キャラメルにリボン





(22)


校舎同士をつなぐ長い渡り廊下の大きな窓は、気候の良いために開け放たれている。
廊下の途中に立って外を眺めていた政宗は、傍に人の立つ気配に気づいて視線を動かした。鳶色の眸がじっとこちらを見つめている。
「よう、毛利サン」
名を呼んで、それから、うまくいったか?と尋ねる。元就が小さく頷いたのを見て、政宗はそうかと言いながらまた視線を外に戻した。
「よかったな」
「・・・貴様には感謝している」
「オレは別になにもしてねェだろ。選んだのはアンタなんだから」
ふと手が伸びてきて、元就の肩をぽんと叩いた。
「まぁ、・・・オレとアンタは戦友っていう色気のねェ関係になっちまったわけだが」
「・・・すまぬ。」
「なんで謝る。戦友、いい言葉じゃねぇか。オレは、将来のライバルとしてアンタに認めてもらってんだろ?いいさ、それで。だからまぁ―――」
今後とも宜しく頼むぜ、と。
「・・・無論だ」
元就は頷いた。



留学はやめにした、という言葉が、話の続きのようにさらりと政宗の口から出て、元就は首を傾げた。
「普通に受験するのか。内部推薦か」
「今から受験に切り替えるのはしんどいからな、推薦狙うさ。なんとかなるだろ」
政宗は、仕切りなおしだ、と笑う。どうして留学をやめるのだ?と当然ながら元就は問うた。政宗はひとつ伸びをした。
「そりゃ、・・・オレはオレのやりたいことのために外へ出るつもりだったが、・・・もしかしたら、実は目の前のことから逃げていただけかもしれねぇな、って思ってよ」
「・・・」
「だから、ちょっと考え直してみようか、ってな。自分にできることからちょっとずつこなしてみて・・・多分、それからでも、外に出るのは遅くねぇだろうから」
「・・・そうだな。我も、全く貴様と同じだ」
「ん?じゃあ、アンタもこのまま大学のほうに?」
元就が頷くと、政宗は少し嬉しそうに、また元就の肩をぽんと叩いた。
「そっか。じゃあまた・・・うまくすれば4年は一緒にいられるな。―――なんたって」
そうして、にやりと笑う。
「アンタと元親の観察は面白いからな。このまんま放置していくのは勿体無いと思ってたんだ。アンタも残るなら、今後の楽しみが増えてよかったぜ」
「・・・」
元就はぷいと横を向いた。心なしか目元が紅い。政宗は笑った。少し寂しいような、けれど嬉しいような気持ちになっている自分を不思議に思う。



下にある中庭から、政宗殿、元就殿、と聞き慣れた大きな声が響いた。二人が見下ろすと幸村がこちらを見上げ大きく手を振っている。隣で佐助が笑ってみている。政宗は苦笑しつつ、元就は少しとまどいながら二人で手を振り返した。
そういや、と政宗が話を変えた。
「・・・今度、お袋と、二人で一緒に食事ですることになってな・・・」
「ほう?」
元就はまじまじと政宗を見た。政宗はちょっと俯きながら、どんだけオレがあいつの小言に耐えられるか、我慢大会になりそうなんだけどよ、とぶっきらぼうに言い訳のように呟いている。小十郎が何か話をしたのだろうか、と元就はふと思ったが、自分からは何もそれについては触れなかった。かわりに、ふっと柔らかく笑った。
「良いことだ。・・・その会食で最後まで母御と実のある過ごし方ができたならば、褒めてやらんこともない」
「へぇ?そりゃァ」
政宗は、途端ぱっと表情を明るくした。
「俄然やる気がわいてきたぜ。・・・じゃあ、ちゃんとがんばれたら」
そう言いながら元就に近づくと、互いの額同士をくっつけた。ぽかんと見上げる元就に声をひそめて。
「キスしていいか?・・・今度は、頬じゃなくて、ちゃんとここに」
元就の唇を指差す。
「―――」
と。



「それは、だめだ。調子のんじゃねぇぜ、政宗」



元親の声がした。
二人は顔をあげた。元親が紅い顔で立っている、近づくと元就をぐいと引っ張り、隠すように自分の背後に移動させる。あの保健室のときと同じだな、と政宗は心の中で考えてやれやれと肩を竦めた。
「いいか元親。オレはこれからも堂堂と、元就さんを狙うぜ。アンタ、うかうかして俺に足元すくわれないようにするこった。隙を見せたら、―――わかるだろ?」
「・・・言われなくても、わかってる。負けねぇよ」
「まぁ・・・アンタがへこたれて、また毛利サンに殴られるとこ見るのもオレ的には面白いからいいんだけどよ―――」
途端、政宗は噴出して笑った。元親が焦って言い募る。
「おい、てめッ!何思い出し笑いしてやがる、この」
「いや、アンタが毛利さんにビンタくらったとこをだな」
「・・・おい、政宗・・・」
「だって普通、あれは笑うだろ・・・あぁ、オレしか目撃者がいなかったのが勿体無すぎるぜ!毛利サンがどんだけ男前かを誰かと語りたいもんだ。・・・とりあえず真田と猿飛には話しといてやるよ、ちょうどほら、こっちに来たみたいだし、な」
渡り廊下の向こうにある階段から幸村の大きな声が聴こえてくるから、間違いなくそうなのだろう。元親は頭を抱えた。
「やめろって・・・お前絶対あることないこと脚色するつもりだろうが・・・幸村は単純だから全部信じちまうだろうがよ」
「Ah?別にいいじゃねーか。根本の話は変わらねェんだから。毛利サンも、いいだろ話しても?」
元就は、元親と政宗を交互に見て。
「ふむ。別段構わぬ。我は困らぬ」
ほら毛利サンもこう言ってるぜ?と政宗が勝ち誇ったように胸を張った。
「・・・おい、毛利・・・勘弁してくれよ・・・」
やがて三人で、三様に、自然笑っていた。
この二人の友誼にも、逆に自分が入っていけない、途切れない深いものがあるなと感じながら元就は元親と政宗を見つめる。
幸村の声が曲がり角の向こうからひときわ大きく響いた。廊下を走るな!という浅井の声と、ごめんよ、とかわりに謝る佐助の声も一緒に。



いつの間にか見えない糸で、自分たちはつながっていた。
この友誼がほどけることのないように。
元就は大きく開いた窓の外、抜けるような青空を仰いで、願った。



【キャラメルにリボン/了】



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