拍手お礼ログ その9

 ある冬の日、彼らの元に一通の手紙が届けられた。
 絶望的な報せを持って。

 そう、すなわち──『今年のクリスマスは中止です』

クリスマス中止のおしらせ〜TOV編〜

「と、いうわけで」
 きょとんとするフレンに、例の手紙を突き出してユーリは胸を張った。
「今年のクリスマスは中止だっ!」
 ちなみに、いつもの黒ずくめの服装ではなく、聖夜の配達人スタイルである。
 フレンはしばし硬直した後、困惑気味に答えた。
「ユーリ、台詞と格好が合ってないんだけど……」
「寒いから、しょうがなく着てるだけだ」
「…………」

 そうは言うが、ユーリのこの格好には一応、わけがあった。
 毎年、いくつかのギルドが協力して、この一年間良い子で過ごした子供達にプレゼントを配って回るイベントがある。今年は我らが“凛々の明星”もそれに参加することになっていた。
 そう、なっていた、のだが。冒頭の手紙がギルドに届けられたのが今朝のことだった。

「それで、それに乗っかってイベントをさぼってしまおうってこと?」
 溜息をついたフレンの目は剣呑な光をともしている。仕事をしないユーリを責めるかのように。
「このイベント、まるまる二日拘束されんだぜ? お前といる時間なくなるじゃん」
「だからって、受けた依頼を投げ出してしまうなんて君らしくない。第一、クリスマスは別に恋人がいちゃつくための日じゃないし」

 ばれていた。
 そうなのだ。クリスマスはフレンと過ごそうと思っていたユーリにとって、今回の依頼は辛いものがあるのだ。
 それならいっそ、クリスマスなんてなくなってしまえばいい。子供達には悪いがオレとフレンの愛のためだ。

 だが、そんなユーリの思惑をぶち壊したのは、他ならぬ彼の持ってきた手紙であった。
「あれ、この手紙……まだ続きがあるよ。えーっと、リア充カップルイチャコラ祭りを禁止すべくクリスマスを中止に追い込む……?」
「何っ!?」
 慌ててフレンに向けていた手紙の文面を自分に向け、舐めるように紙面に目を通していく。よく見て見ると確かにフレンが言ったことが書かれていた。
 内容をまとめると、つまりこの『クリスマス中止のお知らせ』は、カップルを撲滅するためのものであるということを、ユーリは今把握した。
「……ふ」
 ぐしゃり。手紙が一瞬でぐしゃぐしゃの紙切れと化す。続いてそれをびりびりと破りながら、ユーリは低く這うような笑い声を腹の底から絞り出した。
「ふふふふふ……」
「ゆ、ユーリ?」
「上等じゃねえか……! そっちがその気なら、意地でもクリスマスを全うしてやる! 思う存分いちゃついてやる!」
「よく分からないけど、イベントに出るんだね?」
「おう! 当日には間に合わねえかも知れねえけど、プレゼント期待して待ってろ!」
 ビシッとフレンを指差すその空間に、細かく破られた紙吹雪が舞った。
 ちなみに、プレゼントの内容はもう決めていた。当然、ユーリ自身を朝までフルコースで召し上がっていただくのだ。
「あ、僕はもう成人してるから、プレゼントはいいよ。それ、子供にプレゼントを配る人なんだよね?」
「……っ……」

 配達人の格好があだになった。爽やかな笑顔で見送るフレンを背に、ユーリは涙目で部屋を飛び出した。

クリスマス中止のおしらせ〜ナイトウィザード編〜

「や、別にクリスマスだからって何か特別なことしてるわけじゃねーし」
 アンゼロット宮殿に拉致……もとい、呼び出された柊蓮司。とてもいい笑顔で自らに『クリスマス中止』と書かれた紙を突き付けてくるアンゼロットに、彼は溜息混じりに告げた。
「あらあら柊さん、随分ドライなんですわね。もう少し泣き喚いてくださらないとつまらないじゃありませんか」
「俺の反応楽しむなよっ!? 毎度毎度っ!」
 何故か残念そうなアンゼロット。そうやって叫んでみても、やはり彼女は飄々としてこちらに笑顔を向けてくる。

 柊家のクリスマスは、毎年たいしたものではなかった。せいぜいがツリーを飾ってケーキを食べて、それで終わりだ。夜中に親がサンタクロース代わりにプレゼントをそと枕元に置いておくこともない、至極地味な日だ。
 加えて、幼馴染の赤羽くれはの家が神道の家系であり、クリスマスと縁がない生活を送っていたことも原因だろう。柊のクリスマスの思い出といえば、クリスマスを羨ましがるくれはにケーキをご馳走してあげたことくらいしかない。

 つまりは、クリスマスを中止されたって、柊自身には特に何のダメージもない、ということ。
 彼を慕う女性陣にしてみれば、これは由々しき事態である。
 だが当の柊がそんなことを全く気にしていない上に、こうしてアンゼロットのもとに拉致……もとい、呼び出されてしまっている以上、もう彼女達にはどうすることもできないのだ。
「で? いいから任務の内容言えよ」
「あら、今日はやけに物分りがいいですね」
「お前が俺に用事なんて、何か任務に決まってるだろ?」
「……そう、ですわよね」
 一瞬、アンゼロットの顔が曇ったことに、柊は気付かなかった。
 宮殿にある空中庭園。よくアンゼロットがお茶をするテーブルセットには、いつもの紅茶セットと共に赤と緑にデコレーションされたモミの木と、作りたてのブッシュ・ド・ノエルが用意されている。とても『クリスマス中止』とは思えない光景だ。
 それらにちらりと目を遣ってから、アンゼロットは柊に向き直った。
「では、柊さん。これからするわたくしのお願いに、はいかイエスでお返事してください」


──ひと悶着の後、柊が任務に出てから少し経って。

「こんなお知らせ、要りませんでしたね」
 アンゼロットは先程柊に見せた『クリスマス中止のおしらせ』をびりびりと破り捨てた。
 そうなのだ。クリスマスであろうがなかろうが、柊は最終的に、かならずアンゼロットの示した任務を受けてくれる。
 この手紙は牽制のつもりだった。もしも柊が他の女性とクリスマスを祝うつもりだったのならば、これを突き付けて任務に(無理矢理にでも)向かわせるつもりだった。世界の危機は、人間のイベントなど待ってはくれないのだから。
「帰ってきたら、少しだけご褒美をあげましょうか」
 いまだ手をつけられていないブッシュ・ド・ノエルを目の前に、アンゼロットは楽しそうに微笑んだ。

クリスマス中止のおしらせ〜ASTRAY編〜

「……」
「…………」
 狭いバックホームの中に集まった男達4人。
 中央にあるのは、件の手紙──そう、『クリスマス中止のおしらせ』である。

「ま、俺達には関係ないな」
 皮肉げに呟いて、カイトが手紙を破り捨てる。反論を唱える者は誰もいなかった。
 そう、確かに、こんなむさ苦しいクリスマスを迎えるくらいならば、普段と何も変わらない平日なのだと思い込んだ方が、まだダメージが少ないのかもしれない。
 だが、と疑問を浮かべたのはイライジャだった。
「でもマディガン、お前、ジェスと二人で過ごせばよかったんじゃないか?」
 それは素朴な疑問だったが、カイトはそれにぴくり、と精悍な眉を顰める。
「黙れ色男。お前なんかに俺の気持ちが分かってたまるか」
「え? 何だよ?」
 困惑気味に、今度は彼の相方であるジェス・リブルへと視線を向ける。ジェスはきょとんとしたまま、
「だって二人きりなんて寂しいだろ? どうせなら大人数で騒いだ方が楽しいじゃないか」
 爽やかに言ってのけるジェスとは正反対に、カイトの表情はますます渋いものとなっていった。
 ああ天然か。と納得したところで、それまで黙っていた最後の一人が重々しく口を開く。
「それで、この手紙の送り主を探してどうにかする……それが依頼、ということか」
 サーペントテールのナンバー1、叢雲劾。そう、この不可解な手紙をジェスたちが受け取ったことが、彼ら傭兵サーペントテールが呼び出された理由、の、はずだった。
 そのはずだったのだが。
「あー、それなんだけど、どうせこんな手紙一通でクリスマスという日がなくなるわけじゃないし……」
「ぶっちゃけ、どうでもいい」
「…………呼び出されておいて何だが、その意見には俺も賛同しよう」
「ってぇえっ!? ちょっ劾っ!?」

 こうして、約一名が腑に落ちないまま、クリスマス改め男四人の徹夜で馬鹿騒ぎが始まった──

「と、いうわけで」
 据わった目で、カイトが四角い卓を狭い部屋の中央に設置する。彼は虫の居所が悪かった。クリスマスというイベントをするにせよ、しないにせよ……ジェスと二人きりという今日、この日を傭兵二人によって邪魔されてしまっているのだ。もう彼には夜を徹して何かで発散させるしかなかった。
「四人でやるといえば、やっぱり麻雀だろう!」
「ちょっと待った!」
 それに異を唱えたのはジェスだった。手には古いゲームソフトを持っている。
「四人でやる遊びなら、桃鉄に決まってるだろ!」
「何ィ!?」
「おい、二人ともそんなムキにならなくても……なあ、劾?」
 なだめるようにイライジャが二人に割って入った。だが助けを求めた相手が悪かった。

 劾は、ジェスが持っているものよりもさらに古いゲームを掲げて見せた。
「フ……甘いな、四人用ゲームといえば、エキサイトバイクと相場は決まっている!」
 クルクルシュピン、と効果音付きで劾はかっこいいポーズを取ってみせる。
「が、劾……」
 がっくりと肩を落とすイライジャを置いて、三人はそれぞれにどのゲームで遊ぶかの争いを始めてしまったのである。

 そして。

「ソロモンよ、私は帰ってきたぁぁ……!」
 結局、三つのゲームを同時に行うという暴挙に出た結果、カイトはサムライかぶれのかっこいいテロリストになって、雀卓に突っ伏したまま動かなくなった。
「や、優しくしてください……」
 そのカイトの上に折り重なるかのようにして、ジェスは38歳にして童貞卒業したかのような台詞を吐いて、キング貧乏の負債地獄に陥ったまま気を失っていた。リア充爆発しろ。
「カミーユ、貴様は俺の……!」
 そして最後まで残っていた劾もまた、かませ犬のような台詞を呟いたかと思うと、でたらめに設置しまくった障害物にバイクをクラッシュさせまくった挙句にばたりとぶっ倒れた。

「…………クリスマスなんて、なくなって正解だ……」
 声優ネタを使えないイライジャだけがその場に一人取り残されたまま、途方にくれていたという。

クリスマス中止のおしらせ〜アリアンロッド・サガ編〜

「ダメですよ、アル」
 にっこりと笑う女王。その手には件の『クリスマス中止のおしらせ』の手紙。
「今年のクリスマスは中止です。今日はお城のみんなでTRPGですからね」
「〜〜〜〜〜〜〜っ」
 ピアニィの持っている手紙には、フェリタニア王国の印が押されていた。つまりこの手紙を書いたのは他ならぬピアニィその人なのだ。
 フェリタニアに、クリスマスは来なかった。
「なんで……」
「だって、仕方ないんですっ。抜け駆け禁止のためには、こうするしかなかったんですっ!!」
「意味がわかんねぇよっ!?」
 力説するピアニィにそう返すも、騎士であるアルには逆らうことはできなかった。

 この世にクリスマス休暇というものがあるのなら、せっかくだからゆっくりしたい──そう思ったアルの希望を木っ端微塵に打ち砕いてしまったこのおしらせ。
 狙いはそのままどストレートに『抜け駆け禁止』であった。クリスマスの本来の意味も忘れてカップル同士でイチャイチャする不逞の輩の何と多いこと。そんな不遜なお祭りにアルを関わらせてはならない──これが、建前。
 本当はピアニィだって、クリスマスの夜をアルと二人きりでイチャイチャして過ごしたかったのだ。だがそう考えている者はピアニィの他にも溢れるほど存在した。
 皆の思いがぶつかれば、地で血を争う戦い、そう戦争にまで発展してしまいかねない。
 これが本音だ。
 この無用な争いを避けるための苦肉の策としてナヴァールと共に用意したのが、この『クリスマス中止のおしらせ』なのである。

「と、いうわけで……アルが他の誰ともイチャイチャしないように、お城でみんな平等に、一緒に! TRPGをしましょう、ということです!」
「…………」
 手紙をしまい、にこやかにキャラクターシートを差し出してくるピアニィ。アルはあからさまに溜息をついたが、それでも何が変わるわけでもない。
「諦めろ、アル」
「う……旦那……」
 気付けば、隣に長身の竜人が佇んでいた。悟りを開いたかのような表情で、
「そもそもアルディオン大陸に『クリスマス』という概念自体が存在しない。いかな同人サイトとは言え、現代日本の常識で物事を測ってはいけない」
「台無しなこと言うなよっ!?」
 ナヴァールは言ってはいけないことを言った。

 そう、だから。

「今夜も……朝まで戦争だーっ!!」
「「「おーっ!!」」

 何も変わらない。クリスマスなどなかった。
 フェリタニアは今日も通常営業だ。