Novel

漂流

「あーお腹すいたなー、ねえ君もそう思わない? 思うだろ幹安?」
「…………」

 そこは環礁の中に浮かぶ、小さな島だった。
 現在はこの島を所有する国の政府がコンクリートで固めていて、元々の島の本体である、海上2メートルほど突き出た小さな岩の塊を保全している。
 おかげで十分な足場はあったが、二人はそこで何をするでもなく、コンクリートの上で互いの背にもたれて座っていた。

「もーなんか喋れよ! 寂しいだろ!?」
「……騒いでもどうなるわけでもないだろう……」
 一方は、10歳そこそこの少年に見えた。整った容姿に、愛らしいつくりをした顔持っていたが、今はその頬を思い切り膨らませて、背後に座る男に思い切り愚痴をこぼしている。
 もう一方は、20代の男だった。少年の言葉にいちいち溜息で答えているその表情には、精神的な疲労が溜まっているようにも見えた。

 そこは日本最南端。

「大体なんで僕たちはこんな所にいるんだ!? 誰か答えて! てぃーちみーぷりーずっ!?」
「……ハァ」
「何だよーもう自分だけ落ち着いちゃってさ。沖ノ鳥島だぞ、沖ノ鳥島! 何か反応くらいあるだろっ!」
「……応理」
「何だよ?」
 幹安、と呼ばれた男が疲れたように少年の名を呼ぶ。眉を思い切り顰めて首を少し動かすと、少年──群墨応理をちらりと見遣る。
「誰のせいだと思ってる」
「そんなの決まってるじゃないか。僕がUGNのスタッフの結婚式に出席していた時に君が教会のステンドグラスをカチ割って」
「妄言を吐く癖は直っていないようだな」
 男がジロリと応理を睨む。少年は微妙に目をそらした。
「……う、うーん? いやあ、場を和ませようと思ってさあ」
「和んでどうなるわけでもないだろう」
「それさっきも似たようなこと言ったよ」
 再びむくれた顔になる応理を放って、男は前に向き直った。

 少年の名は、群墨応理。一見ただの子供にしか見えないが、UGNに所属するエージェントだ。しかも彼はただのオーヴァードではない。子供の姿のまま、永遠の時を生きる不死者なのだ。
 そして男の名は、鵜月幹安。こちらは、応理の属するUGNと敵対する立場にあるFHのエージェントだ。

 本来ならば、彼らは戦うべき立場にあるのだ。
 この、絶海の孤島においても。

 きっかけは些細なことだった。確か、何かの任務の途中だったはずだが、今はそんなことはどうでもいい。
 とにかく任務の途中、それぞれの組織の者として、二人は幾度目かの邂逅を果たし……それから色々あって、現在はこの日本最南端、沖ノ鳥島に二人ちまっと座っている。
 何の因果か。鵜月は内心現状にうんざりしている節もあった。共にいるのがUGNのエージェント、ピーターパンなどとメルヘンチックな名で呼ばれている敵対存在なのである。場所がどこであれ、戦闘になってもおかしくはないはずだった。
 だが、現実は違った。
 応理にはこちらを積極的に攻撃する意思はないようだ。そして鵜月の方は──疲れていた。肉体的に、ではない。自らを取り巻く現状に。オーヴァードだFHだといった、そんな現実に。
 そんなことを考えるようになったのはいつごろからだったか、少なくとももっと前は、そんなことを思考の片隅にも置くことはなかったのに。

 そんな鵜月が今穏やかでいられるのは、一瞬だけでもそのしがらみから解放され、そして面白いことしか言わないUGNが背中にいるから、なのだろうか。
 自問しても答えは出てこないのだが。
 ともかく、そんなことを考えては鵜月はふっと笑みを漏らした。
「あ、何? 何か面白いことでもあった? ポッケに非常食入ってたとか」
「いや、ないな」
 いつの間にか立ち上がって応理が目の前に出て来ていた。少し身をかがめて鵜月を覗き込んでくる様子に苦笑する。
 そしてふと思い立って、応理の腕を取ると、コンクリートに胡坐をかいたその足の上に彼を座らせた。
 当然驚いた様子で応理が腕の中でジタバタと暴れ始めるのだが、肩の上に手を置いて押さえつける。
「もー何だよ人肌恋しいお年頃ってわけかい? 残念だけどね僕はもうそんな時期はとっくに過ぎ去って……」
「煩いな、お前は」
 肩に乗せられていた鵜月の手がするりと動き、老いを知らぬ応理の頬をとらえる。
 多少無理な体勢だった。手を僅かに下にやって顎をつかまえると、後ろにくい、と引く。

 多分、煩かったから。

 そうして、応理の口を塞いだ。

「な、な……」
 永遠を生きる少年も、さすがにこれには戸惑ったらしい。頬を染めて、無理に首を後ろに向けたまま口をぱくぱくとさせていた。
「永く生きているわりには、意外と初心だな」
「うるさい! うるさい! この外見だぞ! あるわけないじゃん! する奴いたらショタコンだよ! このショタコン!!」

 塞いだ甲斐なく応理が喚く。鵜月はそれをまた疲れた顔で聞き流す。

 そんな二人を、ずっと沖ノ鳥島の観測所が見ていたわけなのだが……UGNとFH双方のスタッフが来るまで、とてもではないが呼びかけることはできなかったらしい。

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あとがき(?)
鵜月応理ネタでした。中の人のことを考えなくてもこの大惨事!(笑)
沖ノ鳥島と観測所の皆さんには、大変申し訳ありませんでした。
どうやって塞いだかは、合わせ神子のあかりんと同じでご想像にお任せするということで。