Novel

4:閉じ込められた

 分断された、と思った時には既に遅く。
「……っ!」
「わ、」
「うぉおおっ!?」
 大きな地響きと共に、剥き出しの岩盤からせり出した分厚い鉄の壁に、四人は二人ずつに隔てられていた。

「しまった……」
「ノエルっ! エイプリル! 無事かっ!?」
 突然の出来事に、魔術師は唇を噛み、神官は一瞬遅れて壁に取り付き大袈裟なノックを繰り返す。
 向こう側から聞こえてくるのは、何とか無事を伝える声が小さく届くのみ。
 壁を取り除くのは、とても無理。

 その日フォア・ローゼスを襲った痛烈なトラップであった。


「く……二人とも、大丈夫だろうか……」
 諦めて戻ってきたクリスをちらりと見て、トランはかんばせに指を当てたままふむ、と一つ頷く。
「こんな形で分断とは。最悪の組み合わせですね」
「私と一緒はそんなに嫌か」
「そうではなく」
 激昂するクリスに手を振って応えると、彼にゆっくりと近づいていった。いや、正確にはクリスの背面にあった、ダンジョンの奥へと続く道の方だが。
「戦力的な問題です。こちらはまだましですが、彼女らには回復手段がない」
「……それは」
 口篭るクリスを追い越し、トランは指を舐めてそれを立てた。風向きを確認すると、さらにずんずんと奥の道へと進もうとする。
「早いとこ、合流しないと。それにこちらには、トラップに対する手段がありませんからね。遅れて最深部に到着したら既にやられてましたじゃ、話にならない」
 薄暗いダンジョンの、さらに光の届かない道へと近づくにつれて、彼の纏った赤茶色のローブは闇に紛れていってしまう。
 その様子が何故だか、クリスには遠くに感じられた。

「おい、一人で出すぎる……」
 慌ててクリスはトランの後を追った。だが、追い越して彼に並ぼうとする前に、急に足を止めたトランの背中にぶち当たってしまう。
「何だいきなり! お約束過ぎるぞ」
 ぶつぶつ文句を言うクリスにも、いつもならば同じように軽口叩いて返すはずのトランは反応を返さなかった。かわりに首を軽く振る。
「駄目ですね。こちらの道も塞がっています」
 どうやら先程感じた風はただの隙間風だったらしい。いよいよ進退窮まった表情でトランが振り返った。それでクリスも、冷静さを取り戻す。
「本格的に閉じ込められた、ってわけか」
「そういうことになりますね」
 もと来た道を戻り、トランは地面に座り込んだ。

 この時点で、罠に明るくない二人が出来ること。
 クリスには思いつかなかった。しばらくその辺をうろうろと歩き回った後、余計な体力を消耗するのも何なのでトランに倣い岩陰に腰を下ろした。
 その位置、ちょうど小さな空間の対角線上。
「……」
「…………」
 気まずい沈黙があたりを支配した。

 トランが黙っていたのは、無駄な酸素の消費を抑えるためだった(ダイナストカバル製の人造人間はなんと呼吸もするのだ)。松明の炎のみが光源の薄暗い中、彼は目を閉じて何とかここから脱する手段を考えていた。
 一方のクリス。彼は闇に微かに浮かび上がる煉瓦色のローブと帽子、そして薄闇色の髪の間からちらちら見える白い肌を何とはなしにボーっと見ていた。
 色だけならおそらくクリスの方が白いだろう。だがトランの肌の色は、典型的な白人の肌のクリスとは違って、東方で見かけるようなきめの細かいエキゾチックな色を持っているように思えた。その頬を撫でれば、程よい弾力と絹のような感触、そして片眉を吊り上げて、驚きと照れの入り混じった表情と罵声でもって応えてくれるのだろう。
(……何を考えているんだ、俺は!)
 無意識にクリスは自分の手のひらを握っては開き、握っては開きを繰り返していた。うっかり己の脳内を支配しかけていた邪念を頭を振って追い出す。
「何やってるんですか」
「あ、いや……」
 いつの間にかトランが半眼でこちらを見ていた。心底呆れた口調である。
「べ、別に」
 クリスは慌ててわきわきさせていた手を隠し、視線を外した。
「全く……少しはあなたも考えてくださいよ。もっとも、神殿の正義とか、そんな役に立たないことしか詰まってなさそうな脳みそじゃ、無理かもしれませんが」
「な……っ」
 何だと、お前こそ悪事しかインプットされてないのだろう──と言おうとしたが、最後まで言うことは出来なかった。
 目が慣れてきたのか、トランの顔がクリスにも見えている。その表情が、先程想像したトランと同じ、正確に言えばそこから照れのみを抜いたものだった。
「……?」
 首を傾げるトランに答えず、クリスは立ち上がった。彼の顔をじっと見つめたまま、ゆっくりと近づいていく。
 トランは身構えこそしたものの、何かを仕掛ける様子も抵抗を見せる様子もなかった。この閉じ込められた空間で、何よりも協力が必要なこの場面で、無駄に敵対組織を消そうとすることはないのだろう、との憶測だろうか、とクリスは考える。
 正面から顔をじっくりと見られる位置にまで近づき、彼はしゃがんだ。やはりトランが何かする──加えて、逃げ出す様子も無い。
「何、です、か」
 たどたどしく出される言葉を聞いて、クリスはふと笑みを漏らしてしまった。この状況で何ですも何もないだろうが。
「何ですかっ!」
 それに腹を立てたのか、今度はもう少し強い語調が飛んでくる。同時にトランが脇に置いた杖を取るが、クリスは彼の手首を取って押さえていた。
「な、」
 おそらく三度目の問いかけ。それが発せられる前に、ずい、と顔を近づける。自らが影になって、トランの表情が隠れた。
「何でもない。ただ、こんな時くらいじゃないと……」
 言いながらトランの頬に手を伸ばす。微かに触れた感触は、クリスが想像したとおりのものだった。自分を見上げるトランの表情も、想像と一緒。少し笑って、ゆっくりと目を閉じる。
 そうだ、こんな時でもないと、敵対する組織に所属する自分達は──


「何てこと何てことっ!? だから【敏捷】は危険だと〜〜〜っ!?」

 静寂は少女の叫び声と、何かが地面に落ちる音により破られた。
 その一瞬後、二人は驚いてこわばっていた体を、恐る恐る音のした方へと向けた。
 案の定、そこには地面にへばりこんで泣きべそでお尻をさすっている少女──ノエルの姿があった。
「うぅ〜〜また落ちちゃいました〜〜〜」
 どうやらまだ二人に気付いていないらしく、ノエルは涙声のまま、今しがた自分が落ちてきた上空を見上げる。
「……ノエルー、大丈夫かー」
 そんな投げやりな声と共に、上からロープが垂らされた。
 天井に空いた穴から零れる金髪に、これで何とか全員揃ったという安堵感と、少し残念な気分とが同時に押し寄せてきて、クリスは所在なげに立ち上がる。
「そこから抜けられそうだな」
 天井から顔を覗かせるエイプリルに向かって言うと、彼女は返事の代わりに親指でくい、と一方向を指した。どうやらそこを登った所に道が続いているようだ。
「そこに上がるのがまた大変そうですけど……まあしょうがないですね」
 背後から聞こえた声で、トランも立ち上がり天井の穴に近づいてきているのだと悟る。

(もう少し、合流が遅かったら)

 良かったのに、とは心の中でさえついぞ言うことは出来なかった。不謹慎だ。ロープを握り、よじ登りながらクリスは考えていた。
(本当に、もう少しだけ……)
 眼下で順番を待つトランにちらりと視線をやる。可能性の話だ。もう少しだけ、閉じ込められたままでいたなら。
「……何してたか、分からないな」
 上に登りきって呟くと、それを聞きつけたのかエイプリルが怪訝そうな顔をして見せた。

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あとがき。クリ→トラっぽい微妙な心情を書こうとしたらクリスが既に相当惚れてる件。
これ、実はお題その9(星空)の続きっていう設定です。
こういうちょっと微妙な距離を保つ話も好きなのですv