キャラメルにリボン





(8)


近くにいるのに遠い。



たとえば遠距離レンアイに似ているだろうかと考えた。
約束どおり、必要以上に会話しないでいる。携帯は鳴らないし、メールも来ない。でも毎日は過ぎていく。
皆それぞれ忙しい。すべきことはたくさんある。
声を聞かないうちにこうやってだんだん気持ちも離れていくのだろうか。二人だけで会わないのがだんだん日常の当たり前になっていく。
毎日すべきことがある。だから寂しいと感じるのはすれ違うときと、眠る前。



最近、むしろ元就は、政宗と話すことのほうが増えている。
彼はふらっと元就のクラスにやってくる。何か特別な用があるわけでもない、なにを話すでもない。ただふらっとやってきて、ぼんやりしているときもあれば、くだらない話題をふるときもある。そうしてまた気の向いたときに帰っていく。
知り合った最初の頃の元親に少し似ている、と元就は思う。
ただ、政宗のほうがもう少し、掴めない。思えば以前からそうだった。無邪気な顔を見せるかと思うと、急にしたたかで腹の底の読めないはぐらかし方をしたりする。元就に近づいているのはおそらく好意からだろうが、でも時折それすら曖昧になる表情のときもある。
けれどそんなふうにしていくうちに、元就も、政宗に興味が起きているのは事実だ。



ある休日、元就は義母と久々に外で昼食を取った。最近また義母は忙しく、あまり家にも戻らない。この日も仕事の途中だった。
学校のことを聞かれて、元就はいつもどおり、特に何もと答えた。唐突に、長曾我部君はお元気?と聞かれて、思わず口元に運んでいたフォークが止まった。
「・・・元気ですよ。変わらずです」
「そう。仲良くしてる?」
「・・・はい」
「また家に遊びに来てもらってね」
「・・・はい」
「私、彼、好きよ。いい子ですものね」
にこにこと、義母は言った。元就は、そうですね、我も好きですとつられるように言った。自分の発言に少し眉を顰めたが、彼女が話題を変えたのでそのままになった。
食事が済んで、帰り際に映画のチケットを手渡された。仕事相手がくれたという。話題にはなっているが、元就にはさほど興味もないごく普通のアクション映画だ。時間があれば長曾我部君とでも、と言われた。
「・・・有難う御座います」
義母と別れて、歩き出す。
彼女は聡い。何か感じているのだろうか、と元就は首を傾げた。誘う相手を、単に“友達と”ではなく“長曾我部と”、と言われたところにひっかかった。
元就は携帯を取り出した。折角義母がくれたものだから観に行こうとは思う。
(長曾我部に連絡をしてみるか?)
でも映画は、二人きりになってしまう。チケットは二枚。足りなければ別に追加で買ってもいいが、わざわざ元親以外の者を誘うのも億劫だ。
「よう、毛利サン」
考え込んで立っていると、何処からか呼ぶ声がした。
顔を上げると、政宗がいた。
「伊達・・・」
「こんなとこで奇遇だな。なんか用事かよ?」
「いや、もう済んだ。・・・貴様は」
「あぁ。オレも、別に。ふらふらしてたとこだ」
元就は、手にしたチケットを見た。それから、また政宗を見て、考えこむ。
「―――行くか?」
少し乱暴に、政宗の目の前に、手にしたチケットを突き出した。
政宗は、目を瞬いた。元就の顔とチケットを交互に見て、それから理解したのだろう、にっと笑った。
「オレとアンタで、映画?」
「・・・ふむ。そうなるか?」
「おいおい、アンタから誘ってくれてんだろ?勿論そうなるだろうぜ」
政宗は楽しそうに笑うと、じゃあ行くか、と歩き出した。元就はぼんやり見て立っていた。
「おい、何してんだよ。行こうぜ」
「え。・・・今から?」
はっと、元就は慌てて政宗を追いかけた。
「ほら、膳は急げっていうじゃねぇか。えーと、何処で上映してたっけ」
政宗は手近の映画館に向けて歩き出す。元就はしばらく躊躇したあと、彼について歩き出した。
肩が並んだ。政宗は元就をちらりと見て、笑顔になった。何か?と尋ねると、いやなに、嬉しいだけだぜ、と単純な答が返ってきた。
会話はふと沸き起こったり、途切れたり。でも特に気負うこともない。
元就は、政宗を誘ってよかっただろうかと考えた。もらったチケットを無駄にしなかったことはとりあえず良かったのだろう。母の指定した相手と、ではなかったが。



映画は可も無く不可も無く、だった。観終わって、そういえば元親とは映画を見たことがないな、と元就は考えた。
終わってから二人で道端のカフェに入る。
飲み物を買って、窓際の席に座った。階下を眺めている政宗に、つきあってくれて礼を言う、と丁寧に元就は言った。
「どういたしまして。元親の代理だとしても嬉しいぜ」
政宗の言葉に、元就は首を傾げただけだった。
「否定しねぇのな」
政宗は肩をすくめて笑った。
「まぁ、いいさ。そのうち、代理じゃなくなるつもりだからな」
「・・・貴様は、時々よくわからないことを言うな」
「そうか?オレは、いつでも大真面目だぜ」
元就は反応に困って、頼んだキャラメルマキアートを両手に包んで揺すった。政宗が何処まで冗談で、何処から本気なのかはいまひとつ元就には分かりかねた。
「あぁ。そういや映画のチケット代」
「・・・いや、それは要らぬ。もらったものだ」
「そうか?じゃあ甘えとくか」
しばらく他愛の無い話をして、二人でカフェを出た。
駅まで再び、肩を並べて歩いた。アンタのおかげで楽しかったぜ、と政宗は言った。元就は、そんな楽しくなるほど会話をしただろうかと考えた。
「アンタは、楽しくなかったか」
「・・・よくわからぬ」
「おいおい、冗談でも、楽しかった、って言ってくれよ、こういうときはよ」
苦笑して、でも政宗は怒った様子ではない。寧ろ楽しそうに笑っていた。その顔を見ていると、悪くはない時間だったと思えて、元就は素直にそう告げた。ありがとよ、と軽い調子の声がして、ぽんと肩をたたかれた。あまり他人(元親以外の)に自分に触れられることには慣れていないが、不思議と嫌ではなかった。



「毛利サン。今度オレんち来ねぇか」
駅での別れ際、政宗からの言葉に元就は意味が飲み込めず、しばらく考え込んだ。
「・・・貴様の?」
「おう。今日の礼だ」
「そんなことは、さっきも言ったとおり気にせずとも良い」
「気にしてるんじゃねぇよ。これを口実に、オレはアンタに来てもらいたいんだよ。どうだ」
「・・・」
相変わらず言葉面は直球で、でも意図は見えない。元就は呆れつつ、溜息をはいたが、断ろうという発想にはなぜか至らなかった。
「・・・では、機会があれば」
「ヒュー。OK。メールしていいか?あぁ、まだアドレス交換してなかったか?」
「うむ」
元就が携帯を出すと、
「・・・あぁ、すまねぇ。オレ今日携帯忘れちまった。幸村がアンタのメアド知ってるって言ってたから、あいつにもらうわ。いいだろ」
「・・・うむ」
幸村より、同じクラスの元親に聞かないのか?と、少しだけ不思議に思った。でも幸村とは同じクラブだから問題無いということなのだろう。納得して、会釈をすると元就は改札に向かった。



政宗は、改札の向こうに元就の姿が消えると、おもむろに肩にかけたリュックから携帯を取り出した。電源を入れると、案の定すさまじい回数の着信履歴。小十郎からばかりである。切っておいて、元就の前で取り出さないでよかったと思った。
やれやれと政宗が溜息を吐くとほぼ同時に、また着信が鳴った。
「なんだよ、小十郎。うっるせぇな」
『―――政宗様!何処をほっつき歩いておられるのか!塾から連絡がありましたぞ、今日欠席かと!先ほど送って行ってから一体何を』
「いいじゃねぇか。もっと有意義なことをだなァ」
『全く今日という今日は・・・何処におられるのか。すぐ帰ってこられよ!いや、俺が迎えに』
「あぁ、いいっていいって。ぶらぶら一人で帰るからよ」
政宗は強引に電話を切って、肩を竦めて低く笑った。本当は英会話塾にいく途中だったのである。でもサボった。当然、全く後悔はしていない。
家に帰ると小十郎が玄関ホールで仁王立ちしていた。
「政宗様、覚悟は出来ておいででしょうな・・・」
涼しい顔で、かわりに毛利さんと映画行ってきたんだぜ、お前も願ったりだろと政宗は言った。小十郎は、それを聞くと黙ってしまった。
「偶然会ってよ。色々話せて面白かったぜ」
「それは、・・・やれやれ、致し方ありませぬな」
「そうだろ?で、ついでに、うちに誘った」
小十郎は、驚いて政宗を見た。やがて落ち着いた笑みをうかべる。
「そうですか。では用意を」
「いや、別になんもしなくていい。俺はあの人を、ダチとして呼ぶんだぜ。幸村や、・・・元親と一緒だ。仕事はこの際関係ねぇ。いいな」
「・・・承知」
こころなしか、小十郎は嬉しそうだった。