拍手お礼ログ その6

大切な隠し事(柊アンゼ)

「いいことを思いついたわ、リオン」
「何でしょう、大魔王ベル」
 静かに答えながら、リオンは膝の上に乗せた古めかしい本のページをはらりとめくる。
「やっぱりまずは柊蓮司を破滅に追い込まなければ駄目だと思うの」
 やはり。リオンは得意気なベルをちらりと見遣ってから、また本に視線を落とした。彼女の思いつきは、もちろんこれに記されている通りのことであった。そしてその結末も。
「分かりました、ベル。あの『恥ずかしい秘密』以外のネタでなら、協力できると思います」
「当然ね。あ、でも結末を先に言っちゃうのはナシよ。だって……」
 ベルの口元が魅惑的な曲線を描きつり上がった。

「だってこれは、ゲームなんだから」

 大魔王のその台詞と同時に、空間から二人の姿が消え失せた。


「というわけで、柊蓮司。今日はあんたを修羅場という名の地獄に突き落としてあげるわ」
「しゅ、修羅場ぁ?」
 突然、何の前触れも無く現れた銀髪の少女に、柊は一瞬魔剣を構えることも忘れて首を傾げた。彼女が一体何を言っているのか、さっぱり分からない。
 そんな様子の柊にはお構いなしに、ベルは背後に控えるリオンに指令を下す。
「さ、リオン……道行く人々に教えてあげなさい。『柊蓮司の思い人』を!」
「なっ……!?」
 リオンがページをめくると同時に、柊の顔がさっと赤くなった。それを見てベルは満足そうに笑う。
「あら、やっぱりいるのね。ほ・ん・め・い・が♪」
「う……」
 にじり寄るベル。後ずさる柊。修羅場とはそういうことか。

 柊は全く気付いていないことなのだが、彼はなぜだか凄くモテる男なのである。しかも、彼に思いを寄せる少女たちは揃いも揃ってハイスペックな美少女ばかり。
 一歩踏み出せばよりどりみどり、そして一歩踏み外せば血で血を争う修羅場と化す彼の周りの状況。
 しかしそんな状況下において、なんと彼にも心に決めた人がいるのだ!
 それが誰なのかを知らせる必要は無い。ただ、一言だけ『柊蓮司に本命がいる』との噂さえ流せれば、あとは勝手に醜い女の争いが勃発するというわけだ。
 本来ならこういうやり方はベール=ゼファーの領分ではないのだが、思いついてしまったものはしょうがない。ベルはわざとらしい口ぶりで、せかすようにリオンに話しかけた。
「なーに、リオン? やっぱりそれが誰かは秘密なのぉ?」
 この情報については、別に教えるように指示はしていない。ベルにとってはどうでもいいことだからだ。
 それが分かっているのだろう。リオンも時折慌てふためく柊の方をちらちらと見ては、含むような笑みを浮かべるのみである。

 あと一息。
 そこらへんにいる群衆に中途半端な情報だけが伝わればこっちのもの。

 そろそろだと判断し、ベルがぐっと握り締めた拳を上げようとした時だった。

『第八世界を夢で覆いし我が神よ……今一度、禁を犯すことをお許しください……』

 突如、青い月が出現し、魔王二人と柊以外の全てがそこから遮断される。
「こ、これは……っ!?」
「ウィザードの使う、青き月匣……?」
「この声、まさかっ!?」
 三者三様に驚きの声をあげ、虚空を見上げる。天より降り注いだその声は、三人がよく知る少女のものだった。

『卑しき魔王に守護者の鉄槌を! 《ディバイン・コロナ・ザ・レベル∞》っ!!』

「うおぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ひょえぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
 圧倒的な光が着弾する。『彼女』の放った無限の魔力は、柊ごと魔王を塵の如く吹き飛ばした。
『くたばれ、地獄で懺悔しろ!』
 そう言うと、瞬く間に月匣が晴れる。彼女の言葉にに答えるものはいなかった。

 魔王二人は写し身を微塵に消滅させられ、あとには黒こげ状態の柊のみが残されていた。


「大魔王ベル、失敗のようです」
「見りゃ分かるわよ、そんなもんっ!」
 そして裏界へと戻ってきた二人。ベルが激昂し、リオンが淡々と返す、わりとよくある光景だった。
「だいたい、なんであの女が手ぇ出してくんのよっ! あいつ、直接の力の行使は禁じられてるんじゃなかったのっ!?」
「そのはずです。が……柊蓮司の本命が誰か、暴こうとすると、アンゼロットが妨害に出る……このことは、この書物に書いてある通り……」
「う、く……」
 まさかこんな大番狂わせが起こるとは。ベルは悔しそうに唇を噛んだ。リオンはやはりどこ吹く風、といった風にこう続けた。
「それに、この妨害をしのいで本当に柊蓮司の本命を暴露してしまった場合、おそらく訪れるのは修羅場ではなく祝福……」
「……? どういうことよ?」
 ベルの疑問に、リオンは曖昧に微笑み、本を閉じた。
「ふふ……どうやら両思いのようですね、あの二人。この計画は、最初から成功する確率は0%だったようです」
「なんでそれを先に言わないのよっ!?」
 まるで沸騰したやかんのように頬を高潮させるベルに、リオンはお決まりの台詞でもって答えた。

「だって……聞かれなかったし」

惚れた弱みってやつです(柊アンゼ)

「……さて、柊さん?」
 例によってアンゼロット宮殿。世界の守護者は慈愛溢れる微笑みで、眼前の男に告げた。
「申し開きを聞きましょうか?」
「ねえよんなもんはっ!?」
 男──柊蓮司の返答と同時にアンゼロットはぱちんと指を鳴らした。すぐさま柊の頭上にたらいが落ちてくる。
「ぶはっ!?」
「ネタは上がっているんですよ柊さん。冥魔の出現もないというのに、我らが宿敵たる魔王と馴れ合って……いえ、魔王という話はおいといて、あれはハエですよ、ハエっ!? あんなものに心を奪われるなんて、ウィザードとして問題です! 一から鍛えなおす必要があります!」
「あ、あれはベルの方から勝手に来たん……ぐはぁっ!?」
 再び柊の頭上にたらいが落とされた。アンゼロットは表情を変えず続ける。
「言い訳無用。わたくしはあなたがこれから先ウィザードとして魔王と戦っていけるのかを心配しているのですよ? 決して外でじゃれ合ってるベルに嫉妬したわけじゃありませんからね?」
 一息で言い切ると、ようやく椅子に座る。床に倒れ伏してぴくぴくいっている柊にも着席するように促した。

「さて、本来ならば柊さんには、レベル1からやり直してもらうところですが……わたくしにも慈悲の心があります」
 ぜってぇ嘘だ。そう思った瞬間、柊の頭上に三個目のたらいが落下した。
 アンゼロットは立ち上がり、その衝撃で椅子から転がり落ちた彼の元にゆっくりと歩み寄ると、まるで天使のような表情で柊に『かわりの条件』を囁いた。

「ぜぇ……ったい、嫌だーっ!?」
 直後、柊は飛び上がり叫んでいた。
「あら、じゃあレベル1からやり直します?」
「うぐっ!?」
 ニコニコしたアンゼロットに的確に弱点を抉られる。
「さあ、ハリーハリー! 兵は拙速を尊びます! 大丈夫、恥ずかしい秘密がひとつ増えるだけですよ」
「ううう……ちきしょう、こうなったらヤケだっ!?」

 背に腹はかえられない。レベルイズプライスレス。覚悟を決め、柊はアンゼロットから少し距離をとる。その表情はまるで死地に赴く兵士のよう。
 やがて軽く助走をつけて、柊は跳ねた。

「た……たったかたったったー、たったかたったったー! オッス! 俺、柊蓮司!!」
「ぷく────っ!! 最高にみっともないですわ柊さん!」
「くっそぉぉぉぉ! 恨むぞ矢薙さんーっ!? たったかたったったー!」

 禁断の封印を解いてしまった柊と、それを見て楽しそうなアンゼロット。
 凄く嫌なのだけれど、それでも少しだけ、アンゼロットの笑顔(しかもレアな馬鹿笑いである)が見られるならいいかと、心の隅に、ちみっとだけ、本当に僅かばかり思わないでもないこともないかなーという自分に柊はうっすらと気付いてしまっていた。
 恐ろしくハイリスクローリターンの笑顔。それでも逆らえないのは、やはり──

 惚れた弱み、というやつなのだろうか。

 ちょっと、違うと思いたい。

独りでいられないのは君じゃなくて、僕のほうです(カイジェス)

 遅い朝だった。
 ジェスは机の上の置時計を手繰り寄せて時間を確認すると、のそりとベッドから起き上がる。
「もうこんな時間か……カイト、朝飯は……」
 言いかけて、隣のベッドに気配が無いことに気付き、彼は俯いて口をつぐんだ。
 無言のまま時計を元の場所に戻すと、汗ばんだシャツもそのままにベッドを抜け出る。

 支度を済ませて、ハンディカメラを首にかけた所で、やっと顔を上げる。二人で使っている──否、使っていたバック・ホームの寝室。今はさっぱりと片付けられているカイトがいた側を見つめながら、ジェスは寂しげに呟いた。
「そうか……いないんだったな」

 これまでにも、カイトと行動を共にしない時間がないわけではなかった。8も元の持ち主であるロウに返した。だから今のジェスは、彼らと知り合う前の状態に戻っただけだ。
 だけど、そうじゃない状態にすっかり慣れてしまった以上、ジェスにはもうそんな風には割り切ることは出来ない。
 ジェスはカメラを構え、部屋の中でカイトが使っていたスペースをそのフレームに収める。覗き込んだその中にも、やはりカイトの姿は無い。カメラを通して見える真実を痛感させられる。それでもジェスはそこから視線をそらすことが出来なかった。

『自分だけを必要としてくれる人を探している』

 カイトが口癖のように言っていた言葉。共通の友人の遺言や、共に過ごしてきた時間のせいか、ジェスはいつしか、それは自分のことなのではないかと思うようになってきていた。
 だがカイトはいない。
 勘違いだったのだ。自分はカイトが探している人などではなかったのだ。その証拠が、このカメラを覗けば見える。
「カイト……」
 名を呼ぶたびに、ジェスは実感する。自分は彼を必要としている。そして同様に、彼にも自分を必要として欲しいと思っている。
 だけど彼は、カイトは誰かを必要とするのではなく、彼を必要とする『誰か』がいれば、それでいいのかも知れない。カイトが自分から特定の他人を求めることなど無いのかも知れない。

 少しだけ泣きそうになりながら、シャッターボタンに指を乗せる。
「俺は、お前を必要としてる……お前はどうだ?」
 問いかけるように言うと、ジェスはシャッターを切った。出来上がる写真がきっと答えだ。
 誰も映っていないであろうその写真には、きっと自分の寂しいという気持ちが、思いっきり詰め込まれているはずだ。

本気みたいに言う冗談は、半分本気(ロイリフィ)

「はぁ……」
 溜息と共にジーニアスが食器を片付けていた。
 その日の食事当番は姉のリフィルであった。彼女は独創的すぎる創作料理に精を出した挙句、とても人が食べられそうに無いものを作り出しては食材を無駄にするということを繰り返していた。
 おそらくは、自活をはじめた10年前くらいから。
「はぁぁ……」
 再び、溜息。さっきよりも深い。
 このまま姉の料理の腕前が成長しなかったらどうしよう。例えばこの先、リフィルが結婚するとして、その後もずっと自分が面倒見るわけにもいかないし。いやその前に、こんな姉を貰ってくれる男なんているのだろうか。
 悩みの種は尽きない。

「はぁ〜……」
「どうしたんだよ、ジーニアス」
 彼が三度目の溜息をついた時、ふと背後からそんな声が聞こえた。それが誰かは声を聞けば分かるので、ジーニアスは振り向かずに作業を続けながら答えた。
「うん……姉さんをお嫁に貰ってくれる人なんているのかなぁって思ってさ。ロイドはどう思う?」
「先生は美人だし、村でも人気だったじゃないか」
「それとこれとは話が別だよ」
 水ですすいだ食器を拭きながら、ジーニアスは肩をすくめる。ロイドらしいといえばらしい答えだった。結婚生活が外見だけでどうにかなるわけがないのに。
「姉さんと結婚なんて、よっぽど心の広い人じゃないと無理だね」
「……あと、勉強も出来ないと駄目だよな。話についていけねーし」
「万が一に備えて、家事全般も出来る人がいいね。いつまでも僕がやるわけにもいかないしさ」
「それとさ、遺跡が好きっていうのも大事だと思うぜ!」
「あはは、言えてる」
 少しだけ笑う。やはり彼女と結婚できる男の条件は並大抵ではない。それに、万が一これら全てを満たすものがいたとしても、どうにもならないことがひとつだけある。
 食器を干すと、笑うのをやめ、ぽつりと呟く。

「でもさ、一番大事なのは種族を気にしないってことだよね」
「それなら大丈夫だろ」
「……え?」
 ここで初めて、ジーニアスは後ろを振り向いた。食卓に座ったロイドが、普段あまり見せない考え事をしている表情で、なにやら指を折りつつ唸っていた。
「……ロイド?」
「うん、俺、ハーフエルフだなんて気にしないししたこともないし。もし差別する奴がいたらぶっ飛ばすしな! それに先生ほどじゃないけど遺跡けっこう好きだし。料理は旅の間でずいぶん上達したよな。勉強……は、これから頑張るとして……問題は寿命だよな……エクスフィアを使えば成長は止められるけど、それってあんまり良くないし」
「えっと……ロイド? 何言ってんの?」
「ん? おー、すげーぞジーニアス! 俺、先生の旦那さんになる条件、半分くらいは満たしてるぞ!」
「はぁっ!?」
 ジーニアスは驚きで目を剥いた。そう言ったロイドの表情は何か凄い発見をしたとでも言いたげにキラキラと輝いている。
「ロイド、本気!?」
「何が?」
「姉さんと、け、結婚するつもりなの!?」
 あまりの驚きに声が裏返る。ジーニアスはこう見えて非常に『お姉ちゃん子』だ。物心つく前から二人で生きてきた、親代わりのような存在なのだから当然といえば当然なのだが。
 そんな姉と、親友との結婚。もしそうなるとして、祝福することは祝福するだろうが、その後自分は二人と今まで通りに付き合っていけるのだろうか。
 複雑な感情が支配しかけた。

 だが、当のロイドは聞かれたことを反芻するように視線を巡らせた後、手のひらをぽんと叩く。
「そこまで考えてなかった」
「……そんなことだろうと思ったよ……」
 一気に気が抜け、ジーニアスは肩を落とした。

 とりあえず、二人がどうなるかなんてまだまだ先のことらしい。

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お題提供:31D