キャラメルにリボン





(21)



顔に光が当たるのを感じて元就は目を開けた。
カーテン越しの日の光が部屋を薄く明るく照らしている。布の隙間から漏れた光がちょうど元就の顔に当たっていたらしい。小さく身動ぎして元就はふと自分を包む体温に気づいた。
腕枕をされている。元就は覚えず赤面した。掌で確認する、元親はTシャツとトランクスを身につけて寝ているというのに、元就はまったく何も身につけていない。シャツがシワになるからと言って、そういえば元親に脱がされたのだと思い出す。そのまま眠ってしまったらしい―――
ひとつ思い出すと、昨晩の自分が次から次へと思い出されて元就はさらに顔を赤らめ狼狽した。
何度も何度も名を呼び、唇を求め、彼に導かれるままに欲情を吐き出したことも思い出した。
けれど恥ずかしいと思うと同時に、じわりと嬉しさもこみ上げてきて、そんな自分をとても不思議に思う。
すべて隣で寝息をたてているこの男のせいだ、と。彼の引き締まった腹筋をそっと掌で撫ぜた。



元親は規則正しい寝息をたてていて、起きる気配は無い。そろり、シャワーを浴びようと元親の腕を抜け出そうとした。
途端に腕が伸びてきて、捕まえられる。
「よぅ」
「・・・・・・貴様まで、狸寝入りか?」
「いや、あんたが動いたから、今起きたんだ。狸寝入りって、なんの話だ?」
「なんでも―――」
少し視線を泳がせて、元就は、シャワーを浴びたいのだと訴えた。元親は、あんたが眠ったあと、俺が身体拭いといてやったから、そんな慌てなくていいだろ?と暢気に言う。そのまままた、布団の中に引き込まれた。元親の腕の中にまた逆戻りだ。
まぁいいか、たまには遅い朝食も。そんなふうに、らしくないことを考えていると、元親の声が響いた。
「俺、最近お前ら見てて。もう少し色々頑張ってみっかって、思った」
「・・・何を?」
「勉強ってか、・・・大学、希望の学部入れるようにこの一年、内申上げなくちゃなって。苦手な英語も頑張ろうと思う」
「希望の学部?初耳だな」
大学は、望めばよほどのことがないかぎりほぼ全員が進学できるシステムになっていたが、ただし学部ごとに定員があり、成績順に振り分けられる。どの学部に行きたいのだと、元就はなにげなく問うた。
元親は穏やかな声で話し続ける。
「俺なぁ、・・・誰にも言ったことねぇけど。一番の夢は、ロボット作りたいんだよな、でかいやつ。あんたでもガンダムくらいは知ってるだろ、あれみたいな」
元就は、ぽん、と降って来た元親の言葉にしばらく考え込み、やがて眉を顰めて元親の顔をなんともいえない表情で見つめた。元親は苦笑した。
「そんな驚くなよ。マニアックだってんだろ?」
「いや・・・我としてはリアクションに困るというか・・・」
元親はそれを聞いて笑った。あんたの反応が、それでも今まで喋った誰より真摯だぜと片目をつぶってみせる。
「そりゃなぁ。本気にしろってほうが酷だろうぜ。でも俺ぁ、本気だ、やってやれねぇこたねぇって、思ってる」
「・・・そうか」
「そんで、そのうちもっと・・・サイバネへ応用して義足とか義手とか義眼とか、・・・できないもんかって。それも思ってる」
「・・・」
ふと、政宗の顔が元就の脳裏によぎった。元親は、弱視とは言え完全に見えないわけではない。彼の夢の中には、友人の役に立ちたいという思いも篭っているのかもしれなかった。元親は、尋ねれば恐らく笑って、俺はそんな凄いモンじゃねぇと否定するだろうが。
元親は、元就の逡巡には気づかず楽しそうに喋っている。
「で、やるだけやったら老後は、ちっさいプラモ屋のじーさんになって、日がな一日店番するんだ。いいだろ?」
「・・・なんとも言えぬな」
元就は思わず吐息をつく。その未来像に自分は何処にいるのだろうとふと思う。散々あれだけ人を振り回すほどに考え込むかと思えば、こんな楽観的な話をする。子供のような男だ。
でも、だからこそ自分は彼を、好きなのかもしれない。
元就はやがて、その老後の小売店くらいは我が建ててやらんこともない、と呟いた。元親は笑顔で、おう頼むぜ、と無邪気に嬉しそうに言っている。
なんとなく急に腹が立って、元就はいきなり元親の頬をつねりあげた。
「いてっ。おい、痛ぇって、何すんだ、毛利」
「あれだけ未来を憂えて人を翻弄しおったくせに、なんだその気楽な将来設計は?我はその貴様の描く未来の何処におればよいのだ」
その言葉にぽかんとして元就を見つめた元親は、やがて太陽みたいな笑顔を向けた。元就は焦った。お構い無しに、元親は元就をぎゅうと抱きすくめる。また自分が裸だということに密着して気づいて、元就は益々焦った。
「はなさぬか!何を唐突に」
「毛利。あんたは、いつでも、此処に。此処にいてくれ、俺の隣に」
「―――」
「いちいち、言わねぇよ。それが「当然」に、なるんだ。俺が今決めた。あんたが俺から離れていくのを選ぶ日まで。俺はあんたを離さない」



とんだ殺し文句だ、と元就は眩暈を感じた。
こんな台詞を、全く戸惑いなくまっすぐに伝えてくる。きっと自分には一生出来ない。誰にも出来ない。元親でないと出来ない。
元就の氷のような過去も心臓も表情も、元親だから、きっと。溶かすことができた。
何も言葉を返せなくて、元就は元親の胸元に顔をうずめる。気恥ずかしさと嬉しさに唇を噛んだ。そうしていないと自分は、どんな顔をしてしまうかわからない。



元親は、すっかり高く昇った太陽をカーテン越しに見上げて、元就の髪を撫ぜた。
「さて・・・追試の勉強しなくちゃな。なぁ毛利、今日一日、手伝ってくれるか?」
「・・・ふん。自業自得であろう、せいぜい努力することだ」
「えっ。ひでぇ。手伝ってくれねぇのかよ?」
元親が焦っているのを聞いて、元就は小さく口篭りながら言葉を紡ぎ、伝える。元親のようには出来ない。でも、せいいっぱいに。
「・・・二度と、くだらん理由で我を遠ざけないと約束するなら・・・教えてやらんこともない」
元親は、しばらくその言葉をじっと考えていたが、やがて穏やかに笑った。ごめんな、という言葉と一緒に温かい口付けが元就に降ってくる。髪に額に、、瞼に、頬に、鼻先に。
「おう。約束する。きっと、約束する」
「・・・二度とだ。わかっているのか貴様。もう二度と我を」
「わかってる。・・・毛利。あんたが、好きだ」
唇に落とされたキスは昨夜口の中で溶かしたキャラメルよりもっともっと、甘かった。