メリーゴーラウンド





年末年始の予定はと尋ねられて元就は目を瞬いた。
やや時間を置いてから、会社関係の挨拶廻りを義母と、と低い声で答えると、元親は驚いたように元就を振り返る。



下校途中だった。今日からようやく冬休み、明日からしばらくはせいぜい部活動しか予定の無い元親は上機嫌であった。進学校である彼らの高校は無粋なことにクリスマス前に終業式があるにも関わらず、その後数日補習と銘打ってまるで普段どおりの授業を続ける。おかげで元就と仲良くなってから初めてのクリスマスは元親にとっては残念なことにかなり面白みのないものになってしまった。
もっとも、苦手教科で赤点を取ってしまったために、本来より余分に授業を受けなければならなくなったのは元親自身の責任だろう。元就もクリスマスは久々に義母と過ごせるというので、そちらのほうが気になる様子だったので、元親は仕方なくライバルに聖なる日の席を譲った。
元就の義母と初めて会って以来、元親は少しばかり彼女が苦手である。彼女と一緒のときの元就が、自分と一緒にいるとき以上に穏やかな表情をするからかもしれない。
有り体に言えば嫉妬であった。
それでもクリスマスイブの日、一緒に過ごせずすまぬという言葉とともに、二人だけで乗ったエレベーターの中で、元就は監視カメラを気にしながらも、自分から背伸びして元親の頬と自分の頬をすり寄せ、いつも感謝していると呟いてくれた。まるでいつも元親がするように。
その日はそれで十分元親は幸せであった。
それから5日ほど。
流石に寛容な元親も元就の返答を聞いて呻いた。
「クリスマスはお袋さんに譲ってやったじゃねぇか、このうえまだ大晦日と元旦まであの人と一緒かよ」
「・・・義母(はは)の実家は、大事な取引先でもあるのだ。致し方あるまい」
「で、俺はほったらかしかよ」
「・・・・・・」
「・・・せっかくお前と初日の出見ようと思ってたってのに・・・政宗の誘いも断ってよぅ」
「・・・その件に関しては、先に我に確認しない貴様が悪いのではないのか」
悪びれず冷静にそう元就がつっこむと、元親は鼻の頭に皺を寄せて不機嫌にちぇっと呟いた。
「あぁ、はいはい。俺が悪いんだよな、わかったもういい」
その言い方自体は、先日二人が誤解がもとで険悪になったとき、元親が使った言葉にそっくりだったので元就ははっと顔を上げた。元親をじっと見つめてみたが別段何か含みがあるわけでもなさそうで、クリスマスどころか大晦日と元旦まで駄目ってかよちくしょう、とぶつぶつ文句を続けている。
元就は何故だか今度は嬉しいような気分になった。
「・・・二日以降ならば」
少し控えめな声で元就がそう告げると、元親は途端にぱっと表情を変えて元就を覗き込んだ。
「二日以降なら平気か?予定空いてるのか?」
「空いている。特になにもない」
「そうか!よし、じゃあ、俺と一緒に行こうぜ」
「・・・行く?何処へ?」





元就は途方に暮れて天を仰いだ。
薄曇りの空だった。雲の隙間から日の光が淡く色合いを変えながら差し込んだりまた翳ったり、その様子は見ていると神々しい一幅の絵画のようである。すぐ目の前に芝生の小高い丘と、続く緑の山々。大和はくにのまほろば、たたなづく青垣・・・と、古文の時間習ったフレーズを思い出した。
けれど自分のおかれた状況を思い出すと風情に浸っているわけにもいかない。
公園内は屋台も出ており、社への参拝客で人の波はひっきりなしであった。目の前を通り過ぎる様々な人を見送っているうち、少し離れた場所に立つ托鉢中の僧侶に気づいた。自分を取り巻く喧騒も全く関係ないように、目深に傘を被った彼は一心に念仏を唱えている。
自分も普段ならば同じように振舞えるはずだ、と思う。それが何処であろうとも自分で自分の行動が予定できるのであれば――――
元就は腕時計をちらりとまた見る。
此処で待ってろと言われて元親は何処かへ行った。すでに15分はたっただろうか。我慢していた携帯電話を鳴らしてみるが元親は出ない。
元就は少し躊躇した後、日頃は切ってある着信音を設定してポケットに入れた。元親からかかってきたときすぐ気づけるように。
寒い、と呟いてふるり、震えた。



誘われたのは元親の母の菩提寺参りだった。・・・そのはずである。菩提寺は元親の亡くなった母の実家にあるらしく、それは岐阜だということだった。はっきりとしたことはわからないまま、元親が誘うならいつも余程でない限り反対しない元就は、一緒に新幹線に乗り込んだ。それが今朝のこと。
結論から言うと、二人して降りるべき駅を眠ってしまって乗り過ごしたのであった。気づいたときには車内に、次は京都、という録音された英語のアナウンスが響き渡っており、理解した元就は飛び起きて元親を起こした。そんなこと言ってたかぁ?と寝惚け半分で言う元親に呆れながら、二人で駅に飛び降りた。とんだ失態だと元就は内心歯噛みした。ここ数年寝すごしたことなぞ皆無というのに。すぐ傍にあった元親の体温がとても暖かかったせいだなどとは言い訳したくなかった。
元親は暢気に大きなのびをするとホームの駅名を読んで、なるほど確かに京都だと言って笑っている。元就は心底呆れた。
「阿呆か貴様。早く戻らねば」
「うーん・・・どうすっかな」
「何を言っている?母御の菩提寺参りをすると言ったは貴様だろう、行くぞ」
「いや、でもよぅ。せっかくここまで来ちまったし、俺お前連れていきたいとこがあるんだ」



・・・そうして目的地はあっさりと変えられてしまった。岐阜のはずがいつのまにか京都へ、そうして今度は奈良へ。
「何故そうなるのか。母御の菩提寺参りは」
「まぁ、それはまた今度でも行けるし・・・墓参りはこないだすませてあるし」
「・・・では何故奈良なのか」
「ん?いや、鹿いっぱいいるだろ、あれ見たいなぁと思って」
「・・・鹿?」
奈良公園に放し飼いされてるんだぜ、と元親は嬉しそうに言った。元就は呆れながら、知っていると答えた。
「なんだ、知ってるのかよ。行ったことあんのか?」
「無いが、・・・宮島の鹿は奈良の鹿を移したのだと聞いた」
「宮島?厳島のことか?なんでまた」
「・・・義母の実家のある場所だから何度か行った」
「・・・ふーん」
どうしてか義母の名前を出すと元親はいつも不機嫌になる。元就は不思議に思いつつ、何故か理由が聞けない。



そんなわけで、元就は奈良公園に連れてこられ、五重塔傍で立っている。三が日のために人の流れは絶えることがない。
元親はちょっと待ってろよと言ったきり、まだ帰ってこない。何をしに行くのかくらい言っていけばいいのにと元就は溜息をついた。携帯は鳴ることはなく、流石に不安になってきたころ、ようやく元親の長身が向こうに見えて元就はほっとした。
「悪ィな、遅くなっちまって」
「・・・何処で何をしていたのか」
「鹿がよう。前来たときはこのへんにもいたんだが、見あたらねぇし、鹿の餌売りまで見かけないから、ちょっと探してた。ほらよ、毛利」
屈託無く元親が言って差し出したのは丸い煎餅の束だった。
「・・・なんだ、これは」
一応尋ねると、
「知らねぇか?鹿煎餅。鹿のえさ。これ、やろうぜ」
「・・・・・・」
「此処の鹿ども、煎餅もらう前にお辞儀するんだってよ。でもって売店に置いてあるやつは絶対手を出さねぇって話だ。賢いよなぁ」
元親は楽しそうに笑っている。
元就は黙ってそれと、自分より上にある元親の一つ目を交互に眺めた。眺めているうちになんとなく腹が立ってきた。自分が待っていた間、この男はこれを買いにふらふら歩いていたのかと。
表情を読み取ったのか、元親は少し眉間を曇らせて元就を覗き込んだ。
「鹿、嫌いだったか?あんまり餌やれるとこってねぇだろ、だから面白いかと思ったんだが」
「・・・別に」
そうは言ったが、実は元就は鹿は苦手である。遠い昔幼い頃、義母方の本家にいたとき、宮島で鹿を見た。元就はそのとき大事に持っていた菓子を食べられてしまい泣いたことを覚えている。それ以来鹿には近づいていない。
そもそも、それほど動物が好きなわけでもない。今のマンションは申請すれば飼うことは可能だったが、そこまでの興味もない。
だが、元親はどういうわけか、元就が鹿に(もしくは動物に)餌をやるところを見たいらしかった。元就は黙ったまま、ようやく元親からその餌の束を受け取った。



さて、確かに元親の言うとおり鹿は少なかった。それでも二人で公園内を歩いていくと、ぽつぽつと木の下に寝そべる斑の体毛がいくつか見えてきた。
元親と元就は何頭かの群れに近づいた。思ったよりでけぇな、と元親は呟き、見た目よりごわごわとした毛皮を触って上機嫌である。繁殖期に伐られたのだろう、頭部に角の痕の残る牡鹿は悠然と芝生に伏せ目を閉じたままだ。
元就がぼんやりしていると、元親が餌やってみろよと促した。
言われて、元就は手にした束から一枚を取ると怖々と鹿の鼻先に差し出した。鹿は濡れた黒い目をふと上げて元就を見た。真正面の視線に元就は少し困って、また鼻先へ押し付けるように煎餅を突き出した。鹿は、けれど一瞬匂いを嗅いだかと思うと、ついと視線を逸らして、また芝生に伏せた。
元就はぽかんと鹿を見た。
やがて気を取り直し、もう一度、と煎餅を押し付ける。鹿はいやいやするように首をななめに捩って避ける。元就がまた鹿の口元へ意地になって煎餅を当てる。鹿は顔を背ける。
それが何度か繰り返され、ついに鹿は元就にいきなりどすんと硬い額を当てるとやおら立ち上がり、驚いた拍子によろけて後ずさった元就を尻目に、悠々と向こうへ歩き去った。
「おい、大丈夫か」
一部始終を見ていた元親が笑いを噛み殺しながら手を差し出すと、ぼんやりと鹿を目で追っていた元就は、はっと顔を上げ、それから顔を赤くして俯いた。
「なんだ、あれは。せっかく餌をやろうと言うに、拒むとは」
「うーん、俺もさっきから何度かやってるんだがよ、どうもどいつもこいつも、食わねぇんだよな。腹いっぱいなんじゃねぇのか」
言われて、元就は顔を上げた。たしかに言われてみれば、他の観光客の、鹿が餌を食べないと言う声がよく気をつければ其処此処から聞こえてくるのであった。
「三が日で、この人出だから、随分たくさん餌もらってんだろうな。仕方ねぇか・・・」
元親が、煎餅どうすっかなぁ、と呟いた。
どうするとは?と問い直すと、食べないなら持って帰っても仕方ないから、捨てるしかねぇし、と元親の返答。
その言葉を聞くと、元就は黙ったまま歩き出した。元親が見ていると、元就は先程と同じ鹿の傍にしゃがみこみ、手にした煎餅を差し出す。
やはり鹿は嫌そうに顔を背ける、けれど元就は諦める様子がない。何度もなんども、子供のように鹿の鼻先に意地になって餌を押し付ける。しまいに鹿は怒ったのか軽く頭を突き出して威嚇してきたが、それは軽く避けて、それでもまた鹿の傍らにしゃがんで差し出す。
「・・・食べぬなら、無理に喰わそう、ってか?」
元親は呟いて、可笑しくてたまらなくなった。元就は、元親がせっかく買ってきた餌が無駄になるのを勿体無いと考えたのだろう。あるいは鹿の態度に本気でムキになっているだけかもしれないが。
笑っていることに気づくと元就が機嫌を悪くするのが目に見えているので、ばれないように気をつけつつ、さりげなく元親は元就の傍を離れた。
手持ちの餌を一枚、ひらひらさせながら公園内を歩く。鹿は皆ゆったり地面に蹲り誰も見向きもしない。しばらく歩いては鹿の鼻先へ近づける。反応しないのは諦め、また次へ。ちらりと後ろを振り返ると、まだ元就は意地になって先程の場所で座り込んでいて、元親は微笑んだ。



「おい、毛利。こいつ、食うぜ」
元就はその声に振り返った。
元親が何十メートルか先の木陰にいるのが見える。彼の足元には何頭か鹿がおり、そのうちの一頭が確かに口を動かしていて、元就は立ち上がった。
近づいて、おそるおそる自分の手にある餌を差し出すと、その鹿はすこし鼻をひくつかせ、やがて非常にゆっくりした動作ながら元就の手のそれを食んだ。
元親がちらりと見ると、元就は、餌を差し出したポーズのまま、ぼんやりと鹿を見つめている。
「・・・食ったな。よかったな」
元親が促すように言うと、頷いた。
「・・・食べた、な」
「おう。もっと、食うんじゃねぇ?やってみろよ」
「・・・・・・」
返事はしないまま、元就は残りの餌を差し出した。また鹿は食べた。元就は、するとはっと顔を上げて元親を見た。何だ?と問うように首を傾げると、ついぞ見たことのないような笑顔が返ってきて、元親が今度は面食らった。
ふふ、と、小さな声が聞こえた。彼は笑っているのである。
そうして、あとは一心不乱に手の中のものを鹿に食べさせていた。
そうかそんなに嬉しいのか、と、元親は思った。動物に餌をやる経験も然程持っていないのかもしれないと踏んでいたのだが、当たっていたようだった。ともかく理由はどうであれ、夢中で何かをしている、いつもと違う元就が見られたのは元親にとって非常な収穫であった。乗り過ごすのも意外に悪くないもんなんだよな、と元親は自己を都合よく正当化した。
元就の顔を見ていると自分も嬉しくなって、その場に一緒にしゃがむと元親は餌を食べる鹿の背をなぜた。それからその手を移動させて、さりげなく今度は元就の髪もなぜてみる。元就は気づいているのかいないのか、その手には反応せず、餌を食べる鹿だけをじっと見つめているので、元親も黙ってそのまま元就の頭をなぜ続けていた。





帰りの新幹線で座席に座った途端、元就は眠ってしまった。一緒にいても寝顔を見せてくれることはほとんど無いだけに、元親は嬉しくもあり驚きもした。
鹿とひとしきり戯れた後、他の場所を巡っているうちに時間が無くなり、結局奈良では初詣が出来なかったのだが。元就の思いがけない笑顔とか、寝顔を見られたのは、結局は鹿のおかげのような気がして申し訳ないことしちまったな、と元親は思った。何故なら鹿は春日大社の神獣なのである。賽銭くらいあげてくればよかった、と少し後悔して、大きく溜息をついた。
そのとき元就が微かに動いた。元親は顔を覗き込んだ。一重の瞼がうっすらと開けられる。
「起こしちまったか?悪ィ」
「・・・・・・何処だ?」
「まだ、名古屋手前だ。もうちょい寝られるぜ。帰りは終点で降りるし行きみたいなこたぁねぇよ」
「・・・・・・」
そうか、というとても小さな呟きとともに、元就はまた眠りかけた。けれど携帯の唐突なメロディに元就の目はぱちりと開いた。珍しい今日は着信をマナーモードにしていないのか、と元親は我知らず携帯画面を覗き込んだらしい、元就は困ったように眉根を寄せると、義母からメールだ、と言って元親に背を向けるように体を捻った。
義母から、と聞いて元親はまた不機嫌そうに押し黙った。ちらりと横目で元就を見ると、細い指先がキーを滑らかに押している。
「・・・なんだって?お袋さん」
「・・・何時に帰るか、とか、まぁありきたりのことだ」
「・・・ふーん」
ありきたりのメールと言いながら、元就は長々と文字を綴っている。日頃そんなふうに長い文章を打つのを見たことが無い。元親は黙って元就がメール送信するのをじっと目を閉じて待った。
ぱちんと携帯が閉じられる音がして、元親は目を開けた。見ると元就は、もう瞼を閉じていて、元親はなんだかいらついた。おい、毛利、おい、と呼んで小突く。元就は煩そうに瞼を細く開けて元親を見ると、なんだと低い声を出した。
「なんで寝るんだよ、あんた」
「・・・先程、まだもう少し寝られると言ったは貴様だろう」
「・・・そりゃ、そうだが。・・・お袋さんにあんな長いメール打ったんだから、俺ともちょっとは喋ったって」
語尾がどんどん小さくか細くなるのが我ながら情けなかったが、元親は正直に気持ちを告げてみる。
それを聞くと元就はしばらくじっと元親の顔を見つめた。やがてかばんからおもむろに携帯を取り出し、元親の前髪をついとひと房引いた。
「痛ッ。なんだよ」
「見るがいい。義母に送った今日の報告だ」
開いた携帯の画面を目の前につきつけられて、元親は焦った。送信先は当然元就の義母である。読んでいいのかよと尋ねると、いいから見せているのだろうが早く読め、と言われて、その声は本気でいらついているようだったので元親は慌てて元就の携帯を手に取り文字を辿った。



「・・・・・・なぁおい、毛利」



やがて読み終わって、元親は盛大に、わざとらしく溜息を吐いた。
「言っていいか?」
「なにをだ」
「・・・このメール、なにげに俺のことばっか書いてあるぜ?」
言葉に期待が篭ってしまうのは仕方ないことだ。現にそうなのだから。
元就は、けれどそっけない声で呟いた。
「仕方あるまい、我は今日の、貴様に振り回された事実を書いただけだ」
「・・・これ、送ったのかよ」
「もう送った。悪いか」
けれど淡々と返ってくる答えとは裏腹に、元就自身はどんどん元親に背を向けていくのである。それに気づいて元親はだんだんと嬉しくなる。窓側に座っている彼の表情は、元親の位置からは少し体を捻ればガラスに映って見えるのだけれど、元親はそれはしなかった。代わりに、自分の方にある元就の手をほかの乗客に見えないように隠しながらそっと握ってやる。
元就は振りほどかなかった。目を閉じてじっとしている。
「・・・まだ寝てないだろ?毛利、おい」
元親がくすくす笑いながら小声で話しかけると、五月蝿い我はもう寝ると応えが返ってくる。心なしか赤い元就の耳朶へ顔を寄せると、元親は黙って唇の先で食んだ。つないだ指先にきゅっと力が篭められたが気づかないふりをして、じゃあ俺も寝るぜと元親は囁いた。そうして、元就のぽかぽかした頭を自分の肩に引き寄せ無理矢理乗せ、元親も目を閉じる。元就はそうしている間もやっぱり逆らわない。
「あぁ、無理矢理誘ってよかったぜ」
お袋さんばっかに取られてたまるかよ、こんな可愛いあんたをよ。そう、声に出して思い切って言ってみた。元就はちらりと視線を元親へ向けたが、そのまま再び瞼を閉じてしまった。
やがて本物の規則正しい寝息が聞こえてきて、元親は安堵したように深く息を吸い込んで笑った。



メールには二人で寝過ごし降りる駅を間違えたこと、そのせいで目的地が変わってしまったこと、元親の提案で突然に奈良に行って二人で鹿に餌をやったことなどがこまごまと綴られていた。あれを読んで、元就の好きな綺麗な母親はどんな顔をするのだろうと元親は思う。きっと今度会ったら色々と訊かれることだろう。メールには書かれていなかったさまざまな発見を――――特に、元就が自分に笑顔をみせたことを、さて話すべきか内緒にしておこうか。
そんなことを考えながら、元就の意外に暖かい体温に引き寄せられるように元親は睡魔にとらわれていった。降りる駅は終点だから気にせず眠ってしまえばいい。けれど勿体無い気もするのだ、この微笑ましくも楽しい状況に終わりが来てしまうことが。
終点なんか来なければいいのに、と子供のようなことを思いながら、元親は元就の手をもういちどそっと握りなおしたのだった。






終点のない⇒メリーゴーラウンド(安直)
厳島に鹿がいるらしい⇒鹿といえば奈良公園⇒じゃあ二人でプチ旅行、みたいな(爆)
本当は戦国設定で厳島神社に二人で参拝して鹿に餌やる、ていう話にするつもりだったのですが、鹿の餌って鹿煎餅しか私が思いつかなかったので無理矢理パラレル設定にしました・・・すいません。一番書きたかったのは元就の「フフ、」ていう感じです(笑)