キャラメルにリボン





(10)


当然ながら、元親はその夜、よく眠れなかった。
昨日政宗と話した後、クラブで黙々とシュート練習を、いつものおそらく3倍は打ったと思う。そうでなければ佐助が、あんたいいかげんにしときなよと止めたりしないだろう。
だから体は疲れているはずだけれど、寝付けなかった。政宗の言葉がずっと耳にこびりついて離れない。
「優柔不断で、臆病・・・か」
歯に衣着せぬ物言いは政宗の、どちらかと言えば長所だと元親は知っている。無用の波風をたてることもあるけれど、大抵はちゃんと彼は空気を読んでいて、彼の言が本当のことであっても場を凍らせるようなことはない。むしろ、うまくその場を収束させる役割をすることのほうが多い。
でも、昨日のは、そういう普段の彼とも少し違っていた。本音というよりは―――
(本性、て感じだったな。あいつと付き合って長いが、あんな顔ほとんど見たことねぇ)
少しいいかげんで、バカ騒ぎが好きで、目立つことも好きだけれど本音はいつも隠している。その向こうの、彼の素顔まで突き抜けて見えた気がした。
(あいつ、本気で元就を―――)



「おはようで御座る」
声をかけられて、はっと元親は顔を上げた。
振り返ると、幸村と元就が立っている。下腹のあたりが、ずんと重く苦しくなって、元親はおはようと言いながら元就から視線を外した。
幸村はにこにこと、屈託無く話してくる。元親は頷きながら聞いてやった。そのうち昇降口が近づき、元親は密かにほっとした。元親がぼんやりしているうちに、元就は生徒会の後輩に呼ばれたらしい、軽く、ではと言うとそちらへ行ってしまった。
元就を見送りながら、幸村が怪訝そうな顔をした。
「・・・喧嘩でもしておられるのか?」
「え?誰が」
「毛利殿と長曾我部殿でござる」
元親は固まった。
「そんなわけねぇよ。なんで」
「いや、なんとなくいつものお二方と違うと思った次第。・・・目を合わせて話しておらぬゆえ」
「・・・・・・」
「あと・・・毛利殿が・・・」
幸村は首を傾げた。
「毛利が?」
「寂しそう・・・だろうか?」
「え・・・」
意外な言葉に元親は息を呑んだが、幸村は左右に首を二、三度振ると、笑顔をつくった。
「申し訳ござらぬ。幸村も、よくわからぬ。勝手なことを申した。許されよ」
幸村は元気よく一礼すると、自分の教室へ向かって行ってしまった。
後ろから歩いていたらしい佐助が、あーあと嘆息しつつ、近づいてきた。
「あの鈍い真田の旦那にまで言われるって。ある意味不自然さにじみまくりってことだよ、長曾我部の旦那・・・」
「不自然って、言われても。ほんとに、俺たち喧嘩してるわけじゃねぇし。俺はただ」
「なにをそんな考え込むことがあるわけ?・・・好きなら好き、嫌いなら嫌いでいーじゃんよ、もう」
不思議と、その言葉自体が元親にはひっかかるのである。
「好きなら好きで、いい、のか・・・?ほんとうに?行動しても?」
「そりゃあ、そうでしょうが。あんたは毛利さんが好き、毛利さんもあんたが気に入ってる、恋人だって確認済みなんじゃないの?俺様の記憶違い?」
「・・・合ってます」
「だったら、何を悩むわけ?行動してもしなくても状況変わらないなら、当たって砕けてみりゃいーんじゃないの?ほんっと、毛利さんがらみだと、あんたは無駄に臆病だよね」
政宗にも言われたその言葉を再び聞かされ、元親は困って俯いた。
「まぁ・・・そんだけ毛利さんが大事なんだろうなっていうのはわかる気もするけどさ・・・」
元親は、ふと佐助を見つめた。
「猿飛よう」
「ん?なに?」
「お前、すごくよくわかってくれてるっぽいよな」
「・・・え?」
「普通、野郎同士の話なんて、引くだろ。いや、実は引かれてるのかもしれねぇけどさ。いっつも律儀に考えてくれてるよな。すごいな。懐広いってぇか」
突然の賞賛に、佐助は面食らった。
「・・・ははは、・・・そう?俺様すごい?」
「おう。すまねぇな、って思ってる、いろいろ。ありがとな」
佐助は、引き攣った笑いを浮かべた。元親は多分、本当にそう思って感謝しているのだろうが。
「あのさ。褒めてもらって嬉しい・・・んだけど、論点ずれてるよ?俺様の言いたいのはひとつ、ちゃんと集中してほしいってこと。これが原因で練習に支障が出るようなら、監督に言って、あんたレギュラーからはずしてもらうからね」
照れ隠しなのか本音なのか。さらっときついことを言う佐助に、
「ちぇっ。褒めて損したぜ」
元親は溜息とともに苦笑をこぼした。
佐助はさらに、はぐらかすように続けた。
「んなことに悩んでる暇あるなら、もーちょっと建設的なこと考えなよ。今度の試合のこともだけど、進路どうするかとかさぁ」
「・・・え?」





「え?じゃないでしょ。まさかなーんも考えてないんじゃないだろうね」
「いや、バスケは考えてる・・・けど、進路?って言ったか?」
「言ったよ?あんた内部進学希望だよね、俺様と真田の旦那もだけど。毛利さんはどうするって言ってた?」
「・・・・・・」
なにかがすとんと、腑に落ちた気がした。
「あぁ、そうか・・・俺ら、そういう時期だったな、そういや」
「そうだよ!だから毛利さんだって春休み勉強しに行ってたんでしょうが。違う?」
「そう・・・だな」
話しているうちに佐助のクラスに近づき、二人はとりあえずそこで別れた。元親は口元に手を当てて考え込む。
(そうか。・・・俺は、納得してないんだ)
元就と、恋人らしいことをしたいという単純な欲求。元就の母親からの、傷つけないでという言葉。
(それでも俺が、元就と、願うとおりになったとして―――)
“そのあと”、というものが見えないから、不安で。だから彼に触れることに納得できないのだと気づいた。
政宗ほどに、自信を持って言い切れないの理由も。



この間の、政宗と元就の会話を思い出す。同じ職種の会社を、同じように将来は支えていく予定の二人。たとえば政宗が今の元親の位置にいるとして、元親のような迷いを持つ必要は、おそらく、無い。元親には企業云々はよくわからないけれど、二人が親密になれば、それはそれで好都合なことも多いのは理解できる。
でも、元親には―――何もない。少なくとも、今は。
急に、自分が二人と比べて例えようも無く小さい存在に思えて目を瞑った。
もしかしたら、政宗が望むとおりになったほうが、元就には幸せなのかもしれない―――
(俺は、やっぱり。普通に、元就とは友達として・・・親友としていたほうが、あいつのためにも)



教室に入ると、政宗がいた。元親は、昨日あんなことがあっても彼を無視はしたくなかったので、おはようと声をかけた。
政宗も、ふんといつものように少し人を小馬鹿にしたような笑いを浮かべて、おうと応える。その間に、元親は、政宗に近づいた。
「昨日のことだけどよ」
「ん?あぁ。なんだ、ちゃんとオレと、やりあう気になったか?」
「いや。・・・お前が、あいつを傷つけず、あいつもお前を望むというなら、俺は―――」





続いた言葉に、政宗はぽかんと、元親を呆れて見つめた。
やがて、呆れは苛立ちと、舌打ちに変わった。
「アンタ、それでいいってのか。・・・だとしたら本気で臆病な奴だな。がっかりしたぜ、アンタにとっての毛利サンはその程度なのか?」
元親は眉を顰めた。
「お前に、そんなことは計らせないし、俺自身がお前に負けてるとは思わねぇよ。・・・俺はただ、あいつを傷つけたくないだけだ」