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5:浮気疑惑

 朝、柊蓮司が目を覚ますと、部屋にザーフィがいた。


「って、ちょ、おわぁーーっ!?」
「まあ落ち着け」
「これが落ち着いていられるかーっ!? ってか何の用だオッサン! アンタ前の戦いで行方不明になったんじゃねえのかよっ!?」

 上半身をがばっと起こし、柊はパジャマ姿のままで、部屋の中央にふんぞり返って座っているザーフィを指差す。
 これは一体何事か。この男、ザーフィについては、前にラース=フェリアという異世界に召喚されて一緒に戦った後、魔王ベール=ゼファーの足止めに残り、いずこかへと去って行った、という所までしか柊は知らない。
 噂ではまた別の世界に行ってしまっただの行く先々で女の子を引っ掛けているだの、ろくでもないものばかり聞かされる──積極的に情報を集めているわけではないが、おそらくそんな話しか入ってこないだろう──そんな、はっきり言ってとても悪い大人である。
 そんな男が、何故自分の部屋に。
 第一、どうやって入ってきたのか。まさか、堂々と玄関から?
 いやそんなはずはない、もしあったら家族──特に最強最悪の姉に何て言われるかたまったものではないから。

 と、そこまで考えた所で。
 部屋のドアが乱暴に開かれ、柊のなけなしのプライバシー、その最後の砦であるこの部屋が外との接触の機会を得る──まあ簡単に言えば外から誰かが強引に開けたのだが。ちなみにこのドアに鍵はついていない。
「ちょっと蓮司ぃ、アンタまた変な夢でも見てたわけ? ここんとこうるさくて……」
「ゲェッ、姉貴……っ!?」
 来た。最強最悪の姉上様、柊京子のお出ましである。
 だが、今回は勝手が違った。

「……ほう? 柊、お前にこんな美人の姉がいたとは……」
「えっ……ちょ、蓮司、あんた、まさか……」
 京子を見遣るとニヤリと笑うザーフィと、そのザーフィと弟とを交互に見ては顔面を蒼白に染め上げる京子。
「違うんだ姉貴」
「あぁ、だ、大丈夫よ。あたしはそういう偏見ってないつもりだから……でも、他の女の子とかには自分で上手いこと言わなきゃ駄目よ」
「妙な誤解すんなよっ!?」
「じゃあ、あたし二時間ほど公園で黄昏てくるから〜」
「だからその微妙な時間は何なんだよっ!?」

 叫ぶ弟を半ば無視して、姉は去っていく。
 後にはむなしく固まる柊と、
「あの切り返し……出来るな。いい女じゃないか柊姉」
 渋い声で呟くザーフィが残された。


「……で! 何の用だよオッサン!」
「うむ、実はな……」
 気を取り直して、ザーフィに向き合う。着替える時間がなかったのでやっぱりパジャマのままである。そんな柊にも、ザーフィは茶化すことなどせず、真剣に見つめてきた。そして、
「しばらくかくまってくれ」
「はぁ?」
「少しの間でいい……追われてるんだ。このままだと生命に関わ……」

 言い終わらぬうちに、柊の部屋の窓ガラスが一斉に割れた。

「うおわーっ!?」
「ちっ、思ったより早かったか!」
「何やったんだオッサンー!?」
 しっかりツッコミを入れながらも、破片を避けるために布団を跳ね上げ盾がわりにする。空いた方の手は月衣を探り、そこから彼の魔剣を引き出した。
 一方ザーフィの方はというと、窓ガラス程度では一向に動じず、部屋の中央に座したまま。なんとも落ち着いた様子である。
「ったく、何なんだよ一体……」
 柊はブツブツと呟きながら、窓に向かって構えた。ザーフィは言動はアレだが、腕は確かだ。そこは柊も認めざるを得ない。その彼が追われて、しかも異世界にある自分の所にまで来るなどと、尋常でない事態と言っていいだろう。
 つまりは、そこまでの強敵が、

「見つけたわよ、ザーフィーっ!!」
「…………へ?」

 外から聞こえてきたのは、そんな女の声だった。

「今日こそは逃がさん! お前には責任を取ってもらう!」
「ちょっと! 何勝手なこと言ってるのよ!? ザーフィはあたしがっ」
「何なんですかあなたたち!? ザーフィさんっ! どういうことですかこれっ!!」

「……えーっと」

 よくよく見れば、女は一人ではなかった。
 ガンナーズブルームに跨り、輝明学園の制服を着た女子生徒。
 おそらく魔法で浮いているのだろう、ファンタジーの魔術師のような格好をした少女。
 上等なドレスに身を包んだ少女。
 黄金の鎧を身に纏った女性。
 そして、背中に羽を生やした少女。
 その誰もが、腕にザーフィのつけているのと同じ緑色のバンダナを巻いている。

 どいつもこいつも、ザーフィが各世界にてたらしこんだ女性達であった。

「どういうことだおっさーーーんっ!?」
「だから言っただろう、生命に関わると!」
 柊渾身のツッコミが冴え渡る。だがザーフィには通用していないらしい。肩をすくめては「さてどうしかものか」などと呟いている。
「ってちょっと待てぇっ! これ……要はてめーがだらしねえからじゃねえかーっ!?」
「はっはっは、まだまだ青いな、これだから柊蓮司はガキだと言うんだ」
「ぜんっぜん関係ねぇっ!?」
 言い争っている間にも、女性陣がにじり寄ってくる。彼女らは互いに牽制しあっているせいか、一気にたたみかけてこないのが幸いといえば幸いであった。

 その時、部屋の空気が動く。

「じゃあ、俺はそろそろ行くぜ。世話になったな柊」
「って諸悪の根源が逃げてんじゃねーっ!?」
「この借りはいつか必ず返す……約束の証だ」
「人の話を聞け……って! 何どさくさに紛れてお手つきの証巻いてんだよっ!? てめーホントは誰でもいいんだろっ!?」
 やはり柊のツッコミを受け流しながら、ザーフィは『約束の証』こと、頭に巻いていた緑色のバンダナを柊の腕に巻きつけている途中だった。
 それを引き剥がすのすら、煩わしい。
 柊がぜえぜえと息を切らし始め、女性陣がガラスの割れた窓から侵入しようとしたあたりで、ザーフィはおもむろに立ち上がり──誰が咎める間もなく、ドアから消えていった。

 後には腕にバンダナを巻きつけた柊がぽつんと立っているばかり。
 そこへようやく、女性陣が到達する。彼女らは狭い部屋の中、我先にと押しかけようとしてすったもんだの末、やっと着いた時には既に遅し、といったところか。
「くぅっ、また逃げられた!」
「あんたのせいよ、柊蓮司!!」
「何でだよっ!?」
 もう絶対にツッコミは入れるまい、と誓いかけていた柊の意志がもろくも崩れ去った。
 だがそんな言葉など聞こえないかのように柊は壁を背にしたかたちで囲まれている。女性達は、彼の腕に一斉に視線を注いでいた。
「な、何だよ……」
「……そういえば、ザーフィはこの部屋でどーどーとしてたのよね」
「しかもパジャマ姿の柊蓮司と共に」
「そしてバンダナ……」

 ぎらり。
 女性陣の目が光る。その正体は嫉妬の炎。
 誰かが低く唸る。
「前々からだらしがないと思ってはいたが……まさか男にまで手を出すとは」
「しかも柊蓮司だなんて」
「え、いや、おいちょっと……?」
 尻餅をつき後ずさるが、すぐに部屋の壁際までたどり着き──あとは退路を断たれるのみ。
「とりあえず、ここは一時休戦といきましょうか」
「そうね。まずは目の前の邪魔者を葬り去ってから、ザーフィのことはじっくり追えばいいわ」
「同感だ」
「…………お、おーい?」
 女達が互いに頷く。同時に、柊の背筋を冷たいものがかけ上った。
 そして。

「ち、違うっ! 俺は無実だっ!? 事実無根だ! のっとぎるてぃだっ!?」

「問答無用ーっ!!」

 そんな叫び声と共に、柊の部屋は一瞬にして阿鼻叫喚と化した。
 ああ、そんな出来事さえも、彼の持つ不幸な日常なのだろう。

「日常じゃねぇーっ!?」

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あとがき。
ザー柊じゃない気がしてきた。そしてお題は『浮気疑惑』なのですが、これも違う気がしてきた!
柊蓮司のとばっちりライフ。うむ。これだ。
でもどうせならきっちり手ぇ出させとけばよかったと後悔している俺こそ真の諸悪の根源!(笑)