キャラメルにリボン





(20・後)


恥ずかしい、と声が漏れた。
ひどく丁寧に自分の掌を舐めていた元親は視線を声の主に落とした。顔をシーツに押し付けているせいで表情は見えない。問い返すつもりで元親は顔を近づけた。絡まった髪の隙間から覗く小さめの耳朶の熱さが薄暗い中でも感じられる。思わず柔らかく噛んでやるとぴくりと肩が震えた。
「何?」
「・・・・・・なんでも」
くぐもった声は強がっていることがすぐ分かった。元親が低く笑うと、すぐと、何が可笑しい?と焦りと不安の入り混じった拗ねたような声が返ってくる。答えず、元親は掌のすこし苦い残滓をまた音をたてて舐める。やめよ、と先ほどより強い調子の声が刺さる。
「なんで」
「いやだ。貴様がそんなものを啜るのはいやだ」
「どうして。俺は嬉しいんだが」
「いやだ」
「・・・毛利。疲れたか?」
これは本気で、元親は丁寧に問うた。
そもそも元就がこういう行為に慣れているとは思っていない。今日許されて、今日直ぐに全てを見せてもらえるとも、すべてを受け入れてもらえるとも思っていない。寧ろそれは元親自身が怖いと思えた。元親とて女性との経験はあっても同性との経験は無い。知識で知っているのと実際は違う。元就を傷つけることが怖くてずっと躊躇してきたのだ、だから今拒まれても別にいいと思えた。寧ろここまで触れさせてもらえたことは元親には想像以上の喜びだったから。



けれど元就はその言葉に、うつ伏せていた体勢を緩慢に起こして、顔を元親に向けた。困ったように視線は元親の目にあわせたり、外したり、そうしてたどたどしく喋る。
「疲れて、いない。だから―――」
もっと、と言いかけて途端に赤面して、元就は今度はシーツを手繰り寄せて自分の顔を覆った。
(はしたない―――)
何を強請っているのだろう、と。
(行為を強請っているのでは、なくて)
言い訳のように内心で呟いた。
(もっと、貴様の好きなように、我を好きなようにすればよいと)
そう言おうとして、けれど元就は唇を噛んだ。
怖い。今ですら、怖い。自分の吐き出した欲望の証を大事な元親が掌で受け止めて、それを舐める。その行為自体もどこか背徳的で赦せないと思ってしまう。自分がどんどん醜く思える。一方で、元親と触れ合うのは気持ちよくて嬉しくて、“もっと”欲しいと―――思うまま扱って欲しいと思う。
でも、怖い。このあと、何が起こるのかも、頭では理解しているだけに。自分に果たしてできるのだろうかと思う。
(・・・いや)
ほんとうに怖いのは、自分の体が元親を受け入れられず、元親を満足させられなかったときだ。きっと元親は怒るまい。なにも言うまい。けれど呆れるかもしれない。内心で怒るかもしれない。元就に嫌気がさすかもしれない、あんなにちゃんと元親を受け入れると宣言したくせにと。
(そうやって、もしかして我のカラダが気に入られなかったら?・・・嫌われたら?)
どうしよう、と、また元就は不安になる。だから、怖い。



一方で、元親も困っていた。
目の前にいる元就、触れた肌、きっと誰にも触らせたことのないもの、今まさに元親は手に入れている。それだけでどうしようもなく嬉しい。けれどこの次どうしたらいいかとは、ずっと考えていてもやはり、困った。
知識としてどうしたらいいかは知っている。元親は掌の残滓を見つめた。
(・・・コレは、初っ端では無理だろ・・・なんかねぇかな、オイルとか・・・)
見回してみるが、そんなものが用意されているとは思えない。かといって聞く気にもなれなかった。今日は無理かな、とふと頭によぎった。同時に自分自身がずくんと熱くなって、元親は焦った。
(・・・・・・入れたい)
元就のズボンと下着を脱がせてやる。ぼんやりした様子の元就はとても可愛い。頬と額と瞼に順に口付けて、そうしながらゆっくり後ろに手を回す。臀部を撫で擦りながらノックするように固く閉じたそこをつついてやると、元就がきゃっと声を上げた。腰が浮いて、元親から逃げた。
「あっ・・・す、すまぬ」
逃げてしまったことを詫びているのだろう、けれど元就は横に並んで寝転がる元親に、正面を向いて困ったように眼を伏せている。嫌だったか、とおそるおそる聞くと、なんともいえない表情で、そんなことはない、と明らかに無理をした声がかえってくる。
(・・・参ったな)
それでも、元親にしては少し強引に、もう一度元就の秘部に指を当ててやると、元就は身を固くした。そっと指を圧し込むと、いやいやをするように元就の顔が左右に振れた。辛いか、ちょっとだけ我慢してくれよと呼びかけながら、少しずつ指を差し込むが、そうすればするほどに元就は身を竦ませ、固くそこは閉じてゆく。元親の人指し指は第二関節まで入ったところで動かなくなり止ってしまった。
「・・・毛利。ちょっと、動かすから」
「・・・・・・」
返事は無い。
元親はそっと指先を折り曲げる。けれど入っている距離が短いために前立腺にまで届かず、ただ元就が窮屈そうに辛そうに体を捩る。これでは気持ちいいという感覚にはきっと程遠く、寧ろ違和感と辛さだけがせりあがるだろうと元親はひっそり溜息をついた。指一本満足に入らないのにどうやってこのあとの行為をすれば?
元親はやがて、指を引き抜いた。もう少し快感に慣らしてから、と思う。もう一度元就を昇り詰めさせてやろうと、手を伸ばしたが、自分も我慢の限界にきていた。元就は息を潜め、また詰めて、ただ身を固くしている。



「・・・毛利、ごめんな、ちょっとだけ」
わけもなく我知らず謝罪の言葉を口にして、元親は元就のシャツも全部脱がせた。きれいな背中の皮膚が顕になる。そのまま、ころんとうつ伏せにさせると、臀部だけを持ち上げた。
目の前の柔らかいその皮膚に噛み付いた。片方の手で何度も丸みにそって撫でる、その都度元就は何度も頭を振った。先ほどほぐそうとした元就の秘部がすぐ目の前にある。せめて唾液で、と思い舌を寄せると悲鳴が上がった。
「だめだ!だめだ、長曾我部、そこは」
「・・・困ったな。俺に、まかせちゃくれねぇか、毛利」
「いやだ!それは、いやだ!お願いだから―――」
懇願され、仕方なく元親は諦めた。白く柔らかい双丘に、けれど元親は我慢できず、ひとつごくりと唾液をのみこんで目をきつく閉じた。まだ早い。そう思いながら本当は無理矢理にでも貫いてしまいたい衝動がある。心臓が早鐘のように鳴っていて、耳元にも心臓があるのではないかと思うくらい自分の鼓動音が聞こえる。我慢の限界を告げていた。
思いをめぐらせながら掌で滑らかな皮膚を辿る、背の骨ひとつひとつを数えるように、肋骨の間を探るように。ふと動かした指先がまた元就自身に触れた、うつ伏せて腰を高くあげて、猫が伸びをするような格好の元就の口から小さな声が上がる。ただそうやって元親が手を滑らせるだけで感じてしまったのか、先ほど吐精したばかりだというのにもう緩く存在を主張していた。元親の触れた指先が濡れる。ひとつ元就がしゃくりあげた。
元就も苦しいのだろう。快感には慣れて―――悦しいと漠然と思えてきているだけに、欲しいと思う、もっと触れてほしいと思う心は偽りないのだろう。先走りの液をまた舐めとって、元親は反対の手で元就の目元をさぐると、思ったとおり睫毛も濡れていて、元親は溜息をひとつ涙をぬぐってやった。
元親も元就も、どうしたらいいかわからない。受け入れてほしい、受け入れたい。でも元就の身体はついていかない、元親も怖い。潤滑剤になるものも今はない、急なことだから仕方ないがと内心で元親はそればかりは本気で頭を抱えた。この状況が予測できていたら、もっとあれもこれも、元就を傷つけないように痛みを感じさせないように、そしてもっと自分を感じてもらえるように色々準備したのに―――
(あぁ、いや。落ち着け俺、いきなりそんな用意周到でも、かえって毛利だって困惑するだろうが、・・・でも参ったな・・・)
溜息をひとつ思わず吐き出すと、元就がびくりと動いて、無理な体勢から元親のほうへ様子を窺うように顔を向けてくる。それからまた、強がった声が、我はかまわぬから、貴様も、と言う。そんなわけにいかねぇだろと思いながら、元親は曖昧に頷くしかない。



(・・・邪道かもしんねぇが)
やがて自分を納得させて、元親はジッパーをおろした。元就の背中が少し軋んだ気がした。怖いのだろうと思い、でも耐えようとしてくれている気持ちに愛しさが増してくる。
大丈夫だから、と声をかけると、元就の腿を掴み、しっかりと閉じ合わせさせた。元就が、また身動ぎした。今度は不安とともに疑問に思ったらしかった。なにをする?と問われた。
「いいから―――そのまま」
できるだけ落ち着いた声を出そうとする。それでも熱い呼気にまぎれて声が掠れた。
元就の背中にぴたりと覆い被さると、元親は自分のすでに屹立したものを元就の、あわせた腿の間に差し込んだ。えっ、と声がした。
「な、何?なに、を?それはちがう―――」
「いいから!!」
我知らず語調が強くなった。慌てて、すまねぇと謝りながら、両手で元就の腿をもういちど掴んで、両側からぎゅっと押し付ける。柔らかい内腿が優しく元親を圧迫した。ひゅう、と空気が喉から漏れた。
「長曾我部?長曾我部、なに、これはなに?」
「ちょっと、黙っててくれ・・・気持ちいいんだからよ」
「え―――」
元親の声の調子に、嘘ではないと気づいて、元就は困惑しながらも少しほっとしたようだった。元親はけれど、だんだんと切羽詰る自分を感じて、できるだけ呼吸を落ち着けながら少し他の部分より温度の低い元就の腿の間で自分自身の抜き差しを始めた。押し込むたびにぴたぴたと密着する皮膚同士の吸い付く音がして眩暈がしそうだ。注意深く、いちばん落ち着く位置を探る。
「―――あ、っ」
元就が声を上げた。
元親の先端がちょうど元就の裏筋を擦り上げたらしい、元親も刺激の強さに思わず目を瞑った。一度引いて、また差し込む。再び同じ位置へ。元就が今度は、悲鳴に似た声を上げた、内腿が緩んだ。
「だめだ、毛利、頼むから、・・・じっとしてくれ、こうして」
脚をぎゅうと押し付ける。その隙間で自身の存在がじくりと主張しているのを感じて元親は嬉しさで狂いそうだと思った。
ゆっくりした動きで同じことを繰り返す、自分の先走りの液体で徐々に元就の腿も濡れて滑らかにゆるゆると元親を受け入れる。押し付けるたびに元就自身を的確に擦り上げる。そのたびに元就が面白いように声を上げた。嬉しくて切なくて苦しくて心地よくて、元親は止まれない。はじめゆっくりだった動きは徐々に早くなる。
思わず、話しかけた。
「あぁ、俺、やばい。―――毛利、毛利、もうり、なぁ、どうしよう、俺、」
「ん、う、う、あ、―――」
言葉にならない声がかえってくる、その余裕の無さすら嬉しくて愛しい。
「毛利、毛利、もうり―――なぁ、わかるか?俺が今どれだけ嬉しいか、なぁおい、聞いてるか?」
聞いている、と早口で応えが届いて、けれどすぐに追い詰められた元就の声が漏れてくる。その声が響くたびに元親はもっと嬉しくなる。自分よりよほど小柄な元就を背中から全部と思うほどに強く抱きしめた。
「もうり、好きだ」
「ちょう、そ、か、・・・あっ、あ、あ、」
我も、という声が聴こえるか聴こえないかのうちに、大きく元就の背が反り返る。稚い精を吐き出しながら、はじめて、まるで少女のような甲高い声が響いた。自分で驚いたのか、元就はそんな状況で咄嗟に口元を自分の掌で塞いでいる。元親はそれを優しく自分の掌ではずそうとする。元就は抵抗して、きつく口を押さえ続ける、
嬌声はまだ続いていた。
「・・・声、聞かせてくれよ、なぁ毛利」
元親が、抽送の動きを繰り返しながら、それでも元就の掌を掴んで片手で指をいっぽんいっぽん確かめるように外していく。元就は開いた指の隙間から、切なげな声とともに、いやだ、と言っている。わがまま言うなよ、と苦笑して、けれど実際は我慢の限界ながら元親は言う。
「聞かせろよ。毛利。あんたの声を」
「いや、だ、いや。いや。恥ずかしい、我は醜い」
「どうして。どうして?」
「あ、・・・阿呆めが・・・!声もいやだ、顔も、見るな、我の、いやな顔・・・こんな」
「なんでそんなこと言うんだよ。俺が聞きたいって言ってんだから―――見たいって言ってんだから。ずっと、あんたを傍に感じられなかったんだから」
その言葉に、やっと元就は抵抗をやめた。おそるおそる、いつの間にか噛み締めていたシーツを口から外した。そっと視線を背の上にある元親に向ける。
元親は、じっと、元就を見つめている。
「好きだ、毛利。」



そうだ、と、元親は思う。
ずっと、こんな幸せな瞬間を、忘れようとしていた。傍に元就がいて、触れていられることを。自分から離れようとしていた。莫迦だな、と思う。できるはずもないのに、無理をして、なんて無駄な遠回りをした?
(・・・でも、あのいろいろがあったから、こうして俺は今、)
だからこそ。
「なあ、毛利。聞かせてくれよ、声を。顔も、見せてくれよ。全部俺に見せてくれよ。ずっと、そうしたかったのに、我慢してたんだからよ、なぁ」
「・・・ば・・・馬鹿、者、が・・・こんな、我のことなぞ・・・」
言いながら、けれど元就は指の力を緩めた。
止まっていた動きがまた始まる。もうすでに二度の絶頂を迎えているにも関わらず、元就のカラダは抗うことなく元親に応えた。せり上がり、甘い液をこぼし、そうして声が溢れた。我慢するな、と言われた。だから素直に元就は呼んだ。かまうもんかと思えた。
「あ、長曾我、部、我を、・・・ッ」
めちゃくちゃに壊して欲しいと懇願する。
元親がやがて動きを止め、深い息を切なげに吐き出す。同時に元就も三度目達して、二人分の白い液体がびゅると元就の顔に飛んだ。



荒い呼吸のまま、元就を元親は転がして、自分のほうへ向かせた。白く塗れた顔を拭うように舐め、そうして、きつく抱きしめ口付けた。元就も返してくる、舌先は少し震えていた。構わず自分の舌で絡めとり、吸い上げた。こんな美味なものが―――他にどこにあるだろう?こんな幸せが何処にあるだろう?