キャラメルにリボン





(4)


元親は、自分の席にゆっくりと座った。
――――と、後ろからがつんと椅子の背ごと蹴られた。不意打ちに首が仰け反ってしまい、元親はなにすんだと声を荒げて後ろを振り返った。
佐助が立っていた。
「猿飛ッ!てめ、いきなり何しやがって―――」
「それより答えてちょーだいよ旦那。あんた、昨日あの後ちゃんと毛利さんにフォローしたんだろうね?」
「・・・してねぇよ」
憮然と元親が答えると、
「だと思った・・・ったく!」
佐助は額を押さえて呻くと、どかっと隣の空いている椅子に座った。
「インターハイ、6月末から。知ってる?」
「知ってるに決まってんだろ」
「それで一応、引退なんだよね」
「・・・そうだな。公式試合はな」
「俺さま、いっこでも勝ちたいわけよ。できればベスト8とかじゃなくて、全国も行きたいわけ」
「俺だって、勝ちたいさ。去年はベスト8どまりだったから、」
「だったらさ。毛利さんと一体どうなりたいのか、ここで俺さまに教えてくんない?昨日のアレ見る限り、あんたあの人のことウザイとか思ってない?」
「ばっ・・・馬鹿言うな!!」
発言の唐突さに、元親は驚いて半分立ち上がりかけた。声の大きさに、クラスの生徒たちが一斉に元親のほうを向く。さっきのバスと同じ状況になってしまい、元親は赤面しながらゆっくり座った。
佐助のほうは、脚を組み腕を組み、挑発するように元親をじっと見ている。ほんとのことだよ、と、さらりと言われた。
「俺さまは、あんたのことよっく知ってるからね。だから今言ったふうになんて思っちゃいないぜ?でも、全く事情を知らない第三者があれを見たら―――」
「・・・」
「多分、俺さまが今言ったように思う人が大半じゃないかな。・・・毛利さん本人でさえ、そう感じる可能性が高いね。人の気持ちをよく考えるあんたの行動とは、とても思えないね実際」
滑らかに、佐助は落ちついた声でそう告げた。
友人だからこその苦言だと、元親も分かる。だから、頭を下げた。心配かけて、気分悪くさせてすまねぇと、素直に謝った。
けれど。
「猿飛。・・・俺な、今、色々考えてる」
「考える?毛利さんとの付き合いを?バスケのこと?」
「バスケのことは、勿論今までどおり俺のできることを考えてるさ。それは絶対約束する。けど、毛利のことは―――」
元親は、雨の続く窓の外を見た。
「ちょっと、思うところが、あって・・・俺があいつを気に入ってるのも、あいつと友達でずっといたいのも、変わらないんだが・・・」
それ以上は、言葉は続かなかった。
佐助はしばらく待ったが、返答はもう来ないと判断すると、ひとつ長い溜息を吐いて立ち上がった。
「俺さまには、これ以上は言えない、ってことかい」
「・・・すまねぇ」
「まぁ、いいけどね。誰にもそういうことはあるだろうし・・・でも一言言わせてもらうと」
佐助は、両手をポケットにつっこんで、背を向けた。
「あんた、考えすぎ。特に、人のことをね」
「え、――――」
「もっとまっすぐ、でいいと思うよ。ていうかさ、本来あんたはそういう人なのに、なんで毛利さんにはそうできないのか、俺さまにはそっちのが不思議ではあるんだけどね」
「・・・・・・」
「昼休みにでも、なんか話しに行っておきなよ。毛利さんも待ってるだろうよ」
そうして、呟いた。
「・・・うかうかしてっと、横から掻っ攫われるよ」
最後の言葉は、少し小声だった。だから、元親には聴こえなかったかもしれなかった。



佐助が今朝昇降口についたとき、佐助の前方には元親の背中が見えた。だから、自分が追い抜いてきた背後の生徒たちの傘の群れの中に、元就がいたような気がしたのは間違いだったかと思った。今日は雨だから、一緒に二人で来ただろうから、別々に歩いているのが俄かに想像できなかったのである。
だから、後ろが気になって、靴を履き替えずに佐助は校門の方へ一旦戻った。
そこで、政宗が元就の手を引いてこちらへ歩くのを見た。驚きすぎて慌ててしまい、佐助はそのまま再び踵を返すと自分の靴箱へ向かった。気を取り直してそっと様子をうかがったときには、二人はもう互いを見もせずに別々の方向へ歩き出しているところだった。
何故だか、ほっとしたのだが。
直後、政宗が振り返ったのを見てしまったのである。
その表情は、佐助がよく知っている、自信に満ち溢れた「竜の旦那」のものではなかった。



「・・・ったくさぁ。どうしたいんだよ一体、あの二人は」
クラスに戻ると、廊下で浅井と市子が話しているのに出くわした。浅井の語り口は相変わらずくどくて堅くて、けれど一生懸命で、市子もそれをひとつひとつ頷きながら聞いていて微笑ましかった。佐助と視線が合うと浅井は赤面したが、佐助は冷やかすこともなく、会釈だけして自分の席について考える。
(男同士だからかね?どうも、何がしたいのか、よくわからないんだよねぇ・・・)
すき、という感情は、難しくて複雑だ。佐助もよくわかっている。佐助は決して自分の本心を出すことは無い、徹底してそうすると子どもの頃に誓った。佐助の求めることは幸村の幸せだけであって、そこに自分が絡むかどうかは全く別問題だから。
(・・・相手の反応を求めるのは、しんどいからね・・・キリがない)
蛍光灯のひとつが、ちかちかとついたり、また消えたりを繰り返している。
ぼんやりとそれを眺めながら、しゃんとしろよ旦那、と佐助は小声で元親にエールを送った。