「なあ、フレン」
「ん?」
「バレンタインだからって、別に無理にチョコ作らなくたっていいんじゃねえの?」
「無理はしてないよ? それにせっかくバレンタインなんだし」
実に上機嫌で、チョコレートをかき混ぜるフレン。テーブルに座ってその背中をじっと見ていたユーリをふと振り返り、相変わらずの太陽のような笑顔を向けてくる。
「ユーリ、甘いもの好きだろ?」
実に楽しげに。いつもながら眩しすぎる。
「いや、それが最近はそうでもなくって……」
「そういえば、エステリーゼ様はチョコレートケーキに挑戦すると仰ってたな……」
「えっ」
「ジュディスは隠し味にチョコレート入りのトンカツ、パティはチョコレートフォンデュ、あ、レイヴンさんもチョコクレープを作るそうだよ。リタは面倒だから買うって言ってたけど……」
「…………」
「……ユーリ、ニヤけてるよ?」
「はっ!?」
仲間たちが作るという数々のご馳走に思わず空想の世界へ飛んでいきそうになったユーリを現実に引き戻したのは、いつの間にかテーブルまで近づいてきていたフレンと、彼の手に持った溶かしチョコレートの甘いにおいだった。
実に期待の目で。ユーリのために心を込めて作っているのがよほど嬉しいのだろう。そうだろうそうだろう、人のために愛情込めて料理を作るのはとても幸せなことだろう。
だがフレンの場合、勝手が違う。これはやばい兆候だ。何としても、フレンを止めなければ。
「つーか、お前はどっちかというと貰う方なんじゃねえ? だからオレがやるからお前はそれを食っとけ」
「最近はそういうのって、あんまり関係ないみたいだよ。それに、僕がユーリにあげたいんだ」
「う……」
非常にまずい。悪気がないから困る。
こうなったら奥の手しかない。ユーリは立ち上がって、いまだチョコレートを混ぜ続けるフレンの手にぺたりと自分の手を重ねた。
「オレ、チョコよりお前の方がいいんだけど……」
「え……ちょ、ユーリ?」
「チョコじゃなくて、フレンのくれよ」
「……仕方ないな」
フレンがボウルを置いた。よし、第一段階はクリアした。
あとは当日までチョコレートのことを忘れさせるくらいに抱いてもらえれば、今年は勝ったも同然だ。
ユーリのその目論見は、翌日ぐったりとした体を起こすさわやかな声とむせ返るようなチョコレートの匂いにより、失敗したことを悟るのであった。。
---
お題提供:
capriccio様