Novel
6:密会
「何ぃ! 紫帆がデートぉっ!?」
「しーっ! こ、声が大きいです柳也さん!」
鳴島市に店舗を構える寂れた喫茶店『ペリゴール』。
その日の営業は、八重垣ミナリの失言から始まった。
彼女の目の前、カウンターテーブルをはさんだ場所で、店長──UGN鳴島市支部長九条柳也がニヤニヤと興味深そうに話を聞いてるのを、慌てた様子で視線をそらそうとする。
だがミナリに逃げ場はなかった。
「それは興味深い話だねぇ」
「うっ」
そろそろとカウンター席を離れようとしたミナリのすぐ背後、柳也よりもさらに愉快そうな声が聞こえた。落ち着いた、柔らかい声色だったが、ミナリはその声の主がある意味柳也よりも恐ろしいことをよく知っている。
「か、薫さん……聞いてたんですか」
「もちろんさ。紫帆君も年頃の女の子だからねぇ。恋愛による脳内幻覚物質の分泌が賢者の石にどう影響を与えるのか、僕はとても興味が出てきたよ〜」
振り返る。すぐにニコニコヘラヘラとした若い男の姿が目に入ってきた。
わりと線の細い容姿は微笑がよく似合うのだが、瞳の奥に研究者の狂気を隠し持ち、その口より紡ぎだされる言葉はとにかく自分の興味のあること優先の自己中心的なものばかり。
ミナリはがくりと肩を落とした。
そういえば、前にもこんなことがあったな、と思い出す。あの時も自分のうっかりが原因で、学園祭演劇を見物に来られたのだ。
「で、でも」
焦り、ミナリは口を挟んだ。自分の失言のせいで紫帆に迷惑かけたとなったら、ただでさえサボられがちな彼女の『授業』にさらに出てこなくなって、その上今回の件を免罪符にされそうなのである。
それは何としても阻止しなければならない。
「もう、出発しちゃってますし、場所も知りませんし、お店だって……」
「ところで、柳也君」
彼女の言葉を遮ったのは、カウンターに肘をつき相変わらずの含み笑いを向ける薫。
「久し振りに、外でデートしたいと思わない?」
「はぁっ!?」
薫の素っ頓狂な言葉に思わず顎を突き出したのは当の柳也ではなく、横で聞いていたミナリだった。
一方、普段なら薫の妄言に真っ先に反応して怒りのツッコミやら何やらを入れはずの柳也はというと、
「奇遇だな、俺もそう思ってたところだ」
「えぇええええええぇぇええっ!?」
荒事が舞い込んで来た時の様な獰猛な笑みを見せる。ミナリは今度はガタンと椅子を蹴り、盛大に驚きの声を上げていた。
もちろん柳也が薫のそんな軽い誘いにのることは、普段なら絶対にしない。
彼らはデートにかこつけて、紫帆の様子を見物しに行くつもりなのだ。ただ、その確認だけが取れずに。
その後はもう、あっという間だった。
「善は急げだよ、早速出発しようか!」
「おう、じゃあ看板下ろすか!」
「え、ちょ、ちょっと、二人とも……!?」
ミナリの制止する声も聞かず、二人は我先にと喫茶店の外へ飛び出す。
去り際、柳也が振り返り、
「そういうわけでミナリ、留守番頼むわ」
やはりニヤニヤした顔のままでそう告げて、カランと音を立てドアが閉じられた。
「……あの二人はぁぁぁぁぁぁ!!」
誰もいなくなったペリゴールに、ミナリの怒りの絶叫が木霊した。
数時間後。
彼らは紫帆の居場所を探り出し、彼女から隠れるようにして、鳴島市の別の喫茶店のボックス席をひとつ、陣取っていた。
「なーんだ、意外と普通だなぁ、紫帆の奴」
「そうだねぇ」
「っておい、お前ろくに見てねぇだろ」
ソファにどかっともたれて紫帆の座る背中を見ている柳也とは対照的に、薫は運ばれてきたコーヒーフロートの生クリームを溶かす作業に熱中していた。思わず溜息をついて、煙草を取り出そうとして──ぐっとこらえる。禁煙席しか開いていなかったのだ。
薫はきょとん、と柳也を見上げ。
「見てるよ?」
「嘘吐け。コーヒーしか見てねえじゃねえか」
「うん、だから〜、柳也君を見てる」
「おい」
がたん。
テーブルの上に置かれた拳が、二つのコーヒーカップの表面に波を立てた。同時に生クリームがとろりと琥珀色の中に溶けていき、薫の残念そうな溜息も聞こえてくる。
「俺見てどうすんだよ、今日は紫帆の奴のデートを見物に……」
「やだなあ僕はちゃんと君をデートに誘ったよ?」
「あ、ありゃあ店を空けるための口実で……っ」
「僕は本気だったのに〜、柳也君ったら酷いなぁ」
何だその傷付いた乙女のような口調は似合わないやめろ。と言い返すのも面倒な程に、急激な疲れが柳也を襲った。
何せ薫は顔だけはいつもの通りヘラヘラと笑っていたから。
「だから柳也君も僕の方見てよ」
「全っ然説得力ねえんだよ」
笑顔のままそう言われても。柳也は低く呻いて、もう諦めたとばかりにソファに座り直した。ついでのようにコーヒーカップに手を伸ばし、一口。
「……たいしたことねえな」
その一口だけを飲み込んで、カップを戻す。そして何とはなしに、本日の目的であった紫帆の座っていた方をもう一度見てみた。
そこに紫帆の姿はなかった。
「ってオイ! 見失っちまったじゃねえか!?」
「まあまあ、女の子には色々あるんだよ〜」
「てめぇに言われるとホンット腹立つなっ!?」
目の前では、怒鳴り散らす柳也をさらりと受け流し、やはり笑いながらコーヒーをすすっている薫の姿。いい加減、二人の漫才にも辟易してきた頃、変化は訪れた。
「お客様、こちらご相席よろしいでしょうか?」
「あぁっ!?」
「あ、どうぞどうぞー」
声を荒げ店員を威嚇する柳也を放って、薫が奥の席に詰めながら手招きをする。
その変化は、柳也にとっては決して僥倖などではなく──……
「……失礼します」
ろくに向かいの席を見ていなかった柳也の耳に入ってきたのは、鈴を鳴らしたような女の声。聞いただけで、その声の持ち主は相当の美女だと分かるような。
思わずそちらに目を向けようと、視線を上げる。
果たして彼の目に飛び込んできたのは、その声から想像したとおりのとびきりの美女だった。
しかし、それが誰であるかが分かって、柳也は硬直した。
「……っ!!」
盛大に喉を詰まらせる。
「ぷ……ぷ、ぷぷ……!」
「どうしたんだい柳也君? 何かおかしいことでもあった?」
言葉のどもりを薫が呑気に指摘する。柳也はたまらず立ち上がった。
「アホか! てめぇの隣にいる女をよっく見てみろっ!?」
「ん?」
激昂する柳也をものともせず、それでも薫は彼の言う通り視線を横にやる。先程相席した美女が、今度は薫に向かって微笑を向ける。
「やあ、これは都築京香さん。どうもー」
「こんにちは。"道化の真実"、そして"ヴォイドスナップ"」
「って普通に挨拶してんじゃねぇーっ! しかもコードネーム使うなーっ!?」
ここへ来て、遂に柳也の沸点を超えた。
薫の隣に微笑む美女──"プランナー"都築京香は、柳也の叫び声がまるで聞こえないかのように、嫣然と微笑んでみせていた。
帰る。もう帰る。
向かいの席で、悠然とプランナーがコーヒーを飲んでいる(聞けば何でも「今日のプランのうちの一つ」なのだそうだ)。そんな現実に耐えられなくなってきた。
既に胃に穴が開きそうな様相の彼に、再び店員が話しかける。
「あのー……申し訳ありません、お客様……」
「今度は何だよっ!?」
「こちらの方が、お客様のお連れ様だということでお連れいたしました……」
普通の人から見れば立派に強面の近寄りがたい雰囲気の人である柳也に、びくびくしながら店員が誰か人を通してきた。
「連れだぁ……?」
もう何が来ても驚かない。そんな誓いをひっそりと立てて、柳也は再び視線を上げる。
彼のささやかな誓いは、0,2秒であっさりと覆された。
「な、な……っ!?」
仰け反る柳也。
やって来たその『連れ』とやらを指差して、口をパクパクと動かしている。
『連れ』は仰け反った柳也がそれまで座っていたスペースに調度いいと腰を下ろした。隣に近づく、ミラーシェードをつけた大柄の男。
「何でテメェまで来るんだよーっ!?」
「俺だって喫茶店くらいは入るさ」
横柄に答える男。彼の通り名は"アキューズ"といった。
帰るに帰れない。
ボックス席の奥側に押しやられ、隣にはミラーシェードをかけた強面の大男が。
目の前にはヘラヘラと笑う古い友人がこちらを向いて。
さらに対角線上には、自らの所属する組織と敵対する秘密結社、そのトップが、嫣然と微笑んでいて。
柳也はソファに縮こまって、この状態に必死に耐えていた。
九条柳也の明日はどっちだ。
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あとがき。
あれぇ?三郎紫帆の裏話を書くつもりだったのに、気がついたらみんなで柳也をいじってました。
しかもカプっぽくない……orz
いつかリベンジします。できたらいいなあ。
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おまけ。
薫「GMー、紫帆君のデート現場に登場しまーす」
柳也「俺も俺も!」
紫帆「えぇえええええっ!? じ、GM! この二人見つけられませんか!?」
GM「あー、じゃあ紫帆は<知覚>、二人は<隠密>で振ってみて」
紫帆「よっし! <知覚>なら得意! ……って、あれ?」
GM「……失敗してるねえ」
紫帆「さ、三郎ーっ!?」
柳也「じゃあ隠れてニヤニヤしながら見物する(笑)」
薫「あ、僕は紫帆君の恋愛自体には興味ないので、ニヤニヤしてる柳也君を見てます(笑)」
一同「何しに来たんだよお前!?」