NOVEL

触れるだけのキス

 エレメントハンターとしての任から解放され、ロドニーとキアラは他の年頃の男女のように付き合うことができるようになった。
 初デートに自家用ヘリで乗り付けられ、しかもその後何だかんだあってすっかりデートどころではなくなってしまったのはいい思い出だ。
 それ以来は、さすがにそういったことはなくなったが、キアラが想像していた以上にロドニーという男は彼女を振り回すタイプだったのだ。

 そして今日は、ロドニーが地球に降りてから何回目かのデートの日だった。
 お坊ちゃんなロドニーに比べて庶民的なキアラ。この日はそんな彼女に合わせて、キアラの住んでいる町を二人でぶらぶらすることとなった。
 夕方になり、高台にあるキアラのマンションの前の道路端に寄り添って、二人は新しく建設されたドームを見ていた。
「ふーっ、ノド渇いちゃった」
 キアラの手にあったのはジュースの缶。おなじみの『みらいオレンジ』だ。蓋を開けるのを見て、ロドニーは少し顔をゆがめた。
「どうしたの?」
「ジュースくらい、僕が買ってあげたのに……」
「そんなこと気にしなくたっていいじゃない、あたしが飲みたくて買ったんだから」
 ジュース代を奢るだの奢らないだの、初デートに自家用ヘリコプターで現れた人間が気にするようなことじゃない。キアラはかまわずジュースに口をつけた。
 その、とき。

「おーい、キアラー」
「あれ……レン?」
 こちらに気がついて、走って向かってくる少年の影。
 やがて息を上げて二人に近づいたレンの顔は、異様ににやけていた。
「お前らデートか、いやー熱いねえ」
「……オヤジくさいぞ」
「冷やかしなら帰ってくんない?」
 ロドニーは冷ややかに、キアラは少し怒ったように、それぞれがレンに告げる。だが生来鈍感である彼は、そんな事お構いなしだ。
「そう冷たいこと言うなよ……あー、それにしても喉渇いたー! なあキアラ、それ一口くれよ」
「えっ?」
 驚くキアラに、レンは両手を合わせてみせる。彼が言っているのは、もちろんキアラの持っている『みらいオレンジ』……レンの大好きな銘柄なのである。
「な! 一口でいいからさ!」
 頼み込むレンの瞳は一分の邪気もない。キアラははぁ、と息を吐くと、持っていた缶を掲げた。
「しょうがないわね、一口だけよ?」
「サンキュー、キアラ!」
 にっと笑い、レンがジュースを受け取ろうとする。だがそれより先に、二人の間にロドニーが割って入った。
「駄目だ!」
「へ?」
「ちょっと、何であんたが口出すのよ」
「そうそう、いいじゃねえか一口くらい」
「駄目に決まってるだろう! か、間接キス……なんて……」
 ロドニーの言葉尻はだんだん小さくなっていたが、キアラにはそれがはっきりと聞こえていた。
「はぁっ!?」
 キアラが素っ頓狂な叫び声をあげる。色白の頬には、綺麗に紅が差している。
「な、なな何言ってんのよ! バカっ!」
「何がバカなんだ! 怒るのは当然だろう!」
「そっ、そう、だけどぉ……」
 意外に熱いロドニーの反論に、キアラは勢いを失ってしまった。
 別に、レンをそういう対象だなんて思っていない。幼馴染で、恋愛感情を抱いているわけでもない。だからこそ、ジュースの回し飲みなんてことが気楽にできるというのに。
(意識しちゃうじゃない、もーっ!)
 レンなら平気だ。だけどロドニーはそのことを怒っている。嫉妬なんだと思えば多少は嬉しい気もしたが、このもやもやは何だろう。

 ぐるぐると一人で考え込んでしまったキアラをよそに、一方のロドニーは眉間にしわを寄せたままレンの前に立ちはだかる。自分の体でキアラを隠すように。
「な、何だよ」
「レン、例えば僕がアリーの口をつけたジュースを飲んだとしたら、お前だっていい気分はしないだろう?」
「……! そ、それは……」
 途端にレンの顔色が変わった。どうやら彼にも、自分の言わんとしたことが伝わったらしい。

「わ、悪いキアラ、やっぱり俺、エンリョしとく……」
「えっ」
「邪魔して悪かったな! じゃあな!」
「ちょっと、レン?」
 突然レンが脱兎のごとく駆け出していく。それを見送って、キアラはぽかんとしたまま呟いた。
「別に一口くらいならかまわなかったのに……」
「僕が言いたいのはそういうことじゃない」
「じゃあ何よ!」
 横からいらついた声が聞こえてくる。ロドニーを振り向くと、そこには予想に反して照れたような表情を見せる彼の姿があった。
「ロドニー?」
「……そのジュースを、一口くれたら教えてやってもいい」
「え……」
 一瞬、頭の中が真っ白になった。
 あたしのジュースを? ロドニーが、飲む?
「気にしないんだろう? それとも、レンはよくて僕は駄目なのか」
「そ、それは……」

 手の中のジュースとロドニーの顔を交互に見遣る。
 そうか、やっぱり嫉妬なんだ。教えられる前にキアラは気がついた。
 ロドニーとの間接キスなんて、あたしは気にしない? ううん違う。……恥ずかしいんだ。そしてちょっぴり嬉しい。
 しばらく悩んだ後、キアラは観念してジュースを差し出した。
「ひ、一口だけだからねっ!」
「ありがとう。責任は取る」
 缶を取り上げると、ロドニーはそう言って微笑み、ジュースを一口含む。その言葉の中に何か重い単語があったことに気付き、キアラは思わず聞き返していた。
「……責任?」
「こういうことだ」
「っ!?」
 驚く暇もなく、ジュースの返却のついでのようにキアラは手を取られ引き寄せられた。

 ファーストキスは、みらいオレンジの味がした。

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あとがき。
ロドニー的にはプロポーズのつもりです(真顔)絶対伝わらないだろそれ!っていう……
ここからまた喧嘩するたびプロポーズして仲直りというサイクルが始まるのですよ。
佐々木望だしねってあれそれなんて幽遊白書?