華飾り





(後)


 家康が三成を招きいれると、病室は風の踊るように賑やかになった。
 半兵衛は起き上がり、家康の連れてきたのが誰かと気付いて目を瞠った。当の三成はさすがに恥ずかしいのか無言で下を向いたまま半兵衛の床の傍らに座り、両手を畳について頭を下げた。
「お…及ばずながら、…半兵衛様のお望みのままに…」
 口上を述べる声はおとなしく小さく、家康は背後に座りながらはらはらした。
 けれど半兵衛がやがて楽しそうに笑い声をあげると、三成は視線を上げた。
「あぁ、…まさか本当に見せてくれるなんてね!ありがとう、僕のために三成君、…それに家康君も」
 半兵衛はほんとうに楽しそうに言った。無理を頼んですまなかったね、と労わるように言われ三成は慌てて首を横に振った。
「とんでもございませんッ、…半兵衛様がお元気になられるなら三成はなんでも」
「うん。久しぶりに楽しい気分になったよ。声を出して笑ったのも久しぶりのような気がする。…あぁ、君の格好を笑っているんじゃないんだよ、三成君?僕はね」
 “―――昔に戻ったようで、嬉しくってさ”
 半兵衛は言った。三成と家康は声を飲み込んだ。
 半兵衛はそれから、三成へ手を差し伸べた。綺麗だねぇ、きっと病魔も恥ずかしくなって逃げ出すよ、と言いながら。三成はそっとその手を取った。恩師の手は記憶にある昔握ったときよりもずっと薄く、三成は、何もできない自分が悔しく紅い唇をきゅっと噛む。
 察したように半兵衛は柔らかく笑った。
「三成君随分大きくなったよね。あの頃はまだもっと華奢で…秀吉の贈った刀が身体に比べて随分大きくて」
「…半兵衛様」
「懐かしいなぁ。よく探してきたね、その着物も華飾りもあのとき着てたのとよく似てるよ。やっぱり君は記憶力がいい」
 そして半兵衛は、少し咳き込んだ。三成と家康に介添えされて再び床に横たわると、ほんのり色づいた頬を三成に見せて、秀吉にも見せてやりたいなぁと控えめに呟いた。
 忙しい秀吉を呼ぶのは日頃避けている半兵衛だけに珍しいことだ。―――家康がすぐ立ち上がった。半兵衛の手を握っていた三成は顔を上げた。
「では、ワシが太閤殿にお声をかけてきます」
 明るく告げる。三成が、家康、と呼び掛けると家康は部屋をもう出ていきかけながら肩越しに振りかえった。
「大丈夫、太閤殿は話のわかる方だ。待っててくれ」
 ―――すべての話を聞いていなくても、家康にはなんとなく、此処に自分はいてはいけないと、もうすでにわかっていた。三人だけの小さな密かな思い出を語るのには自分の存在は邪魔だと思った。その中に混じれないのは口惜しくはあったが、半兵衛が懐かしむ時間はあの美しい三成以上に美しいに違いない。過去を紐解く半兵衛の残された生を想って家康は少し項垂れた。



 秀吉は家康の話を聞くとすぐ駆けつけた。三人だけの睦まじい時間が過ぎていく間、家康は三成の着替えた部屋でひとり、話が終わるのを待っていた。
 三成が現れたのはもう随分夜も更けてからだった。昼間の女の格好のまま戻ってきた三成は、終わったか?と問う家康に、あぁ終わった、とだけ素っ気なく告げた。
 それから家康の前に着物の裾を注意深くさばきながら座った。半日足らずの間だったが、女物の着物も、それを着て動く所作も着替えたばかりよりは板についており夜更けの燭の灯りに影の踊る室内では、間近であってもどこかほんとうの女性のように思え、家康はなんだかまっすぐに見るのが惜しいような気がしてそっと視線を外した。
「…貴様には、手間をかけた」
 ぽつりと声がした。落ち着いてはいても、いつもの三成の声だった。家康はそれを聞くとゆっくり首を横に振った。
「役にたてたならよかった」
「…」
「半兵衛殿、朗らかだったな。あんな様子は、久しぶりに見た気がする」
「…そう、だな」
 そこで会話は途切れた。それぞれに想うものがある。―――家康はふと笑顔になった。真正面から三成を覗きこむ。
「なぁ、今更だが。綺麗だぞ、三成」
「…は…」
 三成はぽかんと口をあけた。―――直後、耳まで真っ赤になり、同時に額に青筋をたてる勢いで三成はいつものように怒鳴った。
「―――ッ、馬鹿か貴様はッ。ほざけ!」
「いや、ほんとうにそう思うぞ。」
「五月蠅いッ」
 吐き捨てるように言うと、三成はぷいと横を向いた。家康は声をあげて笑うと、逆毛をかきまぜた。
「…半兵衛殿も、お前の心根に慰められただろう。過去に目を向けるのがいいとはワシは思わないが、今日のようなら楽しいことだ。きっと」
 三成は黙って立ち上がった。どうした、と問えば、脱ぐ、と言う。家康は寂しく惜しくなった。思わず白粉の塗られたその手を取る。なんだ、と三成が見下ろしてくる。目元の朱、唇に差された紅、髪に飾られた藤の花もいつか思い出になるのだろうか?―――
「…三成、」
 呼びかけて手を引く。予想に反しなんの抵抗もなく、すっぽりと三成は家康の腕に倒れ込んだ。まるで待っていたようだと感じて家康はどきりとした。胡坐のうえに抱き抱える格好になり、向かい合わせになる。
「…半兵衛様は…耐えていらっしゃるのだ」
 震える声が告げる。その先を三成は言わなかったが、家康にはわかった。やがていなくなる恐怖は武将なれば誰しも心の奥底にもっているものだが、残りの命を数え数えて、じわじわと死んでいく自分、その過程を見つめ日々を過ごす恐怖はあまりにも受け身であり、口惜しい。半兵衛様の悲憤いかばかりか、という無言の悲痛な問い掛けだけは家康にも分かった。
 家康はよしよしと三成を抱きしめ髪を撫ぜた。朱色に縁取られた双眸が家康を見上げ、血のように鮮やかな唇がもの言いたげに開く。
「三成、」
「なんだ」
「ワシが脱がしてやる」
 場違いにさらりと言って家康は笑顔を見せた。三成の頬にさっと紅が差した。だから貴様に頼るのは嫌だったのだ、という呟きが聴こえた。少し哀しくなって、家康は訊いた。
「ワシに頼りたくなかったか?本当は?…手伝ったのは迷惑だったか」
「―――ッ、そういうことでは、ない。手助けには感謝している…それは本当だ」
「じゃあなんで今?」
「…貴様が、余計なことを…言うからだッ」
「余計なこと?」
 三成は苛立ったように顔を逸らせたが、体は逆に家康に寄り添うように近づき、縋るような触れかたに家康は嬉しく、三成の言葉の続きを待った。
「…美しいだと?無様なことだ。秀吉様の左腕として相応しくない、私への侮辱だ。だから私にその言葉を使うな」
「しょうがない。ワシはほんとうに、そう思うんだから。侮辱なんかしてないぞ。お前の真摯な頼みだからワシは引き受けたんだ」
「―――それに」
 三成は言葉を継いだ。家康は、なんだ?と顔を覗きこんだ。三成は暫く黙りこんでいたが、やがてぼそりと呟いた。
「…結局、貴様の思うとおりになる私が、気に入らん」
 家康は瞬きすると、くつくつと笑った。笑いながら、そっと寂しい吐息をついた。
 家康の「思うとおりに」とは、三成の「思うとおり」とどれほどにかけ離れているのだろう。互いの間にあるつながりは頼りなく脆く危うく、何処に確かな絆があるのかと家康はいつも目を凝らし、探す。見えないまま三成に触れる。触れた先には互いの熱はあれど、宙に伝導し放出されるごとくすぐつめたくなる。目で見て、声を聴いて、触れて触れて触れ続けないと家康は三成が其処にいて自分を見てくれていると実感できない。だから何度も呼んで、何度も触れて、結局その腕の中に三成の心を訊かないまま抱いた。己のこころを伝えることも曖昧のまま。恐ろしいことだ―――いつか、彼を無言で抱きしめ壊してしまうのではないかと想像し慄き、それでも見ることも触れたい心も諦められない。
 目の前に普段と違う様相でいる三成は、だから家康にはどことなくいつものような罪悪感なく、むしろ近かった。夢の中のいっときのことだと思えばいいのではないかと。
 家康は、黙って三成の唇に口づけた。
 畳の上に打ち掛けごと押し倒す。押さえつけた身体は三成なのに、三成とは別人のようだ。家康は苦笑した。なにを笑っている、と三成が声を荒げる。
「いや。…ワシがこうしたことも、お前は覚えていてくれるのかと」
「…何?」
「ん。なんでも、ない」
 家康はそのまま言葉を切り、また三成に口づけた。家康は豊臣に連なる位置に今は居て、けれど全てを豊臣に捧げるつもりは無い。豊臣色したものにだけ続く三成の記憶は、いつか家康という存在を無かったことにするのかもしれなかった。それが家康は怖い。



 互いの口を貪るように吸い上げる。家康の手は打ち掛けを剥ぎ、帯を解く。小袖のさらに下、単衣の中にすぐと差しこまれた腕は中からなにかを抉るように動き、三成の肌の上を滑ってゆく。触れるようで触れないほんの少し浮いたような優しい触れかたに、三成はやがて焦れたように甘い声を出した。反対の手ですっかり肌蹴けた布から覗く皮膚をこちらはするりと撫でつければ、掌にわかるほどに三成の皮膚は粟立っている。ん、とまた甘えるような声が出る。
 家康は何度も目を閉じては開き、目の前にいる三成を新しく見つけて見つめ直した。普段青白い皮膚は白粉の上に僅かに汗を滲ませ、ねとりと絡みつく特有の匂いがやはり別人のようで―――家康は一瞬不思議になり、唇を食むと首筋を舐った。耳に届く声も甘くやさしい。この格好のせいなのか、半兵衛の病魔を祓うとして身に纏った?―――魔はむしろ今此処にいて家康と三成をどこか得体のしれない感情へ引き摺りこむように思える。
 脚を開かせこれも白い腿の内側の皮膚に家康は口づけた。そこは柔らかく薄くひっそりと汗ばんでいた。舌で辿ると甘く感じて家康は笑った。もっと奥に近い皮膚へ顔を寄せて、口を開きかぷりと噛みつくと三成は長く声をあげて啼いた。下帯をじゃまとばかりにいちどに引き抜くとすでに湿りを帯びたものが震えそそり立つ。家康は躊躇なくいとおしげに口に含んだ。三成の身体が跳ねる。
「や、…あ、あッ」
「まだなにもしとらんぞ、ワシは」
 意地悪く言いながらきつく手で扱き嚢を揉みしだき、舌を絡め吸い上げると三成は肩袖だけ単衣にとおったままの両手で家康の逆毛の頭をわしづかみ、ぐしゃぐしゃにかき混ぜた。その間も、普段時折身体を繋げるときと音色の違う声が、高く低く甘く流れる。あぁ女のようだ、と家康は思った。思ってから、少し後悔した。三成が女だったならばこんなに惹かれることはなく、惹かれていたとしたらこんなに迷うこともなく、すぐと手に入れて囲って、豊臣のことなんか忘れ去らせてやるのに―――
 家康、と三成が呼ぶ。家康は詮無いことを考えながら、三成自身をなおも舐り苛めているのだった。やめろ、と、命令を装った、けれど赦しを請うような言葉が出た。家康はこころの奥でふと笑い、悦んだ。
「やめない。こんなに三成が悦んでいるのに」
「あっ、あ、あぁ…やめてくれ、もう」
「三成。綺麗だ―――ほんとうに」
「…言う、なッ」
「綺麗だ。きれいだ。ワシはきれいなお前を抱く」
「調子に…ッ、のるなァッ」
「なんとでも言え。ワシはお前が、…」
 ―――そして言葉は途切れる。家康は苦しげに笑った。三成がいつかこの瞬間を「思い出す」ときにも、その言葉はきっと現れないのだ。何故ならもっとも大事なときに家康はその言葉を―――すきだ、と、言えないし、言わない。お前が大事だ、豊臣なんか屠ってしまってお前だけが欲しいと、浅ましくも黒い想いが、身を繋げている刹那にすきだと発してしまえばもろともにぼろぼろと零れ落ちてしまいそうで。三成が家康のそのこころのうちを知れば、去っていってしまいそうで。
「三成、…お前は、うつくしくて、…」
(そして、哀しい)
 激しく扱き同時にずるりと音のたつほど吸い上げれば、三成は痙攣したように身体を震わせた。嫌だ、と反応と真逆の言葉が家康の耳を抉り、同時に家康の口中にびゅる、と生々しくも苦い液体が吐き出される。家康は歓喜のうちに飲み下す。三成の泣きだしそうな呼吸が愛おしい。
「なにが、嫌なんだ?三成」
 三成は腕で瞼を隠し、脚をだらしなく開いたまま唇を動かした。あぁ嫌だとも、と泥の中へ沈むような声が家康を刺す。ワシに抱かれるのはそんなに嫌か、と呟くように問えば、意外にも三成は首を横に振った。
「私の意識が…貴様に向かう、そのことが口惜しい」
「…三成?」
「私は醜い」
 三成は口元だけで哂っていた。うつくしいものか、半兵衛様のお役に立てず、いまだ秀吉様の天下平定も為らず。
「私にできるのは、…思い出の底の己を、無様に半兵衛様に差し出しておもてむき、無聊を慰め笑っていただくくらいのことだ。…なにもできないくせに、今その責も負わず、こうやって貴様に」
「…三成」
「貴様に、縋っている。」
 こんな格好を、呼び起こさなければよかった。三成はそう言って自分を嫌う。捨ててきた己なのに、捨ててきたと思っていたのに、やはり私はなにも出来ず、醜く弱いままで―――
「…そんなことがあるものか!」
 家康は吠えるように言うと、三成の口に噛みついた。そんな言葉を吐くな、と。
「ワシに縋れ。それでいい。半兵衛殿のことは、誰も、誰にもどうにもできない。かわって差し上げたくともできないんだ。お前がそんなに自分を責める必要があるものか!哀しいなら縋れ、泣け、なぁ三成?」
 言いながら三成の口を吸い、家康はまた三成を強く握りしめる。濡れそぼってゆく滴を掬い後孔に指を入れぐるりとかきまぜる。繋がった三成の口から悲鳴があがった。まだ回数を重ねていない身体はさほど慣れておらず、家康はけれどすぐに指を二本、三本と増やして何度も内部をひっかき、弱いところをさぐり、つま弾く。いえやす、と三成が零れる唾液の水音に塗れた声で呼んでいた。
「だめ、だ、そこは―――ッ、」
「だめじゃない。此処がいい」
「う、あ、ああッ。いえやす、…家康、家康ッ、もうやめっ」
「ワシは知ってる。お前がうつくしいことも知ってる。お前が半兵衛殿をどれほど大事に想ってるかも知ってる、―――」
(ワシを、それにひきかえて、どうとも思っていないこと、も)
 苦い想いを飲み込んで、家康は昂ぶった己を取り出すと三成の中から指を引き抜き、押し込んだ。切ない甲高い声が家康を呼んだ。嫌だ、止めろと制止の言葉を叫びながら、三成の腕は家康を抱きよせ縋りつく。押し入った家康の猛る分身がその場所を激しく突きあげると三成はぎゅっと目をつぶって腰を自分から押しつけてきた。家康の腹筋に三成の、また固さを増したものが擦れてぬるりと滑りくちゅりと密着するたびに音をたてた。
「三成、…きれい、だ」
 家康は唇を放して三成の耳元に囁く。ふざけるな、死ね、と酷い言葉が聴こえて、家康は瞬きするとほんの少し安堵した。自分の抱いているのはまぎれもなく三成で―――夢の中の見知らぬ女でも、豊臣の過去の中だけにいる三成ではなかった。
「…すきだ」
 掠れた小さな声が出た。三成からの返答はなかった。家康はそっと笑うと、なおも強く三成を突いて揺さぶった。あ、あ、と幼い声が揺れてたゆたう。
「あ、…あ―――…ッ」
 ひと際甲高い声と同時に、家康は三成の中へ思う存分精を注ぎ込んだ。弱い部分に当たった熱いものは三成を震わせ、三成もほぼ同時に互いの密着した腹と胸の隙間に白い液体をほとばしらせた。家康は抜き差しを終えてそっと自身を三成から外す。どろどろとあふれる感情もなにもかも美しくて切なくて哀しくて、―――今だけは家康のものだと、どこか遠くてもそう思えて、嬉しかった。
 強く強く、抱き締める。三成は、半兵衛様、おゆるしください、と呟き泣いていた。家康は涙も舐め取って、口づけた。甘い舌先は、お赦しをと呼びながら家康の求めに同時に応えてくる。全部ではなくとも、家康のところにいる、それが家康は嬉しい。
 


 すべては思い出になっていく。
 この熱くて狂おしい時間を、三成が思い出として呼び起こすとき。自分と三成がどうなっているのかは誰も知らず―――今日の秀吉と半兵衛と三成のように、「あの頃」を懐かしく穏やかに話しあえるような関係でずっと在れればいいのにと切に願い―――家康は何度も三成に口づけた。白と紅、藤色の絹と銀の髪に揺れる華飾り、さやさや囁く衣ずれの音、三成の吐息、皮膚に伝う熱、互いを繋ぐ静かな水音。綺麗な三成の姿も、誰より美しいその心も、すべてそれまで家康は覚えている。三成が家康から遠ざかり、すべてを忘れてしまっても己だけは忘れず覚えておこうと誓いながら、家康は三成を抱き締めた。(了)


イベント用ペーパー原稿のひとつを改訂したものです
最初のものの、多分3倍くらいに増えてます…だいぶいちゃいちゃっていうか無駄にえろくなった(汗笑)

約束どおり大和正宗様に捧げます!!