NOVEL

照れ笑い

 聖アルトリウス祭。
 毎年冬のこの時期に、エルクレスト・カレッジで行われる大きなお祭りである。寮ごとに様々な趣向を凝らしたパーティーが開かれ、そこで生徒達は親交を深め、甘酸っぱい恋の花を咲かせ、そして新たに学業へと向かう英気を養うのだ。

 もちろん、我らがオルランド寮でも、その準備は着々と進んでいた。二年目のこの祭りを迎えることとなったファムリシアは、慣れない衣装を身に纏い、談話室へと足を進めた。
「ど、どうでしょうか、カミュラさん」
「まあ、よくお似合いですよファムさん。馬子にも衣装、というやつですね」
「ありがとうございますっ!」
 ふんわりと微笑むプリフェクトの少女に深々と頭を下げて礼を言うと、すぐさま横合いからそれ褒めてないぞとのツッコミが入るが、それは容赦なくカミュラの鉄拳制裁により沈黙させられる。
「もう、カッツさんはデリカシーのないお方ですね。私はただ純粋に、いつもと雰囲気の違うファムさんに驚いただけです」
「ぜ……ったい、嘘だ……」
 床に顔面をめり込ませてぴくぴくしながら言っても、もちろんカミュラは動じることはなかった。ただ、両手を合わせてファムに向き直り、
「その調子で、ダンスコンテストも頑張ってくださいね」
「はいっ! バッチリです! 清純派ですからっ!!」
 拳を握り締めて頷くファムに、満足気にまた笑みを返した。

 今年のアルトリウス祭は、今までと少し違う趣向が取り入れられていた。シェフィールド寮のプリフェクトであるシャルロッテ・イエミツが、日頃からライバル心を抱いているカミュラに提案したのだ。
 曰く、『各寮対抗のダンスコンテストを開催する』──と。
 もちろん、これに乗らない我らがカミュラではなかった。開催の同意と優勝宣言を、提案されたその場で出してしまった。イエミツはカミュラの余裕たっぷりな態度にたいそうご立腹だったとかなんとか。
「よーし、頑張りますよっ!!」
 そして、オルランド寮の代表に決まったのが、今この場で拳を握って意気込んでいるファムリシア、という次第である。
「ところで、ファムさん……」
 その様子を微笑ましく見守りながら、カミュラが声をかける。
「パートナーは決まりましたか?」
「あ」

 談話室の空気が一瞬にして凍りついた。
 正直なところ、ファムはダンスを頑張る! とやる気を出すこととドレスを選ぶことにかまけて、重要なことを忘れていたのだ。
 パートナーを選んで、そして練習する、という大事なことを。
「ど、ど、どど、どうしましょうえまさま……っじゃないっカミュラさん!?」
「あらあら、まだ決まっていなかったんですか? アルトリウス祭はもうすぐですよ?」
「だ、だだ、だって……ダンスのパートナーっていったら、そりゃあもうラブラブなわけですよっ! そんな人あたし……」
「あ、ちょうどいい人が来ましたよ」
「もしかしたらその人がプリシアのおじいちゃんになるかもしれないわけで、ということはあたしと大恋愛の末結ばれてそりゃーもうラブラブハッピーな……え?」
 あわあわしながらそれでもしっかりと妄想を吐き出すファムに、淡々としたカミュラの声が届いた時には、既にその人物はファムのその姿をはっきりと見てしまっていたわけで……
「あ……いい人って、その……」
「…………」
 その人物は、片方だけ特徴のある竜眼を見開いて、着飾ったファムを見つめたまま固まっていた。
「ヴァ、ヴァリアスさんっ!?」
「はい、ぴったりだと思いますよ」
「……え? 何が?」
 カミュラは驚くファムにのほほんと返し、やりとりの意味が飲み込めないヴァリアスは、固まったままそう呟くのが精一杯だった。

「……というわけで、ファムと組んでダンスコンテストに出場しろ、と! カミュラさんは仰っているのだ」
「えぇぇええええっ!?」
 数秒後、どうにか復活したカッツから告げられ、今度はヴァリアスが驚く番となった。
「え、えっと、ダンスって言われても……俺そういうのやったことないし……」
「ファイトですっ! ヴァリアスさんはいい人だから、協力してくれますよね!?」
「まあ、ファムさんったら……『いい人』の意味分かって使ってます?」
 茶化すようなカミュラの言葉に、ヴァリアスが顔を赤くする。一方のファムはどうやら意味が分からなかったらしく、首を傾げるばかり。
「いいひと……つまり悪い人の反対ですっ!」
「そうじゃなくて……あーもう!」
 説明していいものかどうか悩んだ末、ヴァリアスは頭をかきむしった。流れ始めた緩やかな雰囲気で話題が終わりそうになった時、カミュラが手を叩く音で急速に現実に引き戻される。
「さあ、そうと決まれば早速練習です! ハリーハリー! 兵は拙速を尊びます!」
「あんたそれ、キャラが違……ふごっ!?」
 またもツッコミを入れようとしたカッツの頭蓋に、白い蛇が体当たりした。いつの間にファミリアアタックを……との言葉を残し、彼は再び床に倒れ伏した。
「カッツ先輩……」
「ご、ご冥福をお祈りします……っ」
 ぴくぴくしているカッツにそれぞれ言い残すと、二人はカミュラに従ってダンスの練習をさせられることとなった。

「えっと、ファム……その……」
「はい?」
 ぎこちなく手を差し伸べ、ヴァリアスはゆっくりとステップを踏み始めた。同じようにファムも足の動きを合わせようと必死にヴァリアスを追い、そのせいか返事もどことなく上の空だ。
「ドレスっ、に、似合う、ぜ……」
 かえって都合がいい、とヴァリアスは目をそらしつつ続けた。こんなむずがゆい言葉はさっさと聞き流してくれるに限る。だがそんな時に限って、ファムの目はまっすぐヴァリアスを見つめていた。
 そして真剣だった表情が、少々の照れを残しながらもぱぁっと華やぐ。
「ホントですかっ!? ありがとうございます!」
 心から嬉しそうなファムに、悪い気など全くしなかった。ヴァリアスの方も照れた笑いを返そうとした、その時。
「痛てぇーっ!?」
「す、すいませんっ、大丈夫ですかっ!?」
 慣れないヒールの高い靴を履いていたファムのかかとは、どういうわけだかしっかりとヴァリアスの足の甲をばっちりと踏みつけていた。

 その後しばらくごめんなさいを続けるファムと、手をぶんぶん振ってたいしたことないと強がりを続けるヴァリアスを見ながら、カミュラは一人いつもの微笑みを浮かべていた。
 初々しい二人に、アルトリウスの加護があらんことを。

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あとがき。

今年はクリスマスじゃなくてアルトリウス祭! セラフィックポメロは無いよ!(笑)
ヴァリファムって、ファムが口でラブラブ言ってるだけで全然進展が無かったので、せめてこのくらいは……!
という感じで、やってしまいました。あとはカツカミュとアウデンリート×シェフィールドも気になる。