目で溜息をつきっぱなしである。
「オイ、何で俺がぼんくらーずに入れられてんだよ」
「先輩は入っても別に違和感無いっすよ」
「ほっとけ!」
嬉々として説明する応理と、それを真剣な表情で聞いている狛江のすぐ横で、二人──高崎隼人と蓮見イサムはそんな会話をしていた。
無視して説明は進む。どうやら少年の言う『肝試し』とは、すぐ目の前にある部屋に入って何かをして出てくることのようだ。説明はほとんど聞いていなかったので、何をするのかまでは分からないが。
隼人の目の前で応理が得意気に人差し指を立てつつ続ける。
「禁則事項はみっつ。1:エフェクト使用禁止。2:ロック禁止。3:空手禁止。以上!」
「えぇーーっ!?」
応理と隼人を除く、二人の絶叫が、日本支部にこだました。
「ロックは俺の魂だ! ハートだ!」
「空手の無い人生なんて、ブレイクスルーの無いFEAR製RPGみたいなもんじゃない!」
「あーうるさいうるさい! 僕が禁止って言ったら禁止なの!!」
すぐさまそんな口論になる。イサムも狛江も物凄い勢いで応理に詰め寄っていたが、彼は決して折れなかった。というか、一番目のエフェクト使用禁止については何も文句を言わないのは、彼らがよく訓練されたオーヴァードでエフェクトの無駄遣いを良くないことだとちゃんと分かっているからなのか、それとも目先のこと(ロックと空手)に気を取られてそんなことどうでもいい状態に陥っているだけなのか。
まあどっちでもいい。隼人は三人を尻目にドアの前に進み出る。
「いいからさっさと終わらせようぜ。で? 何をすりゃいいんだ」
「隼人! やっぱり分かってくれるのは君だけだ!」
「だから何すりゃいいんだって!?」
先程説明など全然聞いていなかったことは棚に上げて、まとわりついてくる応理をしっしっと払う仕草をすると、少年は少し拗ねたように口をとがらせる。
「もー、ちゃんと説明聞いてなかったね? いいかい、この部屋の中には、現在とある本部直属エージェントが仮眠を取っている」
「ふんふん」
「気付かれないように部屋を一周して、彼にイタズラを仕掛けてくること。以上!」
「なるほどな、ホラーじゃなくてスリル方面の肝試しか」
理解した、という意味の首肯を見ると、応理は早速と言わんばかりに隼人の背を押し、ドアをくぐらせる。
「よーし、ではボンクラ一号、行って来い!」
「誰が一号だ、誰が!」
開いたドアからその叫び声は筒抜けだった。中のエージェントが起きるんじゃないかなどの危惧をする間もなく、隼人は部屋に入ると、すぐにドアが外から閉じられる。
そこはある程度地位のあるUGNの人間が執務に使うための部屋で、奥には執務用の机、そして中央にはテーブルとソファのセットあ置いてある。
そのソファには、確かに眠る男がいた。──隼人の良く知る人物が。
「……げ……」
何でコイツが。隼人はあからさまに嫌な顔を作った。どうせ寝ているのだから見られることもあるまい。
男は普段かけているミラーシェードを外し、常に綺麗にセットしてあるオールバックも今は少しだけ乱れて、前髪がはみ出している。
隼人とも因縁浅からぬその男の名は藤崎弦一。UGNの本部エージェントである。
いやそれはこの際置いておこう。今問題になっているのは、部屋をそーっと一周した後でこの男に何かのイタズラを仕掛けなければならないということ。
無視するというのも考えたが、そんなチキンハートを働けば外で待つ応理たちに何を言われるか分かったもんではない。
かといって、一体何をすればいいのやら。なるべく音を立てないようにゆっくりと部屋を一周しながら、隼人は考えた。
ちょうどソファの真後ろを通るその時、ちらりと藤崎の整った寝顔が視界に入る。普段から隙のない彼は、寝姿すら近寄りがたい雰囲気を持ち合わせているような気がした。しかもそれでいて、どうしようもなく隼人を惹き付ける。
静かに寝息を立てているという、まだ隼人が見たことがないレアな姿。
どうする、ここはチューでもしておくか。
新たに浮かんだイタズラのアイデアを、隼人は一瞬で首を振って却下する。
この男のことだ、気付かないわけがない。そんなことをして起きられたら最後、外で待つ連中にはとても言えないようなことがこの場で繰り広げられることになるだろう。
「ドちくしょう……」
投げ遣りにそう吐き出して、隼人の手は無意識に胸ポケットへと吸い寄せられていった。
かさりと小さな音を立てて写真が取り出される。
藤崎が目を覚ます様子はいまだになかった。それを確認すると、隼人は写真を握り締め──
手には、黒い『マジックペン(油性)』があらわれた。
「ありきたりだが、やっぱり定番のコレだよな」
写真をマジックに変えた時点で『エフェクト使用禁止』というルールに抵触しているが気にしない。キャップをきゅっ、と外し、隼人は笑顔で眠っている藤崎の正面に回りこむ。フェルト製のペン先が、目的に向かって僅かに震えながら近づいていった。目指すはあらわにされている額。
「肉……いや、ここは米か骨でもいいな……」
マジックを持ったままブツブツと呟く隼人は、その直後起こったことに対応できなかった。
「……何をしている」
低い声と共に、マジックを握っている手をがしりと捕らえられる。
あ、やべ。やっぱバレた。
「あ……え〜、お、おはようございます本部エージェント殿。お目覚めの気分はイカガデスカ……?」
「悪くはない」
ガタガタと、決して腕力は劣っているわけではないのに振り解こうとしても振り解けない腕を必死で動かしながらカタコトで挨拶してみた。藤崎はそれに短く答えると、隼人の腕をぐい、と引く。
勢い、バランスを崩してそのまま藤崎の膝の上に倒れ込んでしまった。
「くそう、何でばれたんだ……」
顔が近い。何だかいたたまれないので微妙に視線をそらしてぼやいてみる。
「私が"領域使い(オルクス)"だというのは知っているだろう」
もっともな答えだった。膝の上に向かい合わせの形で乗ったまま聞いているんじゃ格好がつかないが。
藤崎は隼人の腕をやっと解放し、その代わりに今度は腰の後ろに回してきた。
「君の気配は、特に分かりやすいからな」
「どーいう意味だよ、それは……」
「分からないのか」
「分かりませんさっぱり分かりませんちっとも分かりませんこれっぽっちも分かりません」
口では反発するかのような言葉を吐いているが、腰に手を回された隼人の体の反応は実に正直だった。どっかりと藤崎に体重を預けて、逃れるつもりが無いかのごとくに力を抜いた状態になっている。
仕方ないなといった風に、口元だけで苦笑を作ってみせてから、藤崎はもっとも分かりやすい解答を示した。
「君は常に私の反応を欲しがっている。自分に気付いて欲しいと、気にかけて欲しい、と」
こんな風に。そう囁いて、すぐ真上まで近づいていた隼人の唇をさっと食む。鼻から抜けるような上ずった声が小さく聞こえてくる。
本当に正直だ。何やらちょっかいをかけに来たらしいその悪戯心だとか、あからさまな気の引き方だとか、そういった反応の全てが。
しかもこちらがそれに応えてやれば、期待以上の可愛らしいリアクションが返ってくるのだからなおさら藤崎はやめられない。
「……さて」
たっぷりと堪能した後唇を放すと、酸素不足で朦朧としかかっている隼人に向けて、低く言い放つ。
「何を企んでいたのか知らないが、私の眠りを妨げた相応の報いとやらを受けてもらおうか」
「なっ……んで俺がそんなことをっ!?」
途端に焦って暴れ出そうとする隼人を押しとどめ、涼しい顔で藤崎は続けた。
「せっかくの『肝試し』だからな。少しは肝を冷やしてもらわなければ」
「てめっ最初から知ってたんじゃねーかーっ!?」
隼人は部屋内で思い切り叫んだが、既にそこは藤崎の"領域"の中。
その声が外まで漏れることは無かった。
「遅いなぁ、隼人……」
「中で寝てるんじゃねーか?」
「いやっ、きっと中で空手やってるんだよ!」
「だから空手は禁止だって何度言ったら分かるの! もー!!」
外で隼人の帰りを待つぼんくらーず三人はそのころこんな会話をしていた。
そして、つまらなそうに言うイサムの言葉は、ある意味当たりであった。
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あとがき。
結局チューしちゃったねうん。外で待つ連中にはとても言えないようなことが繰り広げられたね。
隼人は自分から誘っておいていざ乗ってこられたら盛大にテンパるタイプだと思います。
つまり藤崎が駄目な大人からひどい大人にクラスチェンジしたのは煽る隼人にも原因があるのだと(ry