NOVEL

さりげなく手を繋ぐ

 待ち人を発見し、小走りに駆け寄ってくるノエルを視界に認めると、レントはそちらに向き直った。
「おはようございます、継承者殿」
 ぺこりとお辞儀をする──返事の代わりに、「あ〜」と手をばたばたさせながら困ったような表情を浮かべるノエルがいた。
「レントさん、ちゃんと名前で呼んでくださいて言ったじゃないですか〜」
 非難めいたその言葉も、どこか可愛らしく映る。うっかり失念していた、と心の中で反省して、再びお辞儀する。
「申し訳ありません。では改めて……おはようございます、ノエル」
「おはようございます!」
 顔を上げたレントの表情は、僅かに緩んでいた。最近は人造人間らしからぬ心の機微という奴を、表情筋で表すことが出来るようになってきていた。これもノエルたちとの付き合いのおかげだろうか。
 そのまま、笑顔で挨拶を返すノエルに手を差し出す。
「では、行きましょう」
「はいっ!」
 ノエルは頬をうっすら染めてごく自然にレントの手を取り、そして二人はラインの街並みを歩き出した。

 遺跡の街ライン。
 ここには、ノエルの大切な思い出が詰まっている。
 今もレントの横で声を弾ませて、ここの通りの屋台がどうだったとか、あっちに花火を見渡せる絶景スポットがあるだとか、そういったことをレントに話してくれている。二人が歩くたびに、ノエルの手首にある鈴が揺れて軽やかに音を立てる。それすらも彼女の今の楽しそうな心境を表していた。

 だというのに、レントの中で形状しがたい不可思議な感覚が湧き上がってくる。

 いつの間にかレントは歩みを止めていた。つい、と繋いだ手を引っ張られ、ノエルが振り返る。
「レントさん、どうし……」
「ノエル」
「はい?」
「前任者とは、随分仲が良かったようですね」
「そうですね〜、でもみんな仲良しでしたよっ!」
「しかし、あなたが一番楽しそうな顔をするのは、前任者の話をしている時だ」
「そ、そうですか?」
 途端に困った表情になるノエル。ああ、こんなことが言いたいわけじゃないのに。どうしてノエルのことを考えると、前任者の存在がチラついてしまうのだろうか。今のことだって、レントの主観で勝手にそう思っただけで、事実としてそうであるという証拠はどこにもないわけで。

 自分は知っている。この感情の名は……

「あの、レントさん。あたし……」
 もどかしげに言葉を紡ぐノエルを遮るかわりに、つないだ手をきゅっと握り締める。また鈴の音がちりん、と鳴った。
「教えてください、ノエル。わたしの想いを受け入れてくれたのは、前任者の存在があったからですか? わたしが彼の、」
「違いますっ!」
 顔を上げて叫んだノエルの表情は、なぜだか怒っているように見えた。
 頬を染めて、振りほどいた手を胸の前で握りしめ、必死で伝えようとする。
「トランさんはトランさん、レントさんはレントさんです! 確かにトランさんは大切な仲間です! でもあたしが好きなのは……っ、初めて、好きになったのはレントさんなんですっ」
「…………」
「だからそんな風に言うのはだめですよっ! あたしは……きゃあ!」
 いつしか握った拳をぱたぱたと振りながら、レントが好きなのだと、これが自分の初恋なのだと、主張し始めたノエルは、言葉の途中でバランスを崩しレントに向かって倒れ込んでくる。それを危なげなく抱きとめると、レントは小さく答えた。
「ありがとうございます、ノエル」
 自分という存在を認めてくれる、自分は前任者の代役などではないのだと言ってくれる。そのことがただ、嬉しかった。

「ノエル、ひとつだけお願いがあります」
「はいっ、何でしょう?」
 それから我に返り、慌てて離れた二人。微妙にあいた距離のまま、レントがそう言って切り出す。
「わたしと二人でいる時は、その鈴を外してもらえませんか?」
「あ……」
 言われてノエルは、自分の手首に巻きつけてある古びた鈴に目をやった。手を上げると、ちりん、と小さく音がして、そしてそれを買った時のことを思い出す。
「いくら前任者からの贈り物だとはいえ、やはりいい気分はしないので」
「そ、そうですよねっ、あたしったら失礼でしたねっ! すいませんっ!」
 あたふたと鈴を外そうとするが、なかなかうまくいかない。そんなノエルの様子に少し苦笑を漏らしながら、レントはそっと指をかけて鈴を外してやる。

 今なら分かる。この感情の名前は『嫉妬』。

 鈴を懐にしまうノエルに、レントはぼそりと呟いた。

「これを贈るということは、やはり前任者はノエルのことを……?」
「あはは、それはないですよー!」
 だがその疑問は、当のノエルの笑い声により否定される。レントは首を傾げた。
「なぜ、そう言い切れるんです?」
 ノエルはそれに僅かに驚きの声をあげる。
「あれっ? 知らなかったんですか?」
 そしてきょとんとした表情で、

「だってトランさんは、クリスさんのことが好きだったんですよ?」
「!?」
 しれっととんでもないことを言う愛しい人に、レントはその日最大の驚愕の感情を覚えた。

「理解……不能だ、前任者……!」

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あとがき。

実はレノエが結構好きです。トラノエは無理ですごめんなさい……!
トランは……クリトラが……いいんだ……っ!(血を吐くように)
生存設定でダブルデート、でもよかったような気がするのですが、設定返しは私には無理でした……