拍手お礼ログ その7

コートを貸す(アルピィ)

「アル〜、お待たせしまし……くしゅんっ」
「おいおい、大丈夫か姫さん?」
 女性の支度は長い。ピアニィの準備が終わるまで、門の前で待っていたアルが振り向くと、口元を押さえたピアニィがいた。

 今日は二人で、バーランドの街を視察に出ることになっていた。女王直々の視察としては、驚くべき少人数である。だが、当のピアニィが「目立たないようにこっそり行いたい」との主張をし、内政を取り仕切るナイジェルと軍師のナヴァールがそれを承諾したのだ。
 建前上は『お忍びでの視察により、取り繕わない本当の街の姿を見られるように』との理由がついていたが、何のことはない。二人はピアニィとアルに、二人きりの時間を過ごさせたかったのだ。
 要はデートである。そのことを自覚しているのか、ピアニィが普段纏っている紅のローブは、いつもとデザインが違っていた。胸元が大きく開き、スカートは朴念仁のアルから見てもちょっと短いんじゃないかと思うくらいの丈である。
 冬の訪れを待つ季節のフェリタニアでは、かなり薄着と言わざるを得ないだろう。
「姫さん、寒くねえか?」
「そうですねー、ちょっと寒いです……アルはあったかそうですね?」
 言われてアルは自分の服装に目を落とす。いつもの旅装の上に防寒具を着込み、さらにその上からマントを羽織っている。冬が近いのと、目立たないためにそうしたのだ。

 ばっちり寒さ対策済みのアルを恨めしそうに見て、ピアニィは溜息をついた。
「あたしももっと暖かい格好してくるんでした……」
 両手で体を包み込み、僅かでも風から身を守ろうとしている女王の姿に、アルはしばし考え、そして着込んでいたコートを脱ぐとそっとピアニィの肩にかけた。
「アル?」
「それ、着てろ」
「でも、それじゃアルが……」
「俺なら平気だから。それに……」
 驚きつつもコートの襟元をきゅっと握り締め、暖かさに表情を緩めるピアニィ。それに対してアルはそっぽを向いて、ぶっきらぼうに言い放つ。
「それに?」
 ピアニィが聞き返すと、アルは小さく呟いた。
「そんな格好目立つだろ。その……他の奴に、見られたら」
「……? よく分からないけど、ありがとうございます」
 笑って礼を言うと、借りたコートに袖を通し、二人は街の視察へと向かった。

ちょっとした仕草を見て微笑む(ロドキア)

 光の粒子がエレバイルに収束していき、画面に原子番号と元素名が表示される。
「よーし、回収完了っ!」
 一連の出来事を満足気に見終わると、キアラは笑顔のままエレバイルをしまった。

 至極晴れやかな気分だ。順調に元素を回収できた。おまけに今回は、コロニーチームの──特にロドニーの顔も見ることなく終了したのだ。これが嬉しくないわけがなかろうか。
「さあ、用も済んだし、帰るわよ!」
 普段以上に元気なキアラ。だがそれとは対照的に、なぜだかレンは様子がおかしかった。妙にそわそわしているというか、奥歯にものが挟まったような、というか。
「……どうしたの? さっきから変よ」
「そ、それは、その……」
 首を傾げるキアラに、かわりに答えたのはホミだった。だが彼もそれ以上は言葉を出せないでいる。一体何を言いよどんでいるのか。

 やがて逡巡の後に、レンが恐る恐る口を開く。

「あのさぁ……言おうかどうしようか、迷ってたんだけど……」
「何よ?」
「お前……ほっぺにご飯粒ついてるぞ」

「…………え?」

 ぴしり、と音がしたような気がした。たぶん、いや絶対表情が凍りついた音だ。キアラはそう確信した。
 レンがご飯粒の場所を教えようと自分のほっぺをつついている。ぷるぷると震えながらも、なんとかキアラはご飯粒を取ると、大声で叫んだ。
「そういうことは早く言いなさいよねーっ!?」
 頬が熱いのを感じながら、それでも『この光景をあいつに見られずにすんだ』ことだけを感謝して、キアラはレンたちと共にネガアースを後にした。

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 一方その頃。
 ネオQEXの調査のため、身を隠していたコロニーチーム。その中の一人であるところのロドニーももちろん、隠れて待機していた。
 ちょうど、地球チームが元素を回収しているその現場の、すぐ近くで。
「……そうか、ご飯粒か……」
 ついさっき消えた少女の姿を思い出す。ロドニーの口元は無意識に笑っていた。

 そう、見られていたのである。
 おそらくはキアラが一番見られたくなかったであろう『あいつ』その人に。
「意外と可愛いところもあるんだな」
 笑いながらそんなことを言うロドニー。こんなこと彼女に聞かれたら、きっとただじゃすまないな。
 そう思うとますます笑えてきた。

 これがたぶん、微笑ましいということなのだろう。

歩幅を合わせる(カイジェス)

 並んで歩く、なんて、簡単なことだと思ってた。

 だけどそれは、生身の体でのことで。

『ホラどうした、ふらついてるぞ』
「わ、分かってるよ! こっちだっていっぱいいっぱいなんだ……か、ら」
『センサーに頼るな! ちゃんと前見てろ、オートバランサーの設定はしてやったんだから、せめて歩くぐらいは一人で出来るようになれ』
「は、話しかけないでくれ! 気が、散、る……っとと!」

 ずしん。
 力強く大地を踏みしめる重い機械音と、何か大質量のモノが周囲の木をなぎ倒す音が響く。

 『8はいつかロウに返すんだから、今のうちにサポート無しで一人で操縦出来るよう訓練しておけ』

 そうカイトに強く言われ、ジェスは今8無しでのアウトフレームの操縦をおこなっているのである。
 OSを改良してあるとはいえ、アウトフレーム……元は『テスタメント』と呼ばれるザフト製のモビルスーツを、ナチュラルのジェス一人で動かすのは難しい。何よりジェスはモビルスーツに関してはほぼ素人だ。8のサポート抜きでの戦闘などほとんどしたことはなく、今までは『カメラ付き乗り物』として使っているようなものだった。
「それにしても、歩くことがこんなに難しいなんて思わなかった……」
 通信のスイッチを切り、カイトに聞こえないようにしてからコクピットの中で溜息をつく。
 人を模して作られた機械。ただ『歩く』という動作一つとっても、気をつけなければならないことが山ほどあった。まるでもうすぐハイハイを卒業しようかという赤子の気分だ。
「やっぱりカイトは凄いな……」
 どうにか決められた距離を歩き終わり、ゴールで待っていたカイト(今日はテスタメントだ)のもとへたどり着く。
「……ん?」
 テスタメントが手をこちらに差し伸べているのを見て、ジェスはふと疑問を感じた。まさか労いの握手などというわけでもあるまい。だがとりあえず、アウトフレームの手をその上に重ねてみる。
『よし、じゃあ次行くぞ』
「次?」
 テスタメントが指を曲げ、アウトフレームの手を握り締めた。そして接触回線で開いたカイトからの通信に、さらに首を傾げる。これは、まさか。

『そのまさかだ。もう一周行くぞ。今度は俺もついてってやるからもっと早く歩け』
「マジか……」
 ようやく休憩できるかと思った矢先の無慈悲な言葉に、ジェスはコクピットの中でがっくりと項垂れた。

心地よい無言(フレユリ)

 遠征帰りのフレンの部屋に、待ってましたとばかりに窓から滑り込む。
 話したいことが山ほどあった。たぶん向こうも、聞いて欲しいことがたくさんあることだろう。
 何で分かるかって? そいつは聞くだけ野暮ってもんだ。

 ……の、つもりだったのだが。

 ユーリが部屋に入ると、フレンは机に向かって書類仕事をしていた。出迎えもそこそこに、挨拶を一言交わすと彼はすぐに仕事に戻る。
 文句を言うわけでもなくユーリはベッドに腰掛けて、それをぼーっと眺めていた。

 暇だって? まあそうだけど。

 そうしてかれこれ二時間ほど経ったころ、フレンの周りの空気が揺れるのを感じユーリは立ち上がった。迷うことなく枕元に置いてあったメモ用紙のようなものを拾い上げ、フレンのそばまで行く。
「ん」
「ありがとう」
 一瞥をくれるとすぐに机に向き直る。フレンはメモを受け取るとそれを見ながら書類に何か書き込んでいた。ちゃんとお礼を言うのを忘れないところは本当礼儀正しいなと少し笑って、ユーリは元の場所に戻る。

 何で分かったかって? さあ何でだろうな。

 静かなのはそんなに得意ではないのに、今はそれがとても心地良い。
 久しぶりに会ったら、いっぱいくっついていっぱいキスもして……と色々期待していた。だけど現実は全然構ってもらえないのに、まだ何の話もしていないのに。
 それでもそこにフレンがいるだけで十分満足している自分が少々意外だった。今までがフレン不足過ぎて、視界に収めるだけで心が満足してしまっているのだろうか。
 その疑問は置いといて、このまま時間の許す限り、贅沢な暇を持て余そうか。そう思って、とりあえず水でも飲もうかとテーブルに置いてある水差しに視線を向けた時。

 いつの間にか立ち上がって、水の入ったコップをこちらに差し出しているフレンと目が合った。
「ん」
「サンキュ」
 あまり驚かなかった。当然のことのようにコップを受け取り、一気に飲み干すと、フレンはそれを受け取りテーブルに戻してから、再び椅子に座り書類と格闘し始めた。

 何で分かったんだ? まあお互い様か。

 こういうの、以心伝心って言うんだっけ。
 ベッドに寝転がり、横を向いてフレンの仕事姿を見ながら、ユーリはぼんやりとそんなことを考えていた。

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お題提供:TOY