「はぁ……」
溜息と共にジーニアスが食器を片付けていた。
その日の食事当番は姉のリフィルであった。彼女は独創的すぎる創作料理に精を出した挙句、とても人が食べられそうに無いものを作り出しては食材を無駄にするということを繰り返していた。
おそらくは、自活をはじめた10年前くらいから。
「はぁぁ……」
再び、溜息。さっきよりも深い。
このまま姉の料理の腕前が成長しなかったらどうしよう。例えばこの先、リフィルが結婚するとして、その後もずっと自分が面倒見るわけにもいかないし。いやその前に、こんな姉を貰ってくれる男なんているのだろうか。
悩みの種は尽きない。
「はぁ〜……」
「どうしたんだよ、ジーニアス」
彼が三度目の溜息をついた時、ふと背後からそんな声が聞こえた。それが誰かは声を聞けば分かるので、ジーニアスは振り向かずに作業を続けながら答えた。
「うん……姉さんをお嫁に貰ってくれる人なんているのかなぁって思ってさ。ロイドはどう思う?」
「先生は美人だし、村でも人気だったじゃないか」
「それとこれとは話が別だよ」
水ですすいだ食器を拭きながら、ジーニアスは肩をすくめる。ロイドらしいといえばらしい答えだった。結婚生活が外見だけでどうにかなるわけがないのに。
「姉さんと結婚なんて、よっぽど心の広い人じゃないと無理だね」
「……あと、勉強も出来ないと駄目だよな。話についていけねーし」
「万が一に備えて、家事全般も出来る人がいいね。いつまでも僕がやるわけにもいかないしさ」
「それとさ、遺跡が好きっていうのも大事だと思うぜ!」
「あはは、言えてる」
少しだけ笑う。やはり彼女と結婚できる男の条件は並大抵ではない。それに、万が一これら全てを満たすものがいたとしても、どうにもならないことがひとつだけある。
食器を干すと、笑うのをやめ、ぽつりと呟く。
「でもさ、一番大事なのは種族を気にしないってことだよね」
「それなら大丈夫だろ」
「……え?」
ここで初めて、ジーニアスは後ろを振り向いた。食卓に座ったロイドが、普段あまり見せない考え事をしている表情で、なにやら指を折りつつ唸っていた。
「……ロイド?」
「うん、俺、ハーフエルフだなんて気にしないししたこともないし。もし差別する奴がいたらぶっ飛ばすしな! それに先生ほどじゃないけど遺跡けっこう好きだし。料理は旅の間でずいぶん上達したよな。勉強……は、これから頑張るとして……問題は寿命だよな……エクスフィアを使えば成長は止められるけど、それってあんまり良くないし」
「えっと……ロイド? 何言ってんの?」
「ん? おー、すげーぞジーニアス! 俺、先生の旦那さんになる条件、半分くらいは満たしてるぞ!」
「はぁっ!?」
ジーニアスは驚きで目を剥いた。そう言ったロイドの表情は何か凄い発見をしたとでも言いたげにキラキラと輝いている。
「ロイド、本気!?」
「何が?」
「姉さんと、け、結婚するつもりなの!?」
あまりの驚きに声が裏返る。ジーニアスはこう見えて非常に『お姉ちゃん子』だ。物心つく前から二人で生きてきた、親代わりのような存在なのだから当然といえば当然なのだが。
そんな姉と、親友との結婚。もしそうなるとして、祝福することは祝福するだろうが、その後自分は二人と今まで通りに付き合っていけるのだろうか。
複雑な感情が支配しかけた。
だが、当のロイドは聞かれたことを反芻するように視線を巡らせた後、手のひらをぽんと叩く。
「そこまで考えてなかった」
「……そんなことだろうと思ったよ……」
一気に気が抜け、ジーニアスは肩を落とした。
とりあえず、二人がどうなるかなんてまだまだ先のことらしい。
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お題提供:
31D様