キャラメルにリボン





(15)


「元就どの!参りましょうぞ」
週末の放課後、幸村から突然そう声をかけられて、元就はぽかんとした。
「?何処へ?」
「団子屋でござる!」
「正確には和菓子屋さん、だろ旦那」
いつの間にか佐助も傍にいる。元就は、あぁと頷いた。
「先日の話か。・・・伊達は?」
少しとまどいながら尋ねると、幸村は頬を膨らませた。
「政宗どのは、今日は用があるそうで断られたのだ」
「・・・それで、伊達を置いて行っていいのか。奴は了承しているのか?」
「なあに、今日は我ら三人で行って、後でまた一緒に行けばいいのでござる」
「つまり真田の旦那がどーしても我慢できなくて食べたいから、先に勝手に行くんだよね」
「ち、ちがう、幸村は、・・・そう、偵察に参るのだ、話どおりどれだけ美味いのか確かめに」
しどろもどろに子供っぽい言い訳をする幸村に、佐助と元就はほぼ同時に溜息を吐いた。顔を見合わせると、佐助は笑った。
「で、どーする、毛利さん?暇だったら気分転換に、うちの旦那につきあうのもいいと思うよ」
「・・・・・・」
そうだな、と、しばらくの後元就は頷いた。



みっつ先の駅は、最近再開発が進んでいる。少しばかり日本らしさを打ち出そうということだろうか、海外からの観光客が喜びそうな街並みになったな、とここしばらく来ていなかった元就は思った。
人工水路の両側に石畳の街路がつづき、その一角に紅い和傘と、路面に出されたいくつかの縁台。店の名の染め抜かれた暖簾を見つけて幸村がここだと歓声を上げた。
品書きにはいろいろとあったが、幸村は迷わず団子を頼んだ。元就もそれに倣った。
ここのはたれが美味らしい、と幸村が話している間にもう団子をあぶる匂いが漂って、幸村の腹がぐうと鳴った。元就は思わず微笑んだ。注文に行っていた佐助が戻ってきて幸村の隣に座る。
「うーん、竜の旦那、やっぱほうって行かれたって後で聞いたら怒るかもね?毛利さんと一緒っていう腹積もりはともかく、ここの団子真面目に美味そうだし」
「・・・え」
元就は少し焦ったが、佐助は特に何も続けては言わず、あんたも団子と友達だと団子取るって薄情だよねぇと幸村をからかった。
幸村は顔を赤くして、でも、と反論する。
「だ、だから。さっきも言ったではないか、先に店の偵察に来たと思えばいいのだ。政宗殿とは今度また一緒に来ればよい」
「あぁ、はいはい。ったく、ほんっとに甘いものに目がないねあんたは・・・」
佐助は呆れている。
やがて団子の皿と茶が運ばれてきて、三人は空腹だったのもあってそれぞれにほおばった。
「あ、ほんとだ美味い」
「うむ!来てよかった!!幸村幸せでござる!元就どのはいかがでござるか?」
元就は、もぐもぐと口を動かしていたが無言である。幸村がひょいと顔を覗き込む。
「元気が無くておられるな。口に合わなかっただろうか?」
「いや。美味い」
そうして、もう一串、手を伸ばした。元就が世辞を言う人物ではないことは幸村も知っている。手が伸びたということは本当に美味いと思っているからだろう。幸村はにこりと笑顔になった。
「そうか、よかった!団子の味がわかる方にめぐり合えるは幸せの限り、幸村は、元就殿と友人になれて嬉しいでござる」
単純な言葉に、元就はしばらくあっけにとられて幸村を見つめた。それからふと笑った。
きっと以前のままの自分ならば、この真っ直ぐで世間知らずの青年と、口もきいていなかっただろう。ましてやこうして一緒に甘味を食べているなど奇跡に近い。
それもすべて、長曾我部と知り合ってからのことだな、と元就はぼんやり思った。



団子はすぐに残り一本になった。
佐助おかわり、と当たり前のように幸村が言う。ったくまだ残ってるじゃんと言いながらも、予測してたとばかりにすぐ立ち上がる佐助に、元就はほんの少し気持ちが和らいだ。
佐助が追加の団子を注文しに店の中へ行った間に、元就はなんとなく幸村へ話し掛けた。
「真田は猿飛と仲が良いな」
幸村は遠慮なく最後の一本をほおばりながら、目を瞬いた。
「それは。佐助は幼き頃より一緒の従兄ゆえ、当然でござる」
「・・・そういう繋がりはともかく、猿飛が貴様をとても大切にしているのは、見ていてよくわかる」
なにげなく元就は呟いた。
幸村は、それを聞いて少しむくれた。
「幸村とて、佐助を大事に思っている」
「そうか?今もああやって言いつけて、団子を買いに行かせているが・・・それでなくとも、いつも猿飛は貴様の面倒を見ているように見受けるが」
「え、そ、それは、」
焦る幸村が面白くて、元就は思わず微笑んだ。
「従兄で、幼馴染で、兄弟のような、親友。か?我は兄弟がおらぬゆえ羨ましくもある」
「でも―――毛利殿も、長曾我部殿という親友がおられるではないか」
幸村が最後の団子をもぐもぐと食べながら、当たり前のように言った。元就は眉を顰めた。
「・・・そう見えるか?」
「え。そうでござろう?違うのでござるか?」
「いや。違わないが、・・・」
しばらく首を傾げて、元就は幸村に問うた。



「真田」
「なんでござるか」
「・・・恋人、とは、なんであろうな」



幸村は、固まった。
驚きすぎて喉につかえたのだろう、慌てて盆に乗っていた茶を勢いよく飲んで、あちっと悲鳴を上げた。その慌しさに元就は呆れてとんと幸村の背を叩いた。
「落ち着け、貴様」
「お、落ち着けって。吃驚もしようもの・・・な、・・・なんで突然そんなことを幸村に訊かれるか!?」
やっと一息ついて、幸村は顔を紅くして元就を見つめる。元就は首を傾げた。
「・・・他意はないが。疑問に思ったから聞いてみた、此処に貴様がいたから」
「え、そんな理由でござるか・・・」
「・・・ふむ?我と同様、浮いた話は不慣れか?」
「・・・た、確かに破廉恥話は苦手でござる。なにも苦手な者に訊かずとも・・・この話はでは、これにて―――」
「で?貴様の意見は」
幸村の逃げ腰にはまったく頓着せず、元就は追究する。幸村は困った。
「で、って・・・も、毛利殿・・・こ、恋人でござるか・・・うーん」
しかし根が真面目なため、幸村は、一生懸命考えはじめる。



「そ、そうでござるな・・・一番好きな、いつでも顔を見ていたい声を聴いていたいと思う相手・・・で、あろうか」
「ふむ。他には」
「あとは・・・二人でいると嬉しくて・・・いないと哀しくて、」
「・・・ふむ」
「離れていたら、どうしているだろうと、会いたくなって」
「・・・なるほど」
「と、時には手をつないだり、」
「・・・」
「・・・せ・・・接吻・・・を」
そこまで言って、幸村は耐えられなくなったのか、突然頭を抱えて喚いた。
「うわあぁぁ!破廉恥でござる!幸村これ以上は無理でござる!!!」
元就は、幸村には動じず、考え込んだ。



“俺が、どんだけ我慢してるか”
“恋人ってのは、こうやって”



幸村が、おずおずと声をかけた。
「あ、あの、元就どの。どうして急にそんなことを?・・・恋人がおられるのか?」
「え。・・・いや・・・」
元就は少し焦って、否定とも肯定ともつかない返答をした。幸村は勝手に何か納得したらしい。
「あぁ、そうか!恋人とは何か、と尋ねるということは・・・恋人にはまだなってないのでござるな!これから、そうなりたいと思っておられる相手なのか?」
「・・・これから・・・」
これまでも、そうだと宣言してきたはずだ。
でも、ほんとうの意味でそうなっていなかったのだろう。
少なくとも、元就には「恋人」という言葉の意味することも、重さも、理解できていなかった。
(あの日は、・・・驚いた、けれど)
急に元親に触れられて、頭が真っ白になったのは事実だ。
(でも、・・・嫌なわけでは、ない。嫌ではなかった。だから受け入れた)
(一緒にいて、手をつないで、触れあって、・・・キスして)
あの日同じように政宗と元親、二人と密着しても、感じたことはまるで違っていた。



突然、リアルに元親とのキスが蘇って、元就は急にわけもわからず動揺した。顔が熱くなった。茶を飲もうとして、さっきの幸村と同じように熱いことを忘れていて、舌先を火傷した。幸村が大丈夫でござるかと焦っている。



(・・・なにやってんのあの二人は・・・)
追加の団子が焼きあがるのを待っている間、なんとなく背後から響く声を拾って聞いていた佐助は、こっちが赤面ものだよと頭を抱えた。
幸村の答えの内容は予想がつくし声の大きさも慣れっこだが、元就の質問に何より驚き耳を疑った。
(今頃「恋人とは」って、・・・もしかして、長曾我部の旦那と、まだちゃんと恋人になってない?してないとか?・・・そりゃあ俺様が旦那でも、泣いてるかも・・・恋人だって認識して宣言してるのになんにもできないってそれどんな我慢大会?)
(・・・しかもなんで真田の旦那に聞くかねぇ?人選ミスにも程度ってもんがあるでしょうに)
けれど聞こえていたとも言えない。
佐助はタイミングを見計らってそ知らぬ顔でお待たせーと追加の団子と茶を二人のところへ運んだ。
幸村は顔が真っ赤である。元就も同じように耳が赤く、俯いて無言。佐助は内心可笑しいのと呆れるのとで表情が崩れそうになるのを必死にこらえ、二人に話し掛けた。
「どうしちゃったのさー二人とも?おかわりいらないの旦那?毛利さんも食べて食べて」
その声に、やっと幸村は顔を上げて、おう、勿論いただくぞ!と笑顔になった。
ところが佐助をふと見つめると、じっと考えて、また俯いてしまったので、佐助はあれ?と幸村を覗き込んだ。
「?旦那大丈夫?もしかして、食べ過ぎておなか痛いとか?」
「い、いや!そういうわけでは・・・」
幸村は慌てて団子をほおばった。ちらりと佐助を見て、それから慌てて、ありがとう佐助と告げた。どういたしまして、と言ってから、珍しいじゃんちゃんとお礼言ってくれるの、と冗談のつもりで笑うと幸村は団子の串をくわえたまま俯いてしまったので、佐助はますますわからなくなった。
「旦那、ほんとに大丈夫?具合悪いなら帰ろうよ」
「い、いや、本当に大丈夫だ。・・・すまぬ。佐助も食べてくれ、ほら」
「・・・そう?」



佐助は、よっこいしょと、先ほどとは逆に元就の隣に座った。元就と話をするため、である。
「相変わらずうちのキャプテンと冷戦中?」
「・・・別に・・・」
「あの人はね、優しいんだよね。自分より他人を優先しちまうんだよ、本能的に。だからいろんな奴に好かれるんだろうけど」
「・・・そう、だな」
「自分のやりたいことも、そのために無意識に我慢しちまう。鈍い人だからね、大抵はそれでも大してストレスにもならずに忘れちゃったりするんだけどさ。あんたのことだけは、どうもそうじゃないみたいだ」
「・・・」
「人の気持ち考えすぎなのもかえって相手に失礼だよって、俺様言ってやったんだけどね。聞きやしない。あんたが直接言ってやったほうがいいんじゃない?ああみえてだいぶまいってると思うよ、・・・なんせ、あんたに嫌われるのがいちばん辛いみたいだし、ね」
元就は、そう話す佐助をまじまじと見つめていたが、やがて俯いて、ぽつりと呟いた。



「貴様は・・・よくあやつを理解しているのだな」
「え?そうかな?」
「あやつも貴様を信頼しているように、思う。・・・いつも、長曾我部の相談を受けているのであろう?」
「・・・あぁ、まぁ・・・」
「あやつは、我にはそんな話は微塵もせぬ。何処に本音があるのかも最近はよくわからぬ」
ふい、と元就は横を向いた。
佐助は、思わず笑った。俺様に嫉妬されても、と思ったが、それは黙っておいた。
「いやー、あの人、いつもそうでしょ。全部はっきり言わないもん。でも顔見てたらわかるよ、単純だし」
「・・・我にはわからぬ」
「俺様がわかるようなことは、あんたはわかっててもわからなくてもいいんじゃないかな?旦那があんたをものすごく好きだってことさえわかってりゃ」
「・・・」
「そういう意味では、やっぱ一番長曾我部の旦那をわかってるのは、毛利さんだろうし。旦那だって、あんたに一番わかってもらいたいんじゃないの」
「・・・そう、だろうか」



「ま、旦那に限ったことじゃない。あれこれ、考えすぎて、臆病になって、動けないこともあるさ。あんたも、竜の旦那も、俺様だってそうかもしれない。だからエラソーに言えないんだけど」
佐助は、ひとつ息を継いだ。
「・・・でもさ、失敗したって、傷ついたって、いいじゃん?」
元就は、はっとした。
「どっかでコケたって、起き上がればいいんだしさ。自分で起きれなきゃ、誰かに助けてもらえばいいんだしさ。こうしなきゃって決め付けなくていいと思うんだよね。」
佐助は、どこか自分に言い聞かせているように見えた。少し間があって、それから佐助はいつものようにからりと明るい声を出した。
「俺様、お気楽な考えすぎて、毛利さんには合わないかな?すまないね、余計なコト言って」
「いや。・・・いや・・・」



元就は、立ち上がった。財布から勘定を出して、佐助に渡す。
「真田、猿飛、我は所用を思い出した。」
「帰るの?」
こくり、うなずく元就。
佐助は、にこっと笑う。
「あっ、そうそう。週明けにね、長曾我部の旦那、英語の追試なんだってさ。いつも以上にサイアクだったんだって」
わざと少し大袈裟な声で告げる。
「だから家で今日と明日日曜日は缶詰で勉強するんだってぼやいてたよ」
歩きかけていた元就は、立ち止まった。
「あんた、得意じゃん。いつもみたく、教えてあげれば?」
元就はそれには応えなかった。
ただ、肩越しに振り返って、幸村に。
「真田」
「!なんでござろう」
「美味かった。・・・誘ってもらえて感謝する。また・・・貴様たちと来れると、嬉しく思う」
幸村は、その言葉にぱっと顔を輝かせた。
「おう!幸村、また元就殿を誘うでござるよ!」





二人と別れて駅に向かって歩きながら、元就は携帯を取り出した。
通話ボタンを押す手が少し震えた。
相手は、3コール目に出た。



「・・・もしもし。伊達か?」