キャラメルにリボン





(9)


例によって昼休み。元親のクラスに入って、佐助はおやと目を瞠った。
「・・・珍しい風景だね」
幸村と、元就が政宗の机の傍、三人で混ざっている。なにごとか話していた。以前はこの三人だと元就だけが浮いていただろうに、今はどちらともごく普通に、むしろ和気藹々と喋っている。確かに不思議な光景ではある。
しかし佐助の言っているのはそのことだけではない。
本来ならばあの場に入っているはずの人物が――元親が、少し離れたところでそれを眺めていることだ。
「よっ。旦那、元気ないじゃん。まだ駄目なわけ?」
わざと明るく声をかけた。元親はじろりと佐助を見たが、すぐ視線を外した。
「・・・図星か。ほんっとしょーもないねあんたは」
佐助は大きな溜息を吐くと、元親の前の席に座った。元親にならって、三人組を見る。
幸村が二人に気づいたらしい。
「佐助、長曾我部殿!二人も、乗らぬか」
「んー?なんの話してんの?」
佐助が座ったまま言うと、新しく出来た団子屋が美味いから部活帰りに一緒に行こうということらしい。元就の都合のつく日を聞いているらしかった。佐助は、どうせ今回行かなくても俺様は真田の旦那のお供はそのうちしなくちゃいけないんでしょと笑った。
「だからいいじゃん。甘党さんたちで行っといで・・・っと、竜のダンナは違うっけ?あんたも甘党?」
「別に、オレはなんでも食うぜ。元親、アンタはどうすんだ、行くか?」
「いや・・・俺は遠慮しとくわ。悪いな」
元親も、座ったまま笑顔で応えた。元就はちらりと元親を見て、視線を外した。



「なんか、面白い取り合わせだねぇ」
「・・・そうだな」
「それにしても、・・・最近の竜の旦那は、ちょっと前のあんたを思い出すなぁ。毛利さんへのじゃれ方が特に」
佐助は、ふと言った。元親は黙ったままだ。
「で、いいのかい旦那?」
「いいんじゃねぇのか。三人で団子食うくらい」
「違うよ。真田の旦那はともかくさ、竜のダンナを放っておいていいのかなぁって。あの人、前々から毛利さん気に入ってたからねぇ。」
「・・・俺に関係ねぇだろ、あいつが誰とどうしようと、何を思おうと」
「素直じゃないなぁ。気になるくせに」
「・・・うるせぇよ」
佐助の言葉を受け流しながら、元親は小さく溜息を吐いた。
政宗が元就を以前から気に入ってたことは元親も承知している。
自分が提案して元就から距離を置いているせいで、元就が沈んでいるのではないかと心配していた。けれど、自意識過剰だったのかもしれない。政宗と幸村――特に、政宗と話しているとき元就は、以前と特に変わった様子もなく表情もごく普通に見えた。元親は少し拍子抜けして、そして少し嫉妬している。
(勝手な話だな。自分から離れているくせに)
でも一方で、そうやって元就の穏やかな表情が見られているだけで嬉しくもある。自分の気持ちを自分で量りかねていた。



元就と幸村が帰ったあと、政宗は元親の隣にやってきた。佐助ももう自分のクラスに戻っていた。
「あーうるせェ。幸村の奴は、なんであんなに無駄に声がデカイんだ?道場だと気にならねェが、あいつとはクラスだけはこの6年間一緒にならなくてよかったと思うぜ」
元親はそれを聞いて笑った。
「毛利もそんなこと言ってたな。でも授業中は真面目に静かにしてるらしいぜ?」
「マジかよ?毛利サンが集中力あるから気にならないだけじゃねぇのか・・・って、アンタ、最近毛利さんと喋ってんのかよ」
「・・・いや、まぁ。普通に」
突っ込まれて、元親は少し焦って視線を外した。
「ふーん?」
政宗は頬杖をついてじっと元親の顔を見ている。
「・・・そうそう。オレ、こないだ、映画一緒に行ったぜ、毛利サンと」
「え・・・っ」
「なんか、チケットもらったからってよ。一緒に行くかって言われて」
「・・・毛利が誘ったてか。へぇ・・・そりゃ」
元親は心底驚いた。元就が他人を何かするのに誘うなど想像もできなかった。自分ですら、元就からはほとんど誘われたことはない。あっても、図書館に行って定期考査の勉強をするとか、そういう類のものばかりだった。
政宗はにやりと笑って、羨ましいだろ?と言った。遠慮が無くてあけすけなのはいつものことだし、元親は彼のそういうところが気に入っている。
でも、今はなんだかとても腹立たしい。
気に留めていないのか、政宗は元親を覗き込むように笑顔で言った。
「驚いたぜ。あの人、アンタが前言ってたとおりほんと甘党なんだな。毛利サン、スタバで何頼んだと思う?」
「・・・キャラメルマキアートだろ。」
「ヒュー、さすが」
元親は苛々してきた。政宗は続けて楽しそうに話している。その話題が元親の知らない元就。
「で、アンタはあいつらの団子調査会は付き合わねェのか―――」
「お前、毛利が好きなのか?」



政宗はぽかんとして、黙った。
元親は、しまったと口を噤んだ。
・・・ややあって、くつくつと笑い出したのは当然ながら政宗だった。
「おいおい、元親。そんな直球投げてくんなよ!人がせっかく遠まわしに様子見ながら聞いてやってるってのに」
「・・・・・・」
「気になってんなら最初ッから話に乗ってくりゃいいじゃねぇかよ。coolじゃねぇな、本音駄々漏れじゃ」
「・・・・・・」
元親は俯いて唇を噛んだ。政宗の言うとおりだと思う。
(お前は、あいつが好きなのか?―――友達として?それとも)
内心でもういちど問い直した。聴こえているわけもないのに、政宗はさらりとタイミングよく応えた。
「Ha,そりゃあ。どっちかと言われたら当然好き、だぜ?オレは気に入らない奴とは、あんなに喋らねぇよ」
「・・・そうかよ」
「切れ者と見せて、時々ぼんやりってぇか、天然発言するとこもいいな。わくわくするぜ、たしかにアンタの言うとおり“面白い”人にゃ違いない。話せば話すほど気に入るぜ」
元親は顔を上げると、政宗を睨んだ。政宗は元親の視線を受けても、不敵に(元親にはそう見えた)笑うばかりである。だから、また、本音が出た。
「あいつは、俺の親友だ。だから―――」
「Ah?“親友”?・・・だったら何だってんだよ、元親。」
元親は、はっと、政宗を見た。もう彼は、笑っていなかった。



「親友ねぇ。・・・じゃあ訊くがな。親友っていうが、アンタら具体的に一体“どういう”関係なんだ?」
「・・・それは・・・」
「ただの親友、ってんなら、別にオレがあの人気に入ったっていいじゃねぇか。親友は一人ときまっちゃいねぇだろ?俺があの人と別枠で親友になったとしても、アンタ文句ねぇだろうが」
「そ、それは、別に。」
「だろ?・・・そう考えりゃ、オレとあの人が今より、今のアンタとあの人より仲良くなって、オレが一番の親友になったって、別にいいわけだろ」
「・・・ッ、政宗、お前、」
「そのノリでさらに、オレたちが“それ以上”になったって、文句ねぇだろ。・・・おい、意味は分かるよな?」
政宗のその一言で、元親は彼の言おうとしていることを即座に理解した。元親は息を呑んだ。政宗は続ける。
「アンタは親友だってだけで、あの人の交友関係全部、見張って、縛るつもりかよ。ウゼぇだろうが、それは」
「・・・・・・ッ、政宗、お前、俺に喧嘩売ってんのか?それともからかってんのか?どこまで本気で」
「さてね。本気といえば勿論本気だし、アンタをからかってるってのは間違いじゃねぇし・・・」
「はぐらかすな!」
「はぐらかしてねぇよ」
政宗は立ち上がった。元親を見下ろす視線は滅多に見せないものだった。



「アンタの優柔不断でいい加減な態度が、あの人をどんだけ困らせているのか、今までも今も。全然わかってねぇじゃねぇかよ。学習しないのかてめぇは」
「・・・え、」
「見てて苛々するぜ。オレはアンタみたいなことはない、躊躇なんざしねぇ。好きなら好きだし、欲しければ欲しいと言うぜ、勝手にライン引くのは嫌いなんだ。・・・だったら、あの人にとっても、オレのほうがいいとおもわねぇか?」
元親は、座ったまま気圧されて、呆然と政宗を見上げる。政宗は続ける。
「オレのほうが、あの人に共感できるとこは多いと思うぜ。ずっと前から思ってたことだがな」
「―――!」
「だから、元親。てめぇが、変なことに気ィ回してぐずぐずしてるってんなら、俺はダチだからって遠慮しねぇ。堂堂と手を出させてもらうさ。・・・アンタみたいな臆病な奴に、オレは、負けたくないね」





それは、宣戦布告だった。